015 王都到着!
私はゆっくりと下降していく。煙に覆われた視界が徐々に晴れていった。
「こ、これは……」
駆けつけたラエが絶句していた。『無敵の大砲』は圧縮した空気の塊を放出する魔法。威力だけで言えば、全魔法中でも上位に入る。その分魔力の消費は大きいのだが、これを喰らえば流石のミノタウロスとて……。
「もしかして死んでます?」
「いや、気を失っているだけだろう」
巨大なくぼみの中心で伸びているミノタウロスに近づく。首元に貼られた呪符に手を伸ばす。魔力により吸着しているそれに、少し魔力を注ぐと小さな音を立ててバラバラに散っていった。
盗賊たちのほとんどはどさくさに紛れ逃亡したらしい。一部の者は傷を負い倒れていたり気絶したりしていた。簡単に治療を施し、まとめて縄をかけ適当な木々に縛り付けておく。後で王都に着いた際に、報告しておけばいいだろう。
まぁそっちはいいとしても心配なのは……。
振り返るとエルとラエが手を繋いで立っていた。ミノタウロス相手とは言え、流石にやりすぎたかもしれない。だが悠長に戦っている暇はなかったのも事実だ。時間をかければもう少し威力の弱い魔法で、削ぐように倒すこともできたかもしれない。だが、それではアルエルたちに被害が及ばなかったとは言い切れないし。
やりすぎたことで彼女たちから恐れられてしまったかも……それが私の心配だった。だがアルエルの知り合いとは言え、私とは関係がない。彼女たちとはここでたまたま出会っただけに過ぎないわけだ。そう自分に言い聞かせる。
だがそんな心配をよそに、エルたちの反応は意外なものだった。
「凄いですっ、バルバトスさま」
「助かりました。まさかあんなモンスターまでいるとは……私だけではエルさまを守りきれなかったでしょう。感謝します」
「だから言ったじゃないですか。バルバトスさまはお強いんです」
「うん。なんだか本当に魔王さまって感じでした」
「確かに。実に魔王さまっぽかったです」
いや本当に魔王なのだが……。
私が反論しようとしていると、近くでなにかが呻く声が聞こえてきた。あ、目が覚めたのか?
「うぅ、いってぇぇ……なんだってんだ、なにが起こった?」
「起きたか?」
「……誰だ、お前は?」
ミノタウロスがヨロヨロと起き上がっていた。それにしても『無敵の大砲』を食らっておいて「いってぇ」程度だとは。流石はミノタウロスと言ったところか。事情を簡単に説明すると、ミノタウロスは「そう言えば」と事の経緯を語りだした。
「確かこの奥の森で狩りをしてたんだ。そしたらこいつら盗賊団に出会って……もちろん相手にはならなかったさ。だが一瞬のスキを突かれて首に何かを貼られて……」
それが呪符であること。それによって奴らに使役されていたことを伝える。もしかして怒り狂って盗賊たちを八つ裂きにしてしまうのでは、と危惧したが、意外とミノタウロスは冷静で「俺としたことが……まだまだ修行不足だな」と、頭の角をかいている。
どうやら彼は同族と暮らしているわけではなく、ひとりで大陸を横断しながら旅をしているらしい。
「それならウチのダンジョンで働かないか?」
「ダンジョン? お前の?」
「あぁ、まだ始めたばかりだがな。お前のようなモンスターを探してるんだ」
「うーむ……ま、俺を倒したあんたの元でなら確かに色々学べることも多そうだ」
契約成立。彼は名をサキドエルと言った。私たちが王都へ向かうと言うと「俺みたいなのは、まだ王都では毛嫌いされるからな。俺は一足先にダンジョンに向かわせてもらうぜ」と言う。
キョーコ宛の書状を持たせるとサキドエルは踵を返し歩き出す。ふと立ち止まるとエルとラエを見て「あんたらも襲ったんだよな、俺。悪かったよ」と言い残し去っていった。
「なんだか、良いミノタウロスさんみたいです」
「まぁモンスターにも良いヤツはいるし、人間にも悪いヤツはいるってことだな」
「それじゃ、私たちも行きましょう!」
「アルエルちゃん、王都に行くのなら一緒に馬車に乗っていかない?」
「え、いいんですか?」
「もちろんだよ。直してもらったんだし、そのくらいはさせてもらわないと」
盗賊たちとの戦闘で魔力も随分使ったことだし、この申し出はありがたかった。ラエが御者台に座り、私たちは荷台に乗せてもらうことにした。2頭立ての荷馬車はそこそこ大きく車内は快適だったが、少し質素すぎる気もする。
箱型の枠の両側に簡単な椅子が設けられただけで、飾りっ気もないし実用性も皆無だ。大きな荷物を積むという用途としては適しているのかもしれないが、旅する馬車としては合っていないよなぁ。私だったらこの椅子の下に収納を作ったり、頭上空間にも棚を設置し収納性を更にアップ。この辺りには魔導照明を付けて、夜間の快適性を向上……とやっていると、エルがアルエルに何やら耳打ちしているのが見えた。
「やっぱり魔王さまっぽくないですよね?」
「でしょ。DIYとかお料理とか得意なんですよ」
「元コックさんか家具屋さんだったんですか?」
「いえいえ、一応冒険者さんをしてたんですよ」
「へぇぇ……」
なんか少し疑いの目を向けられている気がするが、まぁ怖がられるよりはいいのかもしれない。そう思っておくことにする。
「皆さん、王都が見えてきました」
小一時間経ったころ、前に座っているラエが振り返りながら前方を指差す。
「わぁ、凄い大きいなぁ」
「あれ、エルちゃんは王都は初めてです?」
「うん。ずっと里に籠もっていたから。アルエルちゃんは結構来るの?」
「私はこのま……いえ、久しぶりですね」
ん……。私とアルエルが前に王都を訪れたのは、ダンジョンに来る前に色々買い求めたときだったと思うのだが?
