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002 最初の訪問者

「あたしと勝負して。そしてもしあたしが勝ったら、言うことをひとつだけ聞いて」


 少女はそう言うと、姿勢をグッと低くし拳を構える。おいおい、マジかよ。


 無論これから魔王としてやっていこうというのだから、戦闘になることくらいは覚悟している。だがそれはあくまでも相手が冒険者などの戦闘職に限った話だ。こんな幼気な少女に、本気を出すことなど到底出来ない。


 隣に座っているアルエルを見る。恐ろしいほどの勢いで首をブンブンと振っていた。ダメか……。


 一般的にはダークエルフは「知的で邪悪」であると思われている。普通のエルフに比べ人間との接触が少ないため、そういう偏見が定着したのだと思われる。だがそれでも、戦闘においては、我々人間よりも優れた才能を発揮する者が多いのは確か。魔法や弓矢の技術においては、他の種族を圧倒している。


 ……はずなのだが。


 このアルエルは剣を振らせるとグルグル回転した挙げ句目を回してしまうし、弓矢は真っすぐ飛んだことがない。魔法も「大地を守護する我らの……ええっとなんでしたっけ?」みたいに、全然詠唱を覚えられない。


 ダメっ子アルエルなのだ。


 仕方がないな……適当にあしらってお帰り頂くしかないだろう。ゆっくりと立ち上がる。少女は少しだけ驚いた顔をしたが、すぐに「へぇ、聞き分けがいいね」と満足気な様子。


 『怒れる火球(ファイアーボール)』でも足元に放ってやれば、びっくりして降参するだろう。ちょっと熱いかもしれないが、火傷しない程度には調整してやるから安心しろ。


 そう思いながら呪文を詠唱したときのことだった。


 少女の姿が突然フッと消える。「あれ?」と思う間もなく、腹部に激痛が走る。と同時に目の前に少女の姿が現れた。視線を下げると少女の膝が私の腹に食い込んでいるのが分かる。


 なん……だと……?


 やや雑魚っぽい感想を抱きながら、私は背後に飛ばされた。二度三度、盛大に地面を転がってようやく止まる。腹部を手で撫でてみる。無意識に魔法でガードしたお陰でそれほど致命傷にはなっていないが、痛みは残っていた。


 一体なんなのだ、この少女は……?


 私の思考を読んだかのように、少女が再びニヤリと笑う。背筋にゾクッと寒気が走った。目の前にいるのはただの街の少女なのに、本能がなぜか『これはいけない』と告げている。


「本気できていいよ。魔王(・・)さん」


 やや挑発気味なセリフに、私の中でなにかのスイッチが入るのを感じた。この子はただの街の少女などではない。侮ってはいけない。ダンジョン初日から『速報:魔王がやられました』なんてことになることはあってはならぬ。


 再び呪文を詠唱する。今度は『怒れる火球(ファイヤーボール)』など比ではない。


 『閃光の雷槌(サンダーボルト)


 雷撃系魔法でも中位以上に位置する魔法だ。発動から対象者を捉えるまでが高速であるのが特徴。威力はそこまで高くはないが、一般的な人間であれば失神程度には持ち込める。


 呪文の詠唱を開始した途端、再び少女の姿が消える。なんなんだ、この速さは!? 慌ててバックステップでかわそうとする。だが、目の前に現れた少女の手が伸び私の首を掴む。恐ろしいほどの力で締め上げられ、詠唱を続けることができない。


 そのまま後部へ激しく叩きつけられた。背中がなにかにぶつかり、激しく崩れる音がする。見ると、先程作ったばかりの玉座が粉々に砕け散っていた。「おのれぇぇぇ!」と叫びたいところだが、首を締め上げられていて声が出ない。


 少女は倒れた私の上に馬乗りになっていた。「もう降参する?」と、目をパチパチさせながら聞いてくる。


 正直なところ「うん」と言いたかった。だが私が負ければ、初日にしてダンジョンがクリアされることになってしまう。そうなれば我が『鮮血のダンジョン』の評判はだだ下がりだ。それだけは避けなければ。


 必死で少女の腕を掴みなんとか振りほどこうとするが、まるで岩のように固くピクリとも動かない。横っ腹に何度かフックを放ってみたところ、むしろ私が拳を痛めたほどだった。


 本当になんなのだ……。ちょっと強いとかそういうレベルの話じゃない。見た目以上の力に頑丈さ。『肉体強化の魔法』に似ている気がするが、先程から魔力はほとんど感じられない。


