011 ダンジョン開拓
翌日。
コンコンと鳴る音で目覚める。カーテンを開けると、ガーゴイルが一匹バルコニーに立っていた。
「最近、よくご注文頂いてまッスね。ありがとうッス」
木箱を見ると、私が王都でローブを買った店の名前が刻印されている。
「ウチが直接売ってるわけじゃなくって、商店さんとの仲介をしてるんッス」
「ほぉ? 直接売った方が儲かるんじゃないのか?」
「いえいえッス。在庫を持たないことで、リスクも減らせるッス」
なかなか堅実な商売をしているみたいだ。礼を言って荷物を受け取る。またこの木箱か。開けにくいんだよな、これ。
とりあえず食堂のテーブルに置いておき、朝食の準備に取り掛かる。「おはよぅごじゃいますぅぅ」「ふぁぁ、おはよー」とアルエル、キョーコが起きてきた。
「あっ、もう届いたんですね! キョーコちゃんお願いします」
バキッ!
「うわぁぁぁ。魔導ネットで見たのより、素敵ですー!」
皿をテーブルに置きながら、木箱から取り出された服を見てみる。ピンク色でフリフリのたくさん付いたワンピースだった。両手で持ってキョーコの目の前にかざしながら「ちょっと着てみて下さい!」と迫っている。
「また今度にするよ」
「なんでです? いいじゃないですか」
「アルエル『よいではないか、よいではないか』とキョーコの故郷じゃ言うらしいぞ」
「やっ、それ間違った知識だし」
「さぁさぁ、キョーコちゃん! よいではないかっですっ!」
根負けしたキョーコが「しょうがないなぁ」と、着ている服に手をかける。ちょい待ちっ! どこで脱ごうとしてんの!?
「バルバトスさまは、お外でお待ち下さいっ!」
アルエルに食堂から追い出されてしまう。そこは自分の部屋で着替えてくればいいじゃないか……。少しすると扉の向こうから「やっ、アルエルこれは」とか「わー、かわいいーですー」とか声が聞こえてきた。
なにを話してるんだ……と扉に耳をつけてみる。と同時に、突然扉が開いて盛大にコケながら室内へ。
「バルバトスさま、お行儀が悪いですよ」
「悪い悪い。なんか気になっちゃって」
あてて、と起き上がると目の前にすらりとした白い足。見上げると、顔を真っ赤に染めたキョーコが「ふ、ふぇぇ」と涙目で立っていた。いつにないキョーコの反応に、思わず「時間停止の魔法」にかかったかのように動けなくなる。
ってか、見えてる! すごく短いスカートで中身が見えちゃってる!! 私の反応を見たキョーコが、慌ててスカートの裾を押さえる。
「み……見た?」
「……ミテマセン」
「見たんでしょ?」
「白い下着など見ていません」
「見たんじゃない!」
「バルバトスさま、エッチですー!!」
だってしょうがないじゃない。不可抗力だよ、これ。
「いただきまーす」
元の服に着替えたキョーコとアルエルがお皿のパンに手を伸ばす。私はスプーンでスープをすくって口元へ。いたた……。パンパンに腫れたほっぺが痛い。
必死で平謝りした結果、両頬が若干腫れる程度で許してもらえた。でもさ、絶対悪くないと思うんだけどな。ちょっと納得がいかない。
「やっぱりアレは着れないよ」
「でもでもっ、とっても可愛かったですよ?」
「……そう……かな?」
「はいっ! 魔導ネットで見た王都の……ええと、あれなんだっけ? 5人組の」
「あー、なんとかファイブっていう歌劇のグループ?」
「そうそう、それです! あれに入れるくらいキョーコちゃんは可愛いと思いますよ」
「それは言い過ぎだよ」
「バルバトスさまはどう思われます?」
「うむ、手を上げなければ、アルエルの言う通りかもな。手を上げなければ」
「なんで二度言うのよ」
「そこ、大切なところだろ」
「あの……バルバトスさま……」
「ん、どうしたアルエル?」
「私は……その……どうでしょうか?」
「どうって……あー、うむ。もちろん、アルエルも同じくらい可愛いと思うぞ」
「わーい、やった! 褒められちゃいました」
「よかったね、アルエル」
このとき私の脳裏に、ひとつの魔王級アイディアが浮かび上がる。彼女たちに可愛い衣装を着させて、ダンジョンの看板娘にするというのはどうだろうか? 若干邪道な気もするが、今は大エンターテイメント時代。そのくらいの演出はあってもいい気がするのだが。
「いいですね、面白そうです!」
と目を輝かせるアルエルに
「絶っ対にイヤッ!!」
と頑なに拒否するキョーコ。いい考えだと思ったんだけどなぁ。
「そんなことよりも、今日からダンジョンの方も手を入れるんでしょ? ご飯食べたらさっさとやろうよ」