「そう、そうですよね。あのときはバルバトスさまが『このトラップも必要だ』とか『こっちの魔導器も買った方がいい』とか言ってて、とても大変でした」
「だってさ、最初は色々必要じゃない?」
「それはそうなんですが、お金には限りがありますからね」
「アルエルちゃん、しっかりしてて偉いなぁ」
「ダークエルフはお財布の紐が固いんです!」
また復活してるよ、この設定。
そんなやり取りをしていると、あっという間に城門へたどり着く。馬車が止められ、気だるそうな門番兵にラエが通行許可証を提示している。
「許可証によると、こちらとそちらのダークエルフの許可は出ているが、そのヒョロいお兄ちゃんと、小さいダークエルフの子は入ってないようだが?」
「あ、私たちは同乗させてもらった者です。これ、身分証明証です」
「ふむ……アルエルさんね。はい、返しとくよ。こっちの兄ちゃんは……はっ、失礼しましたっ!! ダンジョンマスターさまとは知らず、大変ご無礼を!!」
私の提示した身分証を見て、兵が突然直立不動の姿勢になる。「いや、ご苦労さま」と答えると、少しホッとした様子で「どうぞ、どうぞお通り下さい」と先導してくれる。
「急にどうしちゃったんでしょう?」
「この国ではダンジョンマスターは尊敬の対象ですから。そう簡単にはなれない、憧れの職業なんです」
「へぇぇ、本当にバルバトスさまって凄かったんですね?」
「いや、なんでちょっと疑問形なの」
「あ、すみません。なんだか自然に」
自然に、って。全然フォローになってないぞ、それ。門番兵に礼を言うついでに、盗賊のことを伝えておく。すぐに王都の兵を派遣してくれるそうだ。
馬車はゆっくりと城下町へと入っていく。土の通路から石畳の道へ。城下町を南北に貫いている大通りへとやってくる。そこにある宿屋の前で停車すると、ラエは宿に馬車を預けに行く。
「バルバトスさまたちは、これからどうされるんです?」
「私たちは王都見学です! いっぱい食べていっぱい遊びますー」
「こらこら、アルエル。違うだろ」
「てへへ、それは明日でした。今日はちょっとダンジョンのお買い物をする予定なんです」
「そうなんだ。楽しそうだね」
「そう言えば、エルちゃんは王都になんの用なんです?」
アルエルの問いにエルの顔が一瞬曇る。理由を聞こうかどうしようかと思っていると、馬車を預けたラエが戻ってきた。
「エルさま、それでは参りましょうか?」
「はい、そうですね……。ではアルエルちゃんまたね。バルバトスさまもありがとうございました」
「あ……もう行っちゃうんですか? よかったら明日一緒に王都見学しませんか?」
「いえ……その……」
「お申し出は大変ありがたいのですが、私たちにも用がありますので。道中のお礼はまたいずれ」
そう言い残すと、ラエはエルの手を引き去ってしまう。
「なんだか呆気ないな」
「そうですね……もっといっぱいおしゃべりしたかったんですが」
「エルたちにも用があるんだから仕方がないさ。宿の場所は分かったんだし、また明日にでもご飯に誘えばいいんじゃないか?」
「そうですね! さっすがバルバトスさまですー。たまにはいいこと言います!」
「たま、は余計だ」
私たちも宿屋の前を離れ、広い街路をゆっくりと進んでいく。




