014 魔王の力
「だからもう泣かないで下さい。できれば昔みたいに仲良くしたいな」
「わーん、アルエルちゃーん!」
「あはは、もう泣かないでってば。ハンカチで涙を拭いて下さい」
「うん……ありがと」
「エルちゃんは昔から泣き虫さんだったんですよ……ってバルバトスさま!?」
「うっ……ううっ……」
涙で前がよく見えない……。だってさ、すごくいい話じゃない? お互いに自分たちのせいじゃないことが原因で苦労をしてきた。それが10年経って、こんなところで再会を果たして、しかもお互いを恨んでもいない。
「あーもう、なんでバルバトスさままで号泣されているんですか」
「だっで、だっでさぁ……」
「あわわ、なんか色々なものでお顔がぐしゃぐしゃになられていますよ。ちょっと待って下さい。ハンカチは使っちゃったから……あ、これでいいかな。これでお顔をお拭き下さいね」
「ありがとう……ん、なんかこれ臭わない?」
「えっ……あー、ごめんなさい。それお台所用のお布巾でした」
あーそれでちょっと生臭いんだ。てかなんで布巾がバックパックに入ってたの? 取り替えてもらったタオルで顔拭くと、ちょっとだけ落ち着いてきた。エルも同様なようで、既にアルエルときゃっきゃっとじゃれ合っている。
「私は今、バルバトスさまと一緒にダンジョン運営してるんですよ」
「わぁ、そうなんだ……ってダンジョン?」
「はい! 『先決のダンジョン』って言うんです」
ドヤ顔で地面に文字を書いているが、それ誤字ってるぞ。正しくは『鮮血のダンジョン』な。
「へぇぇ、凄いな。じゃぁこの方が……?」
「はい。あのとき私を助けてくれた方で、私のあ……魔王さまです」
「いかにも。我こそは鮮血のダンジョン魔王、バルバト――」
「ちょっとひょろっとされていますが、とっても頼りになるお方なんですよ」
どうしていつも肝心なところで遮るのかな? それでもエルは「すごーい」と感心してくれているようなので、とりあえず良しとしておく。だがラエの方は、ジトっとした目を私に向けていた。どうやら本当に魔王なのか疑っているらしい。
まぁ自分で言うのもおかしいが、確かに見た目は魔王らしくないのも事実だしな。そこは自覚している。もう少し身体を鍛えよう。ダンジョンに帰ったら本気出す。
「そう言えば馬車が壊れたとか言っていたな?」
「あ、はい。車軸が壊れてしまったみたいで」
「どれどれ……あー、これ木が腐っちゃってるな。真ん中でボキッと折れてる」
「最近では整備をしてくれる人もいなくなっちゃったので、これが唯一残っていた馬車だったのですが……」
「ふーむ。アルエル、アレ持ってきてるか?」
「はい! ええっと……あった、ありました!」
バックパックから斧とナイフが出てくる。もうどうやってしまってあったのかは聞かない。そういうものだと思うことにした。「ちょっと待ってろ」と言い、近くに生えていた適当な樹木の元へ。魔力を斧に注ぎ、木の根元へ振り下ろす。
魔力を帯びた斧でサクサクと木を切り倒すと、それを適当な長さにカット。更に細く切り出し、大まかな車軸の形にする。そこからはナイフに持ち替え、形を整えていく。これも魔力を注ぐことにより、いとも簡単に木が削れていった。
「わぁ、すごいっ!」
隣でエルが食い入るように見ている。『どうよ?』と得意になるが、ラエの方は「本当に魔王さま?」と疑惑が更に高まっている様子だ。確かにDIYの力は魔王とは関係ない。30分もすると少しいびつながらも車軸は完成。馬車にはめて多少修正を加えると、ピッタリと固定することができた。
「本当に凄いです、バルバトスさま! でもお手を煩わせてしまい、すみませんでした」
「エルちゃん。バルバトスさまはこういうのは大好きなので、あまり気にしないで大丈夫ですよ」
「……本当に魔王さまで間違いないんですよね?」
「ラエ、そんな目でバルバトスさまを見てはいけません」
「はっ、申し訳ございません。エルさま」
どうしていつもこういう扱いになってしまうのだろうか? やっぱDIYがいけないのかなぁ。でも好きなんだししょうがないよな。てかアルエルの紹介の仕方にも問題があるんじゃないか? 私のことを立ててくれてるのはありがたいのだが、ちょっと立て方が違うような気も……。
馬車を囲んでワイワイやっていると、突然背後から声がした。
「おい、お前ら」
突然街道脇の森から、男が数人ほど飛び出してくる。皆との話に夢中になっており、周囲の警戒が疎かになっていた。不覚。アルエルたちを背中に匿い、私が前面に立つ。
「おーい、馬車があるぞぉ。女とひょろそうな男だけだ。お前らも出てこい!」
ひとりの男が声を上げると、更に森の奥から数人の男たちがぞろぞろと私たちを取り囲むように出てくる。5、6……全部で10人か。身なりから見てどうやら盗賊団のようだ。最近は減ってきているとは聞いていたが、それでもこうやって街道を行き来する人を襲う奴がいなくなることはない。
「バルバトスさまぁ……」
「大丈夫だアルエル。私に任せておけ」
「いや、ここは私にお任せ下さい」
ラエが腰の剣に手をかけ、私の隣に立つ。エルフらしい細身の剣を抜きそれを構えた。確かに腕は立つようだ。それは立ち振舞から推測できた。だがいくらなんでも相手の人数が多すぎる。どれほどの剣の達人でも、エルを庇いながらでは多勢に無勢だろう。
「ラエ、お前はアルエルとエルを守ってやってくれ」
「……しかし、あなたでは……」
「大丈夫ですよ、ラエさん。バルバトスさまはお強いですから」
アルエルの言葉にラエは驚いた顔をする。
「ひゃっはっは。兄ちゃんが相手してくれるのか? 女の前でイキりたくなるのは分かるが、そんなヒョロヒョロの身体でなにができるってんだろうなぁ」
盗賊のひとりの声にワッと笑いが起こる。
「それじゃご希望通り、お前から血祭りにあげてやろうかっ!!」
先頭に立っていた男が手に持っていた半月刀を振りかざす……が、遅い!!