 仕方がない……。


 魔法は基本的に詠唱を必要とする。だが一部の魔法には無詠唱で発動できるものもある。当然その分威力は落ちるのだが、この至近距離からなら十分に効果を発揮できるだろう。いやむしろ威力を発揮しすぎるかもしれぬ。


 正直言っていくら危機感を持ったとしても、相手は少女だ。大きな傷を負わせれば、治癒・蘇生魔法の発達した現代でも、多少の痕は残ってしまうかもしれない。そういう気持ちが私にリミッターをかけていた。


 だがここまで追い込まれると最早そんな心配をしている余裕はなくなってくる。全力でやれることをやらなければ、こちらの方がやられてしまう。


 「ねぇ、降参しないの?」と若干呆れ気味になっている少女の顔面の前に手をかざすと、爆裂系の無詠唱魔法を放つ。破裂するような大きな音が鳴り響き、周囲に閃光が走る。馬乗りになっていた少女の感触が消えた。


 流石にやりすぎたか、と慌てて飛び起きる。だが少し離れた場所に立っている少女は、平気な顔をしながら「へぇ、無詠唱魔法って初めて見たよ」とのんきなことを言っている。


 なん……だと……。魔法を察知して、瞬時に後方へと逃げたというのか。


「もういいでしょ? さっさと降参して私の言うことを聞いて」

「ダンジョンマスターである魔王が、そんなに簡単に負けるわけにはいかぬ」

「あー……まぁ、そりゃそうだよね。そういうとこは嫌いじゃないけど――」


 少女の目がキラリと光る。


「ならやっぱり力でねじ伏せるしかないようね」


 再び少女の姿が消える。適当に当たりをつけて、右方に無詠唱魔法を放つ。ビンゴだったようで、地面を蹴る音が聞こえてきた。すぐさま左からの攻撃を警戒し、肉体強化魔法を左腕にまとう。と同時に少女の姿が現れ、蹴りが飛んできた。


 腕でそれをガードし、右手でもう一度爆裂系無詠唱魔法を……と、当然それは予想していたようですぐに少女はバックステップで回避。「逃がすかっ」ここぞとばかりに私は追撃に入る。


 一瞬キャンセルしかけた爆裂魔法を後方へ放出し、その反動で少女へ詰め寄る。少女の驚いた顔が目に入る。よぉっしゃー、もらったぁぁぁっ!!


 ありったけの力を込めた右ストレートを放つ!


 だが、少女はまるで「投げられたりんごをキャッチする」かのように、平然と私の拳を掌で捕まえる。


「そんな細い腕で、あたしに肉弾戦で勝てると思ってんの?」

「うるさいっ! お前だってそんなに変わらないだろ」

「でも『力』はあたしの方が上だと思うんだけどなぁ」

「そもそもなんかずるいじゃないか。なんだそれ、魔法か!? もしかして違法な薬と……あだだだだっ!!」


 少女が掴んでいる手に力を込める。私の拳がミシミシと音を立てていた。


「失礼なこと言わないでよ。これはちゃんとした魔法。ズルなんてしてないし」

「くっ……そ、そうか……まぁそれはいいとして、手が……」

「手がなんだって?」

「ちょ……潰れそうなんだが」

「どうして欲しいの? 離して欲しい?」


 ヤバい、ちょっと涙目になってきた。このまま握りしめられればぐちゃっとりんごのように……。だが魔王が「お願いします。離して下さい」などとは口が避けても言えぬ。


 少し離れたところでアルエルが視界に入る。私は視線で彼女に指示を与える。


 これは試合などではない。ただの戦いなのだ。だからお前がこっそり後ろから攻撃しても、それは卑怯なことなどではないはず、多分。別にお前に戦えと言っているわけじゃない。お前がそういうの苦手だって分かってる。だから一瞬、スキをつくってくれるだけでいい。


 アルエルがコクンコクンとうなずいている。アイコンタクト成功! よし、やれ!!


「バルバトスさま〜、ファイトですぅ〜!!」


 違っーうっ!! 声援を送ってくれって言ってるんじゃない!


 ダメっ子アルエルは当てにならない。やはり私がやるしかない。左手で無詠唱魔法を放つ。同然それはかわされる。しかし一瞬少女の体勢が少しだけ崩れた。そこにすかさず足払いをかける。少女の姿勢が更にグラっと傾き、私の右手を離した。「チッ」という少女の舌打ち。


 圧縮の危機から脱した右手を休めたかったが、ここは攻めるところ。右手で無詠唱魔法を放ちつつ、呪文を詠唱し左手に『怒れる火球(ファイヤーボール)』を出現させる。少女はそれを警戒し、右に回避しようとステップを踏み込む。


 ――って、おい。その先には……。


「アルエルっ!!」

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