017 ふたりのダークエルフ
リーンは信用できると思っているが、ここでアルエルの特異な体質について触れる必要はないだろう。答えに困っているアルエルの代わりに「ダメっ子アルエル」であることを伝えておく。
「あはは。まぁ人間にも色々いるようにダークエルフにも色々いるんだろうね。ごめんよ」
アルエルはダメっ子扱いされたことに若干ぷくーっとふくれているが、しょうがないじゃないか。実際、間違ってないんだし。
「うーん、人間でポーションつくれる人ってもういないんじゃないかな? エルフやダークエルフならまだ可能性はあるかもだけど」
「そうなのか? 王都ならひとりやふたりくらいはいそうなものだが」
「ダメダメ。人間ってさ、儲からないと動かないのよね。だから世界が平和になって薬草やポーションの需要が減ったとき、真っ先に他の仕事に転職していったのが人間なんだよね。ドワーフたちは相変わらず武器を作り続けてたりはしてるけどね」
「あっ、でも私以外のダークエルフと言えば」
エルとラエか。私は道中出会った彼女たちのことをリーンに話してみる。
「はー『漆黒の森』ねぇ。こりゃまた懐かしい名前」
「昔は結構有名だと思っていたが、最近は違うのか?」
「ここ数年は全然聞かない名前になっちゃったかも。それこそ前は魔法関係の武器や道具と言えば『漆黒の森』が有名だったんだけどねぇ」
そう言えばラエが『残っている同胞はわずかしかいない』とか言っていたよな。盛者必衰とはよく言うが、彼女たちのことを思うと少しかわいそうにも思えてくる。
「でも『漆黒の森』のダークエルフなんだったら、ポーションのつくり方だって知ってるかもしれないよ」
「じゃ、早速宿屋さんに戻ってエルちゃんとラエさんを探しましょう!」
「そうだな。それじゃ、邪魔したなリーン。さっきの件、考えておいてくれよ」
「はいよー。言っとくけど私、結構高いよ?」
「その辺はお手柔らかにしておいてくれ」
ダンジョンギルドを後にする。まだまだダンジョン運営について、あれこれ聞きたいことはあったのだが、まずはエルとラエに話を聞くのが先だろう。いつまで滞在しているのかも聞いてなかったので、入れ違いになっては元も子もないからな。
私たちはやや速歩きで来た道を戻る。大通りへ出てしばらく歩き宿屋へ。宿屋の裏に停めてあったはずの馬車が見当たらない。入れ違いだったか。表に戻り宿屋の中に入る。
「いらっしゃい」
カウンターに中年の男がひとり。どうやらここの店主らしい。エルとラエのことを尋ねると「あぁ、あのダークエルフの連れのことかな」と答える。
「ここに泊まるんじゃなかったのか?」
「いえ、そのご予定は入ってないんですよ。すぐに出て行かれましたし」
「馬車はどうした?」
「ラエさんでしたっけ、その方には『後で取りに来る者がいるから渡してくれ』と申されてまして。さっきその方が来られたのでお渡ししました」
「どんなやつだった?」
「さぁ……少し身なりの良さそうな連中でしたが……。『あんまり高くは売れないな』とかぼやいていました」
「……そうか、悪かったな」
一旦宿屋から出る。
「どういうことでしょうか?」
「分からない。だがエルが言っていたここに泊まるという話が嘘だったことから、私たちに言えないようなことがあったんだろう」
「なんだか心配です」
「だな。ちょっと探してみるか。そんなに遠くには行ってないはずだし」
私とアルエルは再び大通りを歩く。いくつかの商店で彼女たちのことを訊いてみたが、知っている者はいなかった。城下町の中心部はあらかた見て回って、それでも手がかりが掴めないので、もう少し足を伸ばして郊外へ向かってみる。
この辺りにもまだまだ店はあるのだが、王都中心部に比べてやや趣が違うように思える。食べ物屋や宿屋はなくなり、代わりに武器屋や作業用の道具を扱う店が増えてきた。それに伴い往来している人も、荒っぽい人種が増えてきていた。
「ちょっと怖いところですね……」
「あぁ。トラップなどを買うときには私も訪れたことがあったが、あまり一般人は来ない場所だからな」
「でもそれならエルちゃんも来ないんじゃないです?」
確かにそうだ。見つからないから闇雲に探してみたが、流石にこんなところにいるはずが……。
「バルバトスさま……あれ」
「あぁ」
荒くれ者たちが行き交う町並みでも、特に異質な雰囲気を放っている一軒の店があった。店先にはボロボロの服をまとった者、肩を落とし生気を抜かれたかのように真っ青な顔をしている者などが輪をつくっている。その中心には、豪華な飾りのついたいかにも高そうな洋服に身を包んだ男が数人。
