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番外編:初恋

「テレーゼさん、これで何度目の注意だと思ってるの?」

「すみません……」

「ほんと、最近の若い子は謝れば済むと思ってるんだから」


 冒険者ギルドの控室で、小言が始まってからそろそろ30分が経とうとしている。私の目の前にいるのはガイド長のソフィアさんという女性。ガイドというのは私たちのように、冒険者さんにクエストを案内する係のこと。つまりガイド長のソフィアさんは私の上司にあたるわけ。


 だから彼女が私に注意をするのはそれが仕事だとも言えるんだけどね。でも、私だってしたくてミスをしているわけじゃない。そもそもミスと言えるのかすら怪しいんだよ。


 冒険者にクエストを案内するときは、当然彼らの力量に合わせたものをサジェストするんだけど、それが必ず成功するとは限らない。相性だってあるし、運の要素も関係してくる。


 何度もクエストを達成したような上級者だったら、どんなものでも器用にこなすんだけど、当然そういう人にはすでに専属の担当がついているわけで、私のような新人ガイドが担当するのは同じようなひよっこな冒険者だけ。


 だから彼らの力量を正確に見定める必要がある……とソフィアさんは言うんだけど、ぶっちゃけそんなの分からないわけね。分からないから簡単なクエストをあてがうと、それはそれで冒険者から文句を言われるわけで、私たちガイドは板挟み的存在ってわけなのよ。


 同僚とも話してたんだけど、上手くやるには『素質ある冒険者』を引き当てるしかなくって、結局運頼みってわけ。もちろんガイドの役割には、冒険者を育成するというものもあるから、全部が全部運頼みってわけでもないんだけどね。


「失礼します」


 ソフィアさんの部屋を出てカウンターへと向かう足取りは重い。


(今日こそはいい冒険者に巡り会えますように)


 いつもは神様なんて信じてない私。こんなときだけ祈るのは身勝手だと思いながらも、ついつい心の中で念じてしまう。まぁこれだけ毎日毎日グチグチ言われていれば、それもしょうがないでしょ。


「はい、次の方どうぞー」


 カウンターに座り順番を待っていた冒険者に声をかける。目の前には7人の冒険者がいた。仲良さそうにいちゃついている男剣士に女魔法使い。この歳になるまでろくに恋だの愛だのの経験がない私には、ちょっと目の毒だ。


 その隣には剣士、剣士、剣士、剣士……って4人パーティなのに剣士四人組なの? 誰か魔法使いやろうとか言い出さなかったの? 本当にやる気あるの? もうこの時点で目眩がしてくる。


 はぁ……と冒険者に気づかれないよう、小さくため息を付いていると「あの、いいかな?」と、最後のひとり話しかけてきた。この辺りでは珍しい真っ黒のサラサラした髪の毛を、無造作にポニーテールにしている。一見した感じでは「町のお嬢さん」って感じ。てか、本当に冒険者なの?


 私が訝しげに思っていると「クエストを紹介してほしいんだけど」と言う。マジだった。


「失礼ですけど、おひとりですか?」

「うん。あ、ひとりじゃダメ?」

「ダメってことはないですけど……どんなクエストをご希望ですか?」

「うーん、とにかく稼げるやつがいいな。内容はなんでもいいよ」


 出た。こういうタイプが一番厄介だ。誰だって稼げるクエストの方がいいのは当たり前。それを敢えて指定してくるのは、面倒くさい冒険者の確率が高い。とりあえず難易度の高そうなのを見繕って『そんなに難しいのは困るな~』て感じに持っていこう。


 ファイルを開いて高報酬のものをパラパラめくっていく。


「あ、それいいじゃん」


 キョーコと名乗ったその女冒険者がファイルを指差す。


「えーっと……エッセの町からの依頼ですね。悪いオークたちが出没するようになって、畑を荒らしたりして困っているから討伐、もしくは追い払って欲しいというものです……けど、流石にこれはちょ――」

「いいよ、それ受けるよ」

「そんな簡単に言われますけどね。報酬が20万ゴルに指定されてるってことは、それなりに難易度が高いってことですよ?」

「大丈夫。オークくらい全然平気だから」


 私から受け取ったファイルを眺めている間に、こっそりキョーコさんの個人ファイルを見てみる。なになに……登録したのは1ヶ月ほど前。初心者オブ初心者じゃない! あ、でもコボルトの盗賊団の壊滅のクエストはちょっと凄いかも。


 でもなんで担当者がついてないんだろう……って聞いてみたら、どうやら知らなかったみたい。でも今回のクエストは流石に荷が重いんじゃないかなぁ? どうしよう……もし、本当にそこそこやる冒険者なんだったら、ここで受けて担当者になれればラッキーだし。


 そこで折衷案を申し出てみた。


「分かりました。私がご一緒します」

「えっ、ついて来るの?」

「はい。もし万が一のときには、応援を呼べるように」

「ま、あたしはどっちでもいいんだけど」


 そういうわけで出発。エッセの町へは徒歩で1時間程度。馬車を使うまでもない。王都の城門を出たところで、キョーコさんが「こっちへ来て」と言う。なんだろうと思いながらも、彼女の目の前へ。


「失礼するよ」

「へっ? なに、なんですか!?」

「走っていくから。しっかり掴まってて!」

「はしっ、へ? う、うわぁぁぁぁ」


 突然私をお姫様抱っこしたキョーコさんが、信じられないスピードで駆け出す。周りの景色が見たこともない速度で後ろへと流れていく……って、止めて! 怖いっ!


