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思い描いた結末と




 リンドワールの魔法使いたちと、アルヴィアーナはこの国から去った。

 その様子を、城のバルコニーから見