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013 王都へ出発!

「はぁ……はぁ……ちょ、ちょっと休憩しよう、アルエル」

「えー。さっき休憩したばかりですよ、バルバトスさま」

「いや……でも、ちょっと肺が……痛い……」

「しょうがないですねぇ。それじゃ、あそこの木陰で休みましょう」


 倒れ込むように木陰に転がる。はぁ……おかしいなぁ。いつからこんなに体力なくなったんだろう?


 私とアルエルは王都に向けて歩いていた。朝早くに出立し今はお昼前。最初のうちは楽しく街道を進んでいたのだが、小一時間もすると足が棒のようになってきた。そして今や虫の息……と言った感じになっている。


「ちょっとお水を汲んできますー」


 アルエルはパタパタと街道脇の小川に走っていってしまう。以前と同じ、大きなバックパックを背負っているくせに妙に元気だ。


「バルバトスさま。はい、お水です」

「おぉ、すまんな」

「いえいえ。ぱぱっと飲んで再出発です!」

「なかなか容赦ないな、お前」

「だってこの調子だと、移動だけで1日使っちゃいますよ? 一応1泊する予定ですけど、今日用事を済ませて明日は王都見学する予定じゃないですか」

「うーん、まぁそうなんだけど。やっぱ飛翔魔法使って行かない?」

「バルバトスさまが『飛んで行くと風情がない。やはり自分の足で歩むべきだ』とか言ってたんですよ?」

「面目ない……」


 というわけで予定変更。呪文を唱えると足元に魔法陣が浮かび上がる。両手を広げてアルエルに「よし、いいぞ。ここへ来い」と言う。


「えっ、そういうスタイルで行くんですか?」

「不満か?」

「いえ不満はないんですけど……」

「なら早く。魔力がもったいないだろ」


 モジモジしながらアルエルが私の前に立つ。両腕をアルエルの細い腰に回してギューッと掴……。


「バルバトスさまっ、ダメです!!」

「ぐはっ!」


 アルエルの裏拳が私の顔面にヒットする。


「なにするの、アルエル!?」

「やっぱり私が後ろがいいです」

「あ、うん。そう?」


 どうしてだか分からないが、アルエルがそうしたいというのなら。少ししゃがんで「さぁ、いいぞ」と乗るように促す。「はい!」とアルエルが背中に飛び乗ってきた。両足を抱えておんぶした格好で、空中に舞い上がる。


「うわぁ、すごーい。飛んでますよー、バルバトスさま!」

「……あぁ」

「あっという間に地面があんなに遠くに。ほら、さっきの木もすっごくちいちゃくなってますー!」

「……あぁ」

「バルバトスさま?」

「……あぁ」

「あの……もしかして重いです?」

「はっ!? いやそんなことはないぞ」

「よかったですー」


 実際アルエルはとても軽い。バックパックは少し重いが、問題はそこじゃない。そうではなくて先程からむにゅーとした、とても柔らかいモノが背中に当たっている。最初は何かわからなかったのだが、それがアルエルのお胸だと気づいた私は、どうしてだかとても悪いことをしているような気持ちになってしまっていた。


「大丈夫ですか? なんかさっきから変ですよ?」

「大丈夫っ! まったく全然問題なし!」

「本当ですか? でも何だかちょっとお顔が赤くなってますよ……ほら、こんなに顔が熱いじゃないですか!」

「ひゃっ、急に額に触らないで」

「もしかしてお風邪を引かれているとか」

「大丈夫っ、本当に大丈夫だから」


 額に手を当てようと、アルエルがグッと私の肩を掴んでより密着してくる。背中の感触がより強くなり、彼女の吐息が耳にかかる。ダメだ、バルバトス。変なことを考えるんじゃない。アルエルは妹。アルエルは妹。アルエルは妹。アルエルは妹……。


「うひゃぁ、バルバトスさまー! 落ちてますー!!」

「はっ! すまんすまん」

「あはは、でもちょっと楽しいですー」


 キャッキャっとはしゃぐアルエル。頼むから、じっとしててくれ。思考に集中すると魔力が途切れる。魔力に集中すると思考が乱れる。落ちないように、変なことを考えないように、落ちないように、変なことを考えないように。何度も昇ったり落ちたりを繰り返しながら進んでいく。アルエルが少し先の街道を指差した。


「バルバトスさま、馬車が見えますよ」

「お、本当だな。もうすぐ王都が近いということかもな」

「あれ、でも止まってるみたいです?」

「どうしたんだろう……ちょっと降りてみるか」


 飛翔魔法の威力を弱め、その馬車の隣に着陸する。近づいてみて分かったのだが、どうやら馬車が故障してしまったらしく、大きく傾いてしまっていた。馬車の近くには背の高いフードを被った人と、それに寄り添うようにしている小さい子どもがひとり。