その輪の中にエルとラエを見つける。
「エルちゃん! ラエさん!」
「アルエルちゃん!? どうしてここに……?」
「さっき宿屋に行ったんです。そしたらエルちゃんどこかに行ったって聞いて」
「ごめんね……ごめん……ね」
「エルさま、私がお話します」
ラエがエルを庇うように前に出てくる。
「実は『漆黒の森』を守るため、私たちはここにいるのです」
ラエの話は次のようなものだった。エルの代になり多くのダークエルフが里を去っていった。それにより彼らは収入源を失うことになった。だが残ったダークエルフたちを食べさせていかなくてはならない。そこでエルたちは禁断の果実に手を出した。
「まさかそんなことになるとは知らなかったのです」
ここカールランド王国では、奴隷の斡旋・売買などは禁止されている。だがそれはあくまでも『表向きには』ということで、実際には形を変えて今でも似たようなものが残っている。
奴隷商人から『斡旋商人』へと看板を変えた彼らは、人を担保に金を貸す。そして返せなくなった人を『仕事に斡旋』することで利益を得ていた。もちろん斡旋と銘打ってはいるが、実際には奴隷と何ら変わりない。
斡旋された人は逃げられないように拘束され、極めて低賃金で借金を返すために働かされる。借りた金額の数倍ほど働かされる中で、無事に全てを返し終える人はほんの一握りだと聞く。ほとんどの人は、残りの一生を彼らの利益のためだけに働き続けることを余儀なくされる。
「ひどいです……」
「うん、そうなんだけどね。私たちもそんなものだとは知らなかったの」
「あいつら、貸すときはいいことしか言わないからな」
「バルバトスさまの言う通りです。でも返せない私たちも悪いんです」
「でもでも、そんなのひどすぎます! 王都のエライ人にお願いして、なんとかしてもらえないんでしょうか?」
「一応合法ってことになってるからな。申し出たところで一蹴されるのが落ちだろう」
「いいんです、アルエルちゃん。私たちがここで働けば、里に置いてきたお金で残された人たちはもう少しだけでも暮らしていけますから」
「そんな……バルバトスさまっ、なんとかなりませんか!?」
アルエルが私のローブを掴んで必死に懇願する。その声を聞きつけたのか、輪の中にいた身なりのよい男が「おい、そこでなにしている?」と近づいてきた。
「お前は誰だ? 私たちの大切なしょ……顧客に勝手に話しかけるな」
「今『商品』と言いかけたな?」
「知らん知らん。どっちにしても、お前には関係ない話だ。さぁ行った行った」
でっぷりとした腹を突き出して、シッシと手で私たちを追い払う素振りをする。アルエルは「バルバトスさまぁ……」と、涙でくしゃくしゃにした顔で私を見上げていた。
私はローブから身分証を取り出すと、その男に突き出した。
「なんだこれ……ダンジョンマスター? チッ、魔王か」
「そうだ。多少は私の話を聞く気になったか?」
「はぁ……面倒くせぇ。一応ダンジョンマスターさまの顔を立てて、話だけは聞いてやる。で、なにが望みだ?」
「彼女たちに貸し付けた金は私が返還する。だから即時開放しろ」
「バルバトスさまっ!!」
「そんな……そこまでしていただくわけには……」
アルエルは顔をぱぁっと輝かせて、エルは困ったような顔になっていた。商人は少し苛立ちを見せていたが「こちらとしては金を返してくれるのなら、問題はない」と言う。
「それで一体いくらんだ? 彼女たちに貸した金は」
「ちょっと待ってろ。帳簿を確認するからな……利子も含めて現時点で501万7千ゴルだな」
「ごひゃく……」
アルエルが言葉を詰まらせ、エルたちは黙ったまま下を向いてしまう。私とアルエルがダンジョンを開くために、必死で数年間かけて貯めたお金が200万ゴルだった。とてつもない金額に思える。
「今日すぐには用意できない。1週間待ってくれ」
「おいおい。威勢のいいこと言っておいて、結局はそれかよ。そんな都合のいい話をこっちが聞く――」
「ダンジョンマスターが頼んでいるのだが?」
「なっ……」私の言葉に商人は鼻白み、一歩後ずさる。
「まぁ、お前たちに悪いようにはしない。その1週間分の遅延金も払うし、もし遅れるようなことがあれば私のダンジョンの権利をお前に渡そう」
商人は黙ったまま考え込んでしまう。彼らのような人間は、常に損得勘定だけで生きている。そのような人種には儲け話を振ってやるのが一番だ。私の提案は彼らにとって損は一切ない。だから彼らが断る理由など一切ないわけだ。
「いいだろう。ただし万が一のときは、容赦なくダンジョンを差し押さえるぞ」




