021 キョーコの苦手なもの
「バルバトスっ! 起きて、起きてってば!!」
「うーん……ふぁぁ……どうした? そんな大きな声で」
「なんかさ、さっきからピコピコ光ってるんだよ」
何事かと思い眠い目をこすりながら起き上がる。キョーコが手に持っていたのはテレーゼから渡されていた魔導通信器。確かに画面の端が、うっすらと点滅している。確かこれはメッセージが届いている印だったと思うのだが……。
前に同じ表現をしたからあまり偉そうには言えないが、キョーコの『ピコピコ発言』を聞いて、改めて「それはないな」と思いながら魔導通信器の画面に触れる。
「えーなになに? 『昨日のクエスト実績は3件、50万ゴルでした』らしい」
「うーん、ちょっとペース悪いかも」
「初日は半日だったからな。テレーゼもそう書いてきているし。で、どうやら今日は高報酬クエストを中心に構成してくれたらしいぞ」
「へぇぇ……5件もピックアップされてるね。ね、なら二手に分かれない? その方が効率がいいし」
「……いや、ダメだ。確かに効率はいいかもしれないが、危険度も増えるからな」
「うーん……ま、バルバトスがそう言うのなら」
最初のクエストはここから南方の方角になる。どうやら王都の東を大きく迂回しながら南へ下っていくルートを組んでくれたようだ。なるほどそれなら無駄がなくていいな。
飛翔魔法『位相空間』で飛び、クエストをこなす。
意外なことに討伐系クエストよりも、貴族の依頼の方が報酬が良かったりする。討伐クエストは最初のもののように依頼者が町や村のケースが多く、どうしても報酬額には限界がある。一方で貴族の依頼は金額よりも能力優先なものが多い。
テレーゼが手を回してくれたお陰で、そのようなものを中心にクエストが編成されていて、2日目には200万ゴルを超え、3日目の夜には400万ゴルにまで達した。
「この調子なら、明日には目標の500万ゴルもいけるんじゃない?」
「あぁ、テレーゼのお陰だな。特に『美術品を商業都市ルッセンブルグへ搬送する』というクエストは楽だったし、凄い報酬だったよな」
『そんな……キョーコさまにそこまで褒められるなんて』
いや、褒めたの私だけどな。あと、よだれ。
『明日のクエストも結構、割の良いのが揃ってますよ。多分、午前中には500万は超えちゃうんじゃないでしょうか?』
「それなら、目標を達した時点で王都に戻ろっか?」
「そうだな。この件はできるだけ早く片付けてしまいたいし」
『キョーコさま、ダンジョンなんてジメジメしてて暗いですしいいことないですよ? 王都に戻ったら、私と冒険者生活をしましょうよ!』
こらこら、ダンジョンマスターがいる前で強引に勧誘しない。
テレーゼを適当にあしらって就寝。翌朝目覚めると、また魔導通信器が点滅していた。ここ数日いつもそうなのだが、私たちが起きるとクエスト内容が送られてきている。恐らく深夜までかけて、テレーゼが練ってくれているのだろう。
まぁなんだかんだ言っても、彼女は頼りになるわけだ。キョーコ狂いのあの性癖さえなければな……。
「今日のクエストはどんなの?」
「ええっと討伐系が3つか。案外近いところが多いな。これなら本当に午前中には終われるかもしれない」
「それじゃ、ちゃちゃっと行きますか」
飛翔魔法で指定された場所に行きクエストをこなす。人間や会話の通じるモンスター相手の場合は、倒したあと誓約書を書かせるなどして開放し、それ以外は討伐対象となる。流石に獣などには話が通じないからこれは仕方がない。
それにしても誓約書などが効果があるのかと訝しげに思っていたが、倒したモンスターや盗賊たちはほぼもれなくキョーコに「はいっ、姉御っ!!」と、皆直立不動で私たちを見送っていた。あの様子なら大丈夫なんだろう。
「この調子だと、大陸全土に弟分が増えていきそうだな」
「ったく……やめてって言ってるのに聞かないんだよね、あいつら」
「まぁ、そういう気持ちも分からないでもないが」
「なにか言った?」
「いえ、姉御」
「ぶつよ?」
「そういうところだと思うぞ。前に買った可愛らしい服でも着てれば、もっと印象が変わるんじゃないか?」
「あっ、あれは……その……動きにくいし」
「あー……」
「こらっ! なに思い出してんのよ!?」
「わっ、わっ、こら暴れるな! 落ちるだろ!」
背中のキョーコがポコポコと私の頭を叩き、反動で大きく急降下していく。
「もーっ! 忘れろ忘れろ忘れろっ!!」
「分かったから。もうすっかり忘れたから」
