異世界は突然に
どんなものにも終わりは来る
望んだ形ではないものだとしても
佐崎キョウゴとして生を受け30年
5歳の折に祖父から剣術を教えられてからというもの
脇目も振らずに剣に打ち込んできた
西に一刀流の猛者あれば他流試合を
東に居合術の大家あれば教えを請い
これまでの人生を振り返っても浮かぶのは剣のことばかりであった
そんな人生も終わりが来る
トラックによる交通事故死だ
道場からの帰り道
道路に飛び出した子供を庇ったがためにそのままガードレールに叩きつけられた
我が剣の研鑽も10トンの質量退けるに能わず
そもそもその時私は剣を持っていなかったが(竹刀で車に挑むのは些か無茶というものだ。)
しかし私はまだ生きている
いや、生きているのかはわからない
眼前に広がる白い空間が天国ならば死んでいるのだろうが
どうも体の感覚がありすぎる
要するにトラックと衝突した瞬間にこの場所にいたのである
「気がついたか」
ふと後ろを振り返ると老人が立っていた
「突然の事で驚いているだろう。まぁ楽にするといい」
言い終わるやいなやなにもない空間に椅子が現れた
夢を見ていると見たほうがいいのかもしれない
椅子の前に疑問を解消したかった
「まずお聞きしたい。貴方はどなたでしょうか?」
「ふぅむそうだな‥高次元存在、5次元人、箱庭を見る者‥
分かりやすく言えば神という存在だ。偉ぶるつもりはないがね」
夢ではなく天国だったようだ
「神‥ということはやはり私は死んだようですね‥あのトラックに撥ねられて‥」
やり残した事があった訳じゃない
やり残した事を残せる程の人生を歩んでいなかっただけだ
私の30年は剣の研鑽だけで過ぎさった
自分の思いのままに生きた人生であったがそれでも後悔が募る
「いやまだ死んではいないよキョウゴ君」
「へっ!?」
神の髭に隠れた口が開いた
「君が撥ねられた際、どういう訳か別の次元へ接続したようでね、今飛ばされている最中なんだ」
「‥というと?」
「君はこれから異世界に行く」
「はあああああ!?!!?!」
「たまにあるんだこういう事例が。強い衝撃で次元間の歪みをすり抜ける事が。君がそれ」
「異世界って‥!なんですかそれ!どんな所ですか!生き物はいるんですか!?息はできるんですか?!というか私なんで撥ねられて怪我してないんですか?!本当に生きてるんですか私!?」
興奮して矢継ぎ早にまくし立ててしまったが状況が状況である
「まず1つずつ答えよう
人が次元間を移動する際肉体を再変換される、移動先の次元に適応する為にだ。その再変換時の肉体は君の記憶に基づいて構成させる。そのため君は傷の無いプレーンな身体でそこにいると言う訳だ。修復されてね。もちろん息も出来るよ」
合点はいったが「適応」するとはどういう事だろうか
異世界と言うぐらいだから地球とは環境が違うのだろうか
不安になってきた
「2つ目の疑問に行こう
キョウゴ、君がこれから行く次元の名は【ガルレア】
魔法が根幹を支える世界だ 君等で言う所のファンタジー世界だな
まぁ詳しくは行ってから調べるといい」
随分と大雑把な説明だ
魔法とはあの魔法だろうか
火を出したり宙に浮かんだりする
果たして私は生きていけるのか‥?
「質問はもう終わりかね?もうそろそろガルレアに着くが」
まだまだ聞きたいことはあるのだが仕方ない
どうしても聞いておきたいことがある
「私は‥私は何をすればいいんでしょうか‥?こんな剣だけしか能のない異邦人が‥」
「人間の目的など決まっているはずだ、君の今までの人生と同じだ ただ思いのままに生きる。私は何も君に強制はしないよ」
その言葉を聞けてなぜかホッとした
生きていいと言われただからかだろうか
同時に嬉しくもあった
私の生き様を肯定してくれたように思えたからだった
「身一つで見知らぬ世界というのも不安だろう
何か必要なものはあるかな?
魔法の一つでも使える様にしようか?」
神の好意は有り難いが私はそれほど器用な男ではない
「ならば‥刀を一振り頂けませんか?日本刀‥欲を言うなら二尺五寸七分で薩摩拵の打刀を。手に馴染んだ物に近い刀を」
「ガルレアでは必要ではないかもしれんよ?」
「そうかもしれません。ですがこれまでも剣を振るってきたのだからこれからも剣を振っていきたい。無用の長物だとしても私は剣と共に生きたい。それが私の『思いのままに生きる人生』です」
神は納得したかのように微笑んだ
「なるほど、ならばそれは君にとって必要なものだろう」
言い終わるやいなや それまで何もなかった空間に扉が現れた
「着いたようだ。この扉の先が君の新しい生きる世界 ガルレアだ カタナは扉を抜けた先にある」
「分かりました」
不安ではある
別天地に、それも異世界とあっては予想もつかない事も有るだろう
だがなってしまったものはしょうがない。私は意を決して扉を開いた
「佐崎キョウゴ!行ってまいります!」
決意表明と生き様を肯定してくれた神への感謝も込めて
気がつくと私は森にいた
日が差し込む静かな森だ
「異世界といったがそう元の世界と変わらんな‥」
そう呟くと左腰に重量を感じた
そこには注文通り日本刀があった
「よろしく頼む」
異世界に生きる俺と同じ異邦人だ。いや、人ではなかったので異邦刀か
「うわああああああ!」
突然森の奥から叫び声が聞こえた!
声のする方に駆けて行くと
青年が獣に襲われていた
「グルルルルルル!!!」
猪の様だが似ているのは姿だけ
体長が5メートル近くもある角を生やした怪物だった
怪物は青年を睨みながらジリジリと距離を詰めていた
「大丈夫か!?」
思わず声を挙げたことによって怪物の注意がこちらに向いた
青年と怪物の距離が離れた。今なら動ける
「早く逃げろ!」
「あ、ああ!」
青年は走って逃げる事が出来たが私はどうするべきか
「‥トラックに撥ねられた後は猪か‥今日は突進される日なのか?」
私は自嘲しながら腰の同郷人を抜いた
「グルァアアアアアア!!!!」
怪物が猛スピードで向かってくる
日に二度も追突される目に合うのは不本意だ
足捌きを使い躱す
Uターンをした怪物が向かってくる
突進を躱すと同時に脚を狙う
ズバシュッ!
切り上げた刀が鮮血を飛ばす どうやら刃は通るようだ
脚を切られた事によって引いてくれるかと思ったが
依然突進体制を崩さない
「無用な殺生はしたくないんだが‥」
どうやら言葉は通じないようだ
「グルルアアアア!!」
正眼に構えた刀を右上段に移す
怪物の牙は私の頭を狙っているようだ
「ギャアルアアアアア!!!!!」
あの私の腕ほどもある口が迫る
押しつぶされるのも嫌だが噛み潰されるのも失礼願いたい
突進してきた怪物を躱す
体重を掛け両手に力を込めすれ違いざまに刀を振るう
ズバン!
振り下ろした刀が怪物の下顎を斬り落とした
「グルルルルウアアウアウア!!??」
突進の勢いのまま怪物は木に衝突し停止した
「御免」
血を拭い鞘に収める
怪物は動かない
どうやらもう向かっては来ないようだ
「異世界に来て
初めに人助け、その次に獣の殺生‥
前者はいいとしても後者は‥」
あまり気分の良いものではない
「初日でコレか‥果たして私はどう生きていくのやら‥」
そう呟くとかそのままどかっと腰を下ろした