「大丈夫?」


 ぎゅっと目を閉じてると、キョーコさんが優しい声で聞いてくる。なんだろう……心臓はバクバクと音を立ててるのに、少しだけキュッとするような。これはきっととんでもない早さで走っているから。きっとそう。決して抱っこされていることにドキドキしてるわけじゃない……はず。


 でも身体に伝わってくるキョーコさんの体温。ちょっと荒くなってきている吐息。いやいやいや、私にそんな趣味はない! もっと強く瞳を閉じて否定する。


「着いたよ」

「え……どこに……です?」

「エッセの町」

「はい?」


 そんなはずはない。まだ抱えられて5分と経ってないはず。だけど目を開けて飛び込んできた景色は、確かに見覚えのあるエッセの町。


「うそ……信じられない」


 キョーコさんは私を下ろすと「町長さんに話を聞いてくる」と、どこかへ行ってしまった。ぽつんと一人取り残されて、辺りを見回してみる。私自身も田舎の出身だけど、こういう地方の町はよそ者に暖かくはない。『一体何者だ』という視線がいたたまれなくなって、ひたすらウロウロと歩き回る。


「あ、いたいた。どこに行ってたんだよ」


 20分ほどしたころ、キョーコさんが手を振りながら走ってくるのが見えた。少しホッとした私は「どうしていいのか分からなくって」と思わず本音を漏らしてしまう。


「あぁ、そっか。ごめんごめん」


 そう言いながら私の頭に伸びてくる手。優しく撫でてくれる。多分、歳もそんなに変わらないと思うんだけど、なんだかとっても安心できるような気がしてくるのが不思議……って、違う違うっ!


 慌てて手を払って「で、これからどうするんですか?」と咳払いしながら訊く。


「うん、帰ろっか」

「は?」


 何を言ってるんだろう……あ、もしかして改めて依頼内容を聞いて、今更無理だと分かったってこと? 受けたクエストを放棄するのは、冒険者にとってマイナスになりかねないけど、無鉄砲に突進して失敗するよりはマシだ。


 少し侮っていたかもしれないけど、自分のことをちゃんと分かっている冒険者なのかもしれない。今回は残念だったけど、もう少し簡単なクエストからステップアップしていけば、将来的にはいい冒険者になるかもね。


「分かりました。それではギルド本部に放棄の報告をするので、お待ち下さい」


 魔導通信器(マジックパッド)を取り出す私に、不思議そうな顔で「放棄? 完了じゃなくて」と聞いてくるキョーコさん。


「完了? あのですね、依頼内容はオークの討伐、もしくは排除。町長さんとお話することじゃないですけど?」

「したよ?」

「ですからぁ」

「いやだから、オークの排除、完了したんだって」


 ちょっと待って。言ってることがよく分からない。


「町長さんにオークを見かけた場所に案内してもらったらさ、たまたまオークの群れがうろついてたんでちょうどいいやって」


 ポケットから一枚の紙を取り出す。エッセの町の町長名が入った正式な『クエスト完了証明証』。何度も見返している私に「あのさ、まだお昼前だし別のクエストもできる?」とキョーコさんが笑顔で訊いてくる。


 その後、王都の西にある谷に拠点を構えている盗賊の退治、貴族の引越の手伝いなどをこなして、王都に帰ってきたのは夕日が西の山々にかかる頃。ギルドに戻った途端にキョーコさんはソワソワして落ち着かない様子だ。


 私は今日のことが、まるで夢のような出来事に思えていた。でもどうやら急いでいるらしいキョーコさんのために、必死で事務処理をする。小切手を手にしたキョーコさんは「魔導器を売ってるお店って知ってる?」と尋ねてくる。


 ちょっと入り組んだ場所にあるので、私が案内することにする。またお姫様抱っこで行くのかと期待してたのに歩いて行くことになって、がっかりしてる自分に驚いた。


 店じまいを始めていた魔道具店でキョーコさんが買い求めたのは、なにやらやたらとごつい魔導器。そんなのなにに使うんだろう……?


「知り合いが欲しいって言ってて」

「……それって男の方ですか?」

「うん。あ、でも変な仲じゃないよ?」


 そりゃそうだろう。恋人に魔導器を買い与えるのって聞いたことないし。


「今日はありがと、テレーゼ。じゃぁまたね」


 手を振り去っていくキョーコさんに、私は思わず大きな声で問いかける。


「あのっ……また、会えますよね!?」


 驚いた顔のキョーコさんがニコッと笑って「もちろん」と答える。


「きっと、近い内に会いに行くよ」

「絶対、絶対ですよ!?」

「うん」

「私がキョーコさんの担当者ですからね? 他のガイドに浮気しちゃダメですよ!」

「分かった。テレーゼの専属ってことでいいよ」


 で、結局それから数ヶ月しても、キョーコさんはギルドに姿を現さなかった。ずっとカウンターに来る冒険者に目を配っていたので、他のガイドが担当してるってことはなさそうだった。と言うことは……。


「冒険者、辞めちゃったのかなぁ……」


 冒険者は危険なお仕事だ。キョーコさんが辞めて他の仕事をしてるっていうのなら、それはそれで良いことかもしれない。でも……。


「会いたいなぁ」


 誰に言うでもなくつぶやいた。ガイドの仕事として、という意味じゃない。単純にキョーコさんに会いたい。会いたい会いたい会いたーい!! 


 そんな私の思いが通じたかのように、ギルドの扉がゆっくりと開く。外の明るい光を背に、見覚えのある姿が私の目に飛び込んできた。そのときやっと分かったんだ。


 これが初恋なんだ、って。

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