地面スレスレのところでなんとか墜落を回避。ふー……マジで結構危なかったぞ。
「バルバトスが悪いんでしょ」
「もう許してくれよ……って言うか、ここどこだ?」
「も一回、飛べば分かるんじゃない?」
「そうだな、行くか……ん、なにか声が聞こえないか?」
耳を澄ますと遠くの方で、怒声のような人の声が聞こえてきた。
「あっちだ」
私たちは声のする方角へ駆け出す。森に入り木々の間を抜けていくと、人の背丈よりも大きな巨大な蜘蛛が木から糸を垂らしてぶら下がっているのが見えた。その前には2人の男たちが剣を持ち対峙しており、更に3人が糸でがんじがらめにされていた。
「大黒蜘蛛か……。すばしっこい上に糸を吐くのが厄介だが、それほど強敵とは言えないな。姉御やっちゃって下さい」
「……」
ん……冗談のつもりだったのだが返事がない。
「キョーコ?」
「……ごめ……あたし、クモだめ……なの」
背中のローブに必死で掴まって涙目になっているキョーコ。これは意外な一面が。少しからかってやりたかったが、人の弱みにつけこむのはよくないし、なによりこの男たちのことも心配だ。
キョーコを茂みに隠すと、残っている男たちに下がるように伝えながら呪文を詠唱。すかさず大黒蜘蛛に向かい『怒れる火球』を放つ。が、どうやら樹木の間に巣を張り巡らせているらしく、空中を滑るようにそれを回避。面倒だな……。
このまま『怒れる火球』を連発していればいつかは当たりそうだが、あいにくここは森の中。先程打った一撃が樹木の一部を焦がして煙を上げていた。延焼などしてしまうと厄介なことになりそうだ。それなら……。
素早く呪文を詠唱し、地に両手を置く。山吹色の魔法陣がふぅっと出現する。
『大地の守護』
これは地面を変異させ、術者の思い通りの形に成形できる魔法だ。大黒蜘蛛を中心とした地面が音を立てて壁をつくりながら隆起し、木々をなぎ倒し半円状に伸びていく。すっぽりと大黒蜘蛛を覆うように頂点付近でフタをすると「キョーコ、ここに穴を開けてくれ」と壁の下部を指差した。
「無理無理無理、絶対無理っ!」
「大丈夫だ。出て来られないくらい小さい穴でいいから」
「もー……ヤダって言ってるのに……」
渋々ながらキョーコが『大地の守護者』によってつくられた壁をちょこんと殴る。いつもの勢いがなく、ちょうどいい感じに頭一つ分くらいの穴が開く。すかさずそこに手をかざし『地獄の業火』の魔法を放った。
魔法でつくった土製の窯の中に、ヴォッと音を立てて炎が上がる。大黒蜘蛛が暴れている音が土壁を通して聞こえてきた。
「ちょっ、大丈夫なの? 壁を突き破って出てくるんじゃないの!?」
「問題ない。かなり頑丈につくったからな。蜘蛛程度の力ではやぶることはできない」
数分もすると静かになる。ほら、言ったとおりだろ? だがキョーコはガクガクと震えたまま動こうとしない。困ったな……。
「あの……ありがとうございます」
襲われていた男たちのひとりが声をかけてきた。少し眺めの栗色の髪の毛。あどけなさが残る顔の青年が、私たちに深々と頭を下げる。
「危ないところを助けて下さり、本当にありがとうございます」
若いながらにしっかりとした受け答えをする青年だ。蜘蛛の糸に捕えられた仲間も多少の怪我を負った程度だったのは幸いだった。
それにしてもおかしな組み合わせだと思う。青年とそれ以外の男たちでは歳が離れているように見える。しかし逆に青年の纏っている装備は、簡素ながらにも他の者たちよりも高価なもののように思えた。
少し落ち着いたら訊いてみるか、と魔導収納器から茶具などを取り出し火を起こす。
「その魔法ってさっきの一緒のやつ?」
「ん……あぁ『地獄の業火』のことか。そうだ、ダンジョンでも火を起こすときに使ってるだろ?」
「あー……いつもは『しょぼい魔法だな』って思ってたけど、案外凄い魔法なんだね」
キョーコもすっかり元気を取り戻して、良いのか悪いのかいつもの調子に戻ったようだ。全員に茶を振る舞い、彼らが落ち着いたところで切り出す。
「ところで、こんな森の奥でなにをしてたんだ?」
「はい。私たちは……王国から派遣された者なのですが、この先で野盗に村が襲われていると報告が入り向かっていた道中だったのです」
「あ、それってさっきの村じゃないの?」
「あー、そうかもな。ヘルルの村のことじゃないのか?」
「そうです! って、どうしてご存知なんですか!?」
青年の驚いた顔に、私たちは少し戸惑った。




