022 クエスト完了!
クエスト自体は別に秘匿されるべきものではない。だが、依頼を受けてる身としては、誰彼構わず話すわけにはいかないのも事実。それを察したのか青年は「これは申し遅れました。私はカールハインツ=クラインシュミットと申します」と名乗る。
「カールハインツ……?」
「はい。あ、カールとお呼び下さいね」
「どこかで聞いたような……」
「カールランド王国第一王子」
思い出せない私の隣で、キョーコが口を開く。あぁ、そうだ。確か現王のカールランド7世の元の名がクラインシュミットだったな……てか、王子かよ!?
慌てて立ち上がり片膝をつく。いかにダンジョンマスターと言えども、王族に対する無礼はあってはならない。
「知らぬとは言え、大変失礼を致しました。殿下」
「あぁ……お顔を上げて下さい。それにそんなにかしこまらないで。あなたたちは私の命の恩人なのですから」
「もったいないお言葉」
「ですから……。分かりました、王子命令です。楽にして下さいね」
そう言って自らもあぐらをかく。「あまりかしこまったのは好きじゃないんです」一瞬戸惑ってしまうが、どうやら本心から言っているようなのでお言葉に甘えさせて頂くことにする。
「ところで先程の話ですが……」
「あぁヘルルの村のことですね。私たちも冒険者ギルドからの依頼で、少し前に村に行ってきました。野盗は捕えギルドにも報告しています。これが村長のクエスト完了証明書になります」
「拝見します……なるほど。どうやら依頼が重複していたようですね」
「はい。村には多少なりとも被害が出ていましたので、王国の方での保証もお願いします」
「分かりました。お任せ下さい。ところで……ええと」
「あ、申し訳ない。私どももご挨拶が遅れてしまいました。私はダンジョンマスターのバルバトス、こちらは部下の――」
「共同経営者のキョーコと申します」
「あはは、仲がよろしいようで。あれ、でもどうしてダンジョンマスターが冒険者のクエストを?」
「あぁ、それはですね……」
相手が王族ならば話さない理由はない。私はエルとラエのこと、斡旋商人の話、金を稼ぐために一時的にクエストをしている話をした。話し終えるとカール殿下は「斡旋商人なる者がいるのですか……」と苦々しくつぶやく。
「ご存知なかったのですか?」
「はい、お恥ずかしながら。国王陛下がご存知なのかは分かりませんが、少なくとも私たちは奴隷制が廃止され、国民は何者にも縛られない生活を送れている……と認識しておりました」
「表向きはただの金貸しですからね。それも仕方がないのかもしれません」
「……バルバトス殿は、この後は王都に帰られるのですか?」
「クエストも終わったのでその予定です」
「それなら私を王国まで連れ帰ってもらえませんか? もちろん報酬はお支払いしますので」
報酬が貰えるのはありがたい話だが、それを抜きにしても殿下の願いを無下にはできない。殿下は兵士たちに先にヘルルの村に行き、捕えた盗賊を王都に連行するよう指示する。
「追って応援を送るので、それまでは無理をしないように」
「はっ! 殿下もお気をつけて」
「うん、ありがとう。では、バルバトス殿。よろしくお願いします」
流石に殿下を抱えて飛ぶわけにはいかないので徒歩で進むことになる。幸いなことに帰路だったため、王都まではそう遠くない。キョーコとカール殿下を連れ、私は森の中の小道を進んでいく。万が一のために探知魔法で周囲を確認しながら、少しでも危険が及ばないように注意を払う。
「知らぬこととは言え、王国内で民が苦しんでいるのを見抜けなかったのは無能の極みと言うほかありません」
「殿下のせいではありません。どうかお気になされないよう」
「無論、王国領土内全てに目を光らせ続けるのは難しいとは思いますが、膝下の王都で起こっていることを看過するわけにはいきません」
「しかし一応とは言え合法となっていますから、いくら王族と言えどもその一存だけで処理できるものではないと思いますが」
「それは……」
そう言ったきりカール殿下は黙り込んでしまう。やや気まずくなりながらも、更に歩いていくとようやく城壁が見えてきた。城門へたどり着くと、どこからか兵たちがぞろぞろと現れ、カール殿下は彼らに連れられていく。兵に囲まれながらもなんとか振り返ると、出会ったときのような屈託ない笑顔で私たちに手を振る。
「バルバトス殿、キョーコ殿! 今日はありがとうございました。この御礼はまたいずれ!」
「なかなかの好青年だったな」
「うん。王族なのに気取ってないところもいいかもね」
「もしかして惚れちゃった、ってことはな……あででででっ!! 足踏んでる、キョーコ、足グリグリ踏んでる!!」
なんだよ……ちょっと冗談を言っただけじゃないか。
ぷりぷり怒っているキョーコをなだめながら、私たちは冒険者ギルドへと向かう。途中、甘味処で甘いものを食べさせると、少しだけ機嫌も直ってきた様子。よかった。街路を歩き冒険者ギルドの前へ。
「キョォォォォコさまぁぁぁ! お久しぶりですぅぅぅ!!」
ギルドに入るやいなや、テレーゼがカウンターから飛び出してきてキョーコに抱きつく。
「ちょっと、テレーゼ。恥ずかしいから。それに1週間も経ってないでしょ?」
「だって、だってぇぇ」
「はいはい。いい子いい子。テレーゼ、ありがとね。お陰で無事にクエストを完了できたよ」
「もったいないお言葉……あ、この魔導録音器の前でもう一度お願いできますか?」
なんか最初とドンドン印象が変わってきてるな、この子。しばらくキョーコが頭を撫でてやるとようやく落ち着いたのか、奥の部屋に案内してくれた。
「えっと……6日間のクエスト報酬の合計は510万8200ゴルになります」
「目標達成だね。改めてありがとう、テレーゼ。大変だったでしょ?」
「そんな……キョーコさまのためですもの。こんなの苦労の内には入りません」
「うむ。私からも礼を言うぞ。ありがとう」
「あ、はい。どうしたしまして」
あれ、なんか対応違わない?