「こんにちはー!」


 空から降りてきた私たちに一瞬警戒をしていたが、アルエルを見て危険はないと分かってくれたようだ。こういうとき彼女の明るさは、本当に頼りになる。


「どうかしたんですか?」

「それが……ご覧の通り、馬車の車軸が折れてしまい立ち往生している次第です」

「あらら、ぱっくり折れちゃってますねぇ」

「古い馬車だったので……って、あなたもしかしてダークエルフ?」


 背の高い方がフードを取る。アルエルと同じような浅黒い肌。ピンと尖った耳に、流れるような金色の長い髪。鋭そうに見える瞳はどこか優しそうにも感じられる。


「あなたも……ダークエルフさんなのです?」

「はい。私たちは『漆黒の森』に住むダークエルフの一族。用があり王都に向かう途中でした」


 それを聞いたアルエルの肩が一瞬ビクッと震えた。私は彼女をそっと引き寄せて「大丈夫だ」と頭を撫でてやる。アルエルの素性を彼女たちに話す必要性は感じられないが、どうすべきだろうか? あの森に住むダークエルフが、今でもアルエルを追っている可能性はある。


 だが見たところ、年上に見えるこの女性でも恐らく20代前半くらい。10年前のことを知っていても、当事者ではないはず。しかし一族の中で、アルエルの扱いがどうなっているのか分からない以上、うかつにこちらから申し出る危険を犯すべきではないのかもしれない……。


 私が悩んでいると、女性の後ろに隠れていた小さな子どもがおずおずと顔を出す。どうやらこちらもダークエルフ。つばの大きな帽子から少しカールした髪の毛がふわりと流れている。背丈はアルエルと同じか少し小さいくらい。パチパチと瞬きしながら、顔を出したり引っ込めたりしている。


 一方、アルエルもいつの間にか私の後ろに回り込み、女の子と同じように出たり入ったりしている。一方が出るともう一方が顔を引っ込める。ピョコ、ピョコ、ピョコ、ピョコ……なんだ、これ……?


 どうしたものかと思っていたら、そのタイミングが徐々にズレてきて、二人が同時に顔を出した。


「あっ!」

「あれっ!」


 少女とアルエルが、ほぼ同時に驚いた顔をする。


「アルエルちゃん!?」

「エルちゃん!!」


 ……えっ?


 ふたりは息を合わせたかのように飛び出すと、両手を取り合ってグルグル回りだした。


「エルちゃん、お久しぶりですー」

「アルエルちゃん、無事だったんですね!?」

 あれれ、もしかして知り合いなの?

「はい! エルちゃんは私がダークエルフの里にいた頃のお友達なんです」

「そうなんですよ。私たち昔はとっても仲が……よく……って……」


 エルと呼ばれた子の言葉が徐々にしぼんでいき、やがて黙り込んでしまう。見るに見かねたのか、背の高いダークエルフが近づいてきてエルの頭をそっと撫でてやっていた。


「申し遅れました。私はラエスギルと申します。ラエとお呼び下さい。そしてこちらはエル、エルリエンさま。ダークエルフの長をされていました。私はエルさまの侍従をしております」


 いました? 私の疑問を理解したのか、ラエは言葉を繋げる。彼女の説明によると、あの日――あの10年前の日から起こった出来事は以下のようなことだった。


 ダークエルフはアルエルの特異な力を恐れた。その力を禁忌のものだと思い、先代の長はアルエルを拘束するよう命じた。だがそれを私が阻止したことから、長の権力基盤は大きく揺らいだ。


 同胞であるはずの仲間からは、長の責任を追求する声が聞こえてくるようになり、数年も経たない間に半分ほどの者が里を去っていくことになった。


「そして昨年失意の中で先代も亡くなられ、エルさまが代を継がれたというわけなのですが、最早残っている同胞はほとんどおらず、私とエルさまを除くとほんの一握りになってしまいました」

「アルエルちゃん……父はずっとアルエルちゃんのことを気にかけてました。『あれは間違いだった』と、何度も何度も言っていました。本当にごめんなさい。許してもらえるとは思えないですけど、本当にごめんなさい……」


 エルはぽろぽろと涙をこぼしながら、アルエルに頭を下げる。黙って聞いていたアルエルの気持ち……私は察してやることしかできないが、不思議とそれを理解できているような気がしていた。


「エルちゃん、顔を上げて下さい」

「アルエルちゃん?」

「私はもうなんとも思ってないです。本当ですよ? 確かにあのときはちょっとだけ怖かったですし辛かったです。でも、そのお陰でバルバトスさまとも出会えましたし、今はとっても幸せなんです!」


 アルエル……。

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