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001 ダンジョンはじめました

「おっ、ここだ」


 鬱蒼とした森を抜けた先、少し開けた場所にそれはあった。無骨な岩肌にポツンと開いた大きな穴。


 ――ダンジョンだ。


「うわぁ、何だかいかにもダンジョンって感じですよ」

「そりゃダンジョンだからな」

「誰かいますかー? おじゃましますよー?」

「おい、やめろ。いたらいたで怖いだろ」

「そりゃそうですよね。冒険に来たんじゃないんですから」


 隣に立っている少女が、てへへと頭をかく。


「アルエル、ランタンを出してくれ」

「了解ですっ!」


 小さな背中に背負った大きなバックパックを、よいしょっと下ろして「あれ、どこにしまったっけ?」とゴソゴソと荷物を漁っている少女の名はアルエル。少し浅黒い肌に尖った耳。優しくカールしている髪の毛は肩の辺りまで伸びていて、ふわりふわりと揺れている。


「ありました!」


 得意げな顔でランタンを掲げると、くりっとした瞳を緩ませながら差し出してくる。私の胸ほどしかないこの小さなダークエルフは、私の大切な兄妹だ。と言っても血の繋がりはない。


「じゃぁ、行くか」


 近くにあった小枝を拾う。ダンジョンの中は荒れ果てていて、至るところに蜘蛛の巣が張っていた。それを枝で払いながら、少しずつ奥へと進んでいく。


「バルバトスさま……なんだか、ちょっと怖いです」

「まぁ、ダンジョンだからな」

「うぅ……手を離さないで下さいね。絶対ですよ、絶対離さないで下さい!」

「それは離せってことか?」

「違いますっ!!」


 ダンジョンの入り口はやや広い広間になっていた。そこから正面に1本、左右に1本ずつ通路が伸びている。


「どっちに行くべきか……」

「迷ったときは正面突破です」


 ガクガクと震えながらも言い切るアルエル。ま、どっちにしても全部見るつもりだし、どこから行っても同じことなんだが。アルエルの言う通り正面の通路へ進む。ダンジョンとしてはやや狭い通路。これは拡張しないと使い物にならないかもなぁ、と思っていると、ランタンのぼやっとした明かりがその先にある空間を照らし出した。


「うわぁぁ、凄いですぅぅぅ。声がぁぁぁ、こだましてますよぉぉぉ」


 こらこら遊ぶんじゃありません。でもアルエルの言う通り、そこは巨大な広間になっていた。ふむ……ここはなんと言うか雰囲気がある。ただのダンジョンのフロアにしておくのはもったいないな。『魔王の間』にすべきかもしれない。


「とりあえず、ここに拠点を作ろう」


 再びアルエルがバックパックを漁り、中の荷物を出していく。その中からお目当てのものを集めておく。黒い箱状のそれを、部屋の中に円状に設置していった。はぁぁと息を吸い、身体に魔力を循環させる。その状態で箱に触れると、ぼぉっとした明かりを発し始めた。


「魔導器は便利ですねぇ」

「うむ。しかし市販の魔導照明器ではなかなかこうはいかないものだぞ。私の改良により通常のものより約50%ほど――」

「バルバトスさま、ごはんにしませんか?」


 唐突にアルエルが包みをいくつか差し出す。むぅ、ちょうどいいところだったのに。


 アルエルお手製のサンドイッチをつまみながら、もう一度周囲を見回す。幻想的に照らし出された岩肌。少しだけひんやりした冷たい空気。言葉にはできない独自の雰囲気。


「今日からここが私たちのダンジョンなんですね」


 アルエルが感慨深げに言う。その通り。ここが我々の新天地。私が魔王として君臨するダンジョン。数々の冒険者の挑戦を受け、ときに彼らを熱狂させ、また絶望の淵へ叩き込む。おびただしい数のモンスターの群れ。恐怖を具現化したような強大な敵。狡猾な手段で彼らの命を奪うトラップ――。


「いや、バルバトスさま。命は奪っちゃダメですよ」

「そりゃ分かってるけど……」

「今のダンジョンは、冒険者の方々にとってドキドキワクワクのエンターテイメント施設なんです。命のやり取りの場所じゃないですよ」


 アルエルの言葉にがっくりと肩を落とす。だが、彼女の言っていることは正しい。


 それでもっ! それでも私はかつてのような血湧き肉躍るようなダンジョンが好きなんだ!!