テレーゼから向けられる視線が、なぜかとても痛いように感じられるのだが……。
「例の斡旋商人に連絡をして、遅延金を合わせて505万ゴルだと聞いています」
「残金は5万ゴルちょっとか……仕方ないとは言え6日間頑張ったことを考えると、ちょっと寂しいな」
「本当に支払われるのですか?」
「無論だ」
「私は踏み倒してもいいと思うんですけどね……あんな悪徳商人に誠意を尽くすことなんてないですよ」
「まぁそう言うなテレーゼ。一応とは言え約束したものだ。それを反故にしてはこちらに非があることになる」
「そうですか……。バルバトスさまがおっしゃるのであれば」
はぁとため息をつきながらテレーゼが小切手を切ってくれる。それを受け取ったとき、表が突然騒がしくなる。
「なんだ?」
「なんでしょう?」
ガヤガヤという冒険者たちの声が、おぉというどよめきに変わる。誰かが「静かにしろ」と大きな声で、それを制しているようだった。様子を見に行こうかと思っていると、部屋の扉が開きひとりの青年が入ってきた。
「カール殿下!?」
「えっ……あっ、これは殿下!」驚きを隠せないテレーゼ。
「あぁ、すみません。お邪魔してしまいまして。楽にして下さいね」
兵士たちに外で待つように伝えると、カール殿下は扉を閉め私たちの隣に座る。
「あ、まずはこれを」
殿下は懐から一枚の紙を取り出す。先程テレーゼから受け取った小切手と同じ形式のもの。「護衛のお礼です」と言う。額は……。
「100万ゴルっ!? いやこれは流石に……」
「いえ、父に事情を話したところ、これを持たされましたので」
「陛下が?」
「はい。ですからお納め下さいね。それにもうひとつだけお願いがあるのです」
「お願い……とは?」
「先程おっしゃっていた斡旋商人の元に行かれるのですよね? でしたら私も連れて行って欲しいのです」
「殿下、しかし……」
「やはり私は許せないのです。そのような者たちがこの王都にいて、それに苦しめられている人もいることが」
「……」
「お願いします。これは私の義務なのです」
殿下は必死にそう訴える。言っていることは理解できるし、それは彼の責任感故に発せられた言葉なのだろう。だが……。
「失礼を承知で申し上げてもよろしいでしょうか?」
「は、はい。なんなりと、バルバトス殿」
「カールランドは王が君臨すれども、法によって統治されている国です。無論、突発的な事態が起こった場合であれば話は別ですが、通常の王国民の営みに王族が口を挟むというのは、やはりやってはならぬことだと私は思います」
「しかしっ……では、バルバトスどのはこの現状を見て見ぬふりをせよと?」
「そうではありません。法を守るのは王国民の義務です。私はそれを王族自らが犯してはならないと申し上げているだけです」
殿下は唇を噛みうつ向いてしまう。だがすぐに私の言っていることの意味が理解できたようで「分かりました、バルバトス殿。確かにあなたのおっしゃる通りです」と席を立つ。
カールランドの法が改正され、斡旋商人は全面的にその活動が禁止されることとなったのは、それから数日後のことだった。仕事の早さに驚きながらも、私は殿下の本気度を垣間見たような気がした。少し先走りしすぎているが、案外いい王になるかもしれないな。
頂いた小切手は、開放された人たちが日常生活に戻れるように寄付することにした。私たちは斡旋商人に金を返したが、法が制定されたことで踏み倒す者が続出したそうだ。彼らの中には逆に商人を訴える者も現れたりして、最終的に商人たちは王都を追われることとなった。
「それではダンジョンに戻るか」
「うん。帰りはあたしがおぶって帰るからね」
「それは勘弁して……」
「じゃ、競争する?」
「望むところだ。いくらキョーコの肉体強化魔法と言え、私の飛翔魔法に敵うわけが……って、もういない!? ちょっ、ズルるくない!?」