あ、そうだった。拠点となる住居は完成した。後は肝心のダンジョンをつくっていかなければならない。これをしないといつまでたっても収入が得られないし。同時にモンスターの募集もしなくてはならないのだが、こちらはキョーコ以外応募している者がいない。
「ダンジョンギルドさんには、まだ応募のポスター貼り出されてるんですよね?」
「うん。あたしが応募した後も、まだ貼ってたからあると思う」
「どうして誰も来ないのでしょう?」
「うーん……。今ってたくさんダンジョンが増えてきているから、他に行っちゃうモンスターも多いんじゃない?」
「あー、そう言えば海外の大きなダンジョンも進出してきたとか?」
「うむ、確か……『End of the World』だったか」
「凄い大っきなダンジョンになるらしいよね」
「キョーコちゃんは、どうしてそこじゃなくてウチを選んでくれたんです?」
「んー……。あたしは大きなところで歯車みたいに働くより、小さいところで自分の力を試したかった……ってのがあるからなぁ」
「もうちょっとポスターも工夫がいるのかもです?」
「ダンジョン建設を続けながらしばらく様子を見ようか。それでダメだったらまた考えよう」
「だね」
皿を洗い終えると階段を降りダンジョンへ向かう。入り口から入った広間。そこから左右に伸びるふたつの通路。
「どうしましょ?」
「ここに入ダン料を徴収するカウンターを設置……かな」
「入ダン料?」
「入ダンジョン料ですよ、キョーコちゃん。大きなダンジョンさんは2000ゴルとか3000ゴルとかするそうなんですが」
「ま、ウチくらいの規模なら1500ゴルくらいが適当かもな」
「ふーん、てことは10人冒険者に来てもらえれば1万5000ゴルか」
「100人で……150万ゴル! 夢が膨らみますー」
「いや、桁が間違ってるぞ」
『取らぬゴブリンの皮算用』とも言うしな。その辺りは後回しにしておこう。まずはルートの開拓からだ。ダンジョン入り口の広間からは、正面の隠し通路とは別に左右にふたつの通路が伸びている。
「どっちにします?」
「どっちも見ておきたいところだが、まずは片方からだな」
「右? 左? 迷いますー」
「悩んでてもしょうがないし、こっちから行ってみようよ」
キョーコが指差した左側の通路から足を踏み入れる。かなりの急勾配で下っていく通路は、暗くジメジメしており足場も悪く、高さも足りてない。アルエルやキョーコくらいなら普通に通れるが、私くらいの背丈だと少し屈んで歩かないと頭が当たってしまう。魔導照明器の明かりを頼りに進んでいると、後ろを歩いていたアルエルが、私のローブをぎゅっと掴む。
「バルバトスさまぁ、なんだか怖いです」
「まぁ、ダンジョンだしな」
あれ、このやり取りって初日にもやらなかったっけ?
「でも、もう少し歩きやすくして欲しいです」
「足場は整えるべきかもな。全体的に拡張した方がいいかも」
「でもさ、なんか暑くない?」
キョーコが額の汗を拭う。通路に入って5分ほど進んだ辺りから、確かにムワッとした熱気が周囲を包み込んでいる気がする。確かこの辺りって、住居スペースをつくるときに水が湧いてた場所の下あたりだよなぁ……。
そこから更に歩を進めると、もう我慢できないほどに暑さが増してきて、私たちはたまらず退散する。
「どうなってんの? まるでサウナみたいだったよ」
「うーむ。もしかすると近くに源泉があるのかもしれないな」
「ゲンセン?」
「お湯の湧き出ている場所だね。あたしの故郷にもたくさんあったよ」
「はえー。地面からお湯が出てくるんですか?」
「そう言えば、東洋にはそれに浸かる習慣もあったような?」
「うん。温泉って言ってね。湧き出てくるお湯をかけ流しで溜めて、そこに入ったりするんだよ。気持ちいいんだよね」
「ゲンセン? カケナガシ? なんだか素敵っぽいですー」
確かに。だが、温泉も魅力的だがまずはダンジョンの方をなんとかしないとな。広間から今度は右に伸びる通路を進んでみる。こちらは勾配も緩やかで広く歩きやすい。足元も多少ゴツゴツしているが、まぁダンジョンってのはこういうものだろうし、特に整備は必要なさそうだった。
少し下ったところで、かなり広い空間に出てきた。
「わーい! かけっこできそうなくらい広いですー!」
「こらこら、そんなに走り回ると危ないぞ」
「このくらいの広さなら、モンスターを配置できそうだね」
「うむ。冒険者に最初に訪れる難関だな。トラップなども欲しいところだが」
「そもそもの話なんだけどさ、どのくらいの難易度にするつもりなの?」
あ、それ考えてなかったわ。