 と思うのだが、やっぱり命は大切にしないと。


「とりあえず、お掃除からですね」


 食後のお茶を頂いたあと、アルエルがホウキを取り出す。一体どうやってバックパックの中に入っていたのか不明なのだが、敢えてそこは触れないでおく。床を掃いたり蜘蛛の巣を払ったりして大体キレイになったところで、次にアルエルが取り出したのは鉄のツルハシ。


「頑張ってください!」


 満面の笑みのアルエルが、小さくガッツポーズをする。


「任せておけ。このくらいこの魔王バルバトスにとっては朝飯前」

「朝ごはんはさっき食べましたよ?」

「いや、そういう意味じゃなくてだな」


 くどくど説明するのも恥ずかしくなり、私はツルハシを振り上げる。巨大な空間は人工的なものじゃないかというくらい真四角なものだったが、それでも一部は欠けているし床もデコボコしている箇所も多い。


 魔力をツルハシに込め、そこへ打ち込む。魔力をまとったツルハシは、硬い岩石をまるで柔らかい砂のようにザクザク掘っていく。ツルハシの先端が岩肌にふれる瞬間の「サクッ」という感触が実に気持ち良い。


 調子に乗ってザックザクしていると、あっという間に削った岩石の山ができる。今度はそれを魔法で一箇所に集める。呪文を詠唱しそれを圧縮していく。いくつかのブロックになったそれを組み立てると、大きな石の椅子が完成した。


 アルエルが「おぉ~」と感心している一方で、私の方はというともうヘロヘロになっていた。まとっていたローブを脱ぎ床にへたり込むと「バルバトスさまはひょろ……細くいらっしゃるので、もう少し鍛えた方がいいかもですね」とアルエル。


 一瞬出てきた『ひょろ』の部分が気になるところだが、自分の腕を改めて見てみると何も言い返せないのが辛いところだ。いいんだ、魔法が使えれば。これでも魔法は得意な方なんだし。


 石でできた椅子を見る。荒削りな部分もあるが、なかなか雰囲気が出ているじゃないかと自画自賛してみた。こちらはアルエルも素直に同意。木製の椅子や机はこれまでにも作ったことがあったが、石製は初めてだったので少し安心した。


 ようやく息も整ってきたところで、それに腰掛けてみる。うむ、これは実に魔王っぽい。予行演習でもしておくか。


「冒険者どもよ、我こそはこの『鮮血のダンジョン』最強にして支配者。魔王バルバトスであるっ!」

「すごーい! バルバトスさま、ほんとに魔王みたいです~」

「いや、一応魔王だから」

「でも資格取ったの、ついこの前ですよね?」


 痛いところを。


「まぁそれはそれとして、そろそろおやつにしましょう。10時のおやつです」


 バックパックから包みを取り出す。辺りにいい香りが漂った。『お前さっきから食べてばかりじゃないか」』と注意したいところだが、この香りには勝てない。炎系魔法を使い湯を沸かすことにする。


「んーーーー、おいしいですっ!」

「美味いなこのケーキ。アルエルが焼いたのか?」

「はい。昨日焼いておいたんですよ」

「うーむ、外はカリカリで中はふわっと。甘いのだが、それでいてしつこいわけでもない。なかなか上達したな」

「えへへ、ありがとうございます」

「昔は『夕飯を作りますー』とか言って、台所を爆破したこともあったというのに……」

「そ、それは言わない約束なんですー!!」


 なんてやり取りをしているときのことだった。通路からカツーンカツーンという足音が聞こえてきた。それは段々と近づいてきている。私とアルエルがお皿を持ったまま固まっていると、やがて足音の主は通路の奥から姿を現す。


 身長は私とアルエルの中間くらい。年の頃は15,6歳といったところか。黒い髪のポニーテールの毛先が、通路より流れてきている風にのってサラサラと揺れている。膝丈のワンピースにカーディガンといった服装で『街のお嬢さん』と言った感じ。いや、実際そうなのだろう。


 恐らく、森の奥に野草などを探しにきている内に迷ってしまった……そんなところか。


「あー、ここは今日から我がダンジョンとなる場所だ。危ないから入っちゃダメだよ」


 優しく話しかけると少女はニヤリと笑う。悪意は感じられないのだが、なぜかそれに私は一瞬ブルッと震えてしまう。なんだこれ……?


「もし、帰り道が分からないというのなら街まで送って行ってもいいが?」


 気持ちを紛らわせるように言葉を続ける。なにかしゃべっていないと、押しつぶされてしまいそうなそんな気がした。ところが少女は少し表情を変え、笑顔を見せる。なーんだ、やっぱり気のせいだったのか、と安堵していると彼女は数歩こちらに近づいてきて首を傾げる。


「それじゃ、あなたがここのダンジョンマスターってわけ?」

「いかにも。我こそは地獄の深淵より来たりし、恐怖の魔王。世界の統治者にして破壊者。そしてこの『鮮血のダンジョン』のマス――」

「なら、ちょうどよかった」


 再びいいところで遮られ、流石にちょっとムッとした。だが少女はお構いなしの様子で、更にこう続ける。


「あたしと勝負して。そしてもしあたしが勝ったら――」


 再び少女の顔に、冷たい笑みが浮かんでいた。

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