01.再出発の刻
「ワイングラスを御離し下さい、皇帝陛下」
華美に彩られた大広間、煌びやかな正装を身に纏った人間達の中で1人の黒魔女が姿を表すと困惑と憤怒、騒めきに満たされた会場へと変化する。
クレセリア王国皇帝御歳65歳の誕生祭の最中、事件が神の気まぐれで産み落とされた。
「何故我は持ってはならないのか述べよ」
少々、いや大変面倒臭い事になってしまったらしい事を悟る。
後悔を引き摺りながらも刺さる人の視線を弾きながら、人間が左右に避けた事によって造られた道を歩きながら、皇帝陛下の元へ歩く。
「簡単な事です。貴方がワイングラスを呑まれれば、天命が召されるからでございます」
魔女に転生してから失っていた筈の人間的良心が何処かで燻ったらしい。
___________よくあるだ、ダイジェストで話そう。
「安いな…買おう」
ボリューム満点揚げ物だらけのコンビニ弁当の前、値段を見てから即買いという流れに身を任せて購入し、数分で会社に戻り、休憩室で食べる。
上司が押し付けた仕事を残業代も無しに熟す私は立派な会社の家畜だろう。
いや、実際に私は家畜だ。
楽をして金を喰らう、女を人間として見ていない古い生き方をした男達の家畜だった。
「身体は大事にした方がいい」
人間の皮を被った悪魔が頬を歪ませ、耳元で囁く。
会社を辞めれば待っているのは人間として、女としての終わりだった。
前に連れられた娼館で道具と成り果てた行方不明の同僚を見た時、私は自分の身を守る為にも仕事に全てを捧げた。
どれだけ辛くても、泣きたくても、辞めたくても、僅かな祝福の時間を手に入れる為に働いた。
「あぁこれも頼むわね」
クスクスと笑い、書類に書類を乗せてきたのは幹部の豊満な胸を持つ女上司。
色仕掛けで社長をオトしたのか、そのように調教されたかは定かではないが若い女性社員の監視役を担っている辺り、完全に敵側の人間だ。
___________いっそ、楽になりたい。ならせてくれ。
ふと、願えば身体は簡単に死を受け入れた。
同時に理性の波が檻を破壊、崩落させると気付けば隠し持っていたカッターナイフを女の心臓に突き立てていた。
引き抜き、降り注ぐ血の雨に身体を濡らせば悲鳴が渦巻く。
刃を手に入れる為に邪魔な硝子を拳で粉砕すると、殺意を覚えた人間達の肉体を何度も突き、斬り、腸を裂いた。
やがて、止める者が亡くなったと同時に刃を落とす。
「…ぁ」
怯える女性社員達が向ける視線は殺人鬼に向けるものでない。
まるで、血染めの私を救済者や聖女を見るかのような希望が詰め込まれた視線を向ける。
「…逃げていいんだ。もう、助けを求められる」
「貴方は…神様だ」「やっと人間に戻れた」「ありがとう」
全員が紅い足跡を遺しながら出ていく姿を最後に思考が完全停止、拳銃に撃ち抜かれた肉体と魂は言葉を交わすことも無いまま別れを告げた。
「それが貴殿の友人の話か。黒魔女殿」
紅茶を飲み干した少年が苦さを舌に残しながら視線を滑稽話を語る黒魔女に向けた。
今の私の名は黒魔女:アリス・ツゥーヴェル・カッチェ。
蔓で造られた揺籃の中で眠っていた黒魔女に転生した。
気ままに自由に過ごして、早100年となる。
目の前の少年は100年ぶりの招かねざる客人であり、気まぐれにもてなしをしている。
「報われないな。非道を犯しても救った人間達の事を救い悪行の手から断ち切ったというのに」
「お前のような人間が増えて欲しいものだな。さぁ、帰るがいい。家出少年」
「…黒魔女殿に精霊達の祝福を贈る」
「おや、私の話ではないぞ」
「父上が言っていたのだ。友人の話は高確率で本人の話だとな」