「な、なにっ……」
男の足元に魔法陣が出現し、刀を頭上に掲げたまま静止する。
「『時間の支配者』は対象者の時間を遅くする。しばらくお前は動くことができない」
「チッ、魔法使いかよ。お前ら遠慮はいらねぇ、一斉にかかれっ!!」
どうやらあれが頭のようだ。奥に隠れていた図体のでかい男が怒声を上げると、盗賊たちは一斉に私の方へと剣を手に駆け寄ってくる。
「バルバトスさまっ!!」
「大丈夫だ、ラエ。お前はアルエルとラエを後方に下げて守ってくれ」
「でも、あんなに人数がいては……」
「あまり近づくと……」
もうひとつ、詠唱していた魔法を放つ。『閃光の雷槌』。目を覆いたくなるほどの雷撃が高速で私の腕から放たれ『時間の支配者』で止まっていた男共々、半数以上の盗賊たちを吹き飛ばす。
「お前達まで巻き添えを食うぞ。……で、まだやるか?」
「ちくしょう! もう我慢ならねぇ、おいアレを放て!!」
頭が命令すると、盗賊の一人が森の中へ駆け込んでいく。むっ、増援か? しかしそれがただの盗賊ではないことにすぐに気づく。耳をつんざくほどの咆哮。地面が揺れる感触。何かが近づいてきている。
森の木々がゆさゆさと揺れ、それは姿を現した。牛の頭を持ち、身体は強固な筋肉で覆われている。私より半身ほど高い体躯で、手には巨大な戦斧を持っていた。
「……ミノタウロスか」
人など相手にはならないほどのパワーを秘めたモンスター。人間とモンスターが常に戦い合っていた時代は終わったが、今でもモンスターが人を襲うことはある。しかしそれは目の前の盗賊たちが人間であるのに私たちに刃を向けるのと同じで、そういうモンスターもいるということだけだ。
しかしミノタウロスクラスのモンスターが、このような盗賊団に従っているというのもおかしい。口や鼻からは熱い息を吐き出しており、どうも正気を失っているようにも思える。ミノタウロスの身体を観察すると、首元に一枚の呪符が貼り付けられているのが見えた。
あれは確か……東洋のどこかの国で使われていたものではなかったか。人間であれモンスターであれ、使役することが可能になる呪符だったような気がする。と言うことは、あれがミノタウロスの行動を縛り、盗賊たちに従属させているというわけか。
「やっちまえ!」
頭の声でミノタウロスは戦斧を大きく振りかぶる。バックステップでかわすと、先程まで私が立っていた地面が大きく削り取られているのが見えた。
「バルバトスさまっ!」
「大丈夫だ。お前たちは下がっていろ!」
アルエルたちに被害が及ばないように、私は飛翔魔法で位置を変える。さぁ、こっちだ。お前の相手は私だぞ。
私が大きく右に移動したことで、盗賊の一部が馬車の方へ向かって行った。だがその前にラエが立ちはだかる。流石、言うだけのことはあって数人程度であれば相手にならないらしい。あっという間に盗賊を刀の錆へと変えてしまう。
ならば後はこいつだな……。
私は更に上空へと飛び上がる。眼下のミノタウロスが、斧を振りながら咆哮を上げていた。悪いな、お前が悪いわけじゃないのだが。殺すまではいかないだろうが、ちょっと痛いかもしれない。そこは勘弁してくれ。
飛翔魔法を使いながら、もうひとつの呪文を唱える。目の前に青白く光る巨大な魔法陣が浮かび上がった。周囲の空気が振動し、ミノタウロスの咆哮を打ち消すほどの大きな音が鳴り響く。
魔法を発動。カッとまばゆい光が辺りを包んだ。甲高い耳を覆いたくなるほどの爆音とともに、魔法陣を中心とした空気が圧縮されミノタウロスに向かって放たれる。次の瞬間、地面が剥ぎ取られる音が響き、周囲に土煙が舞い上がった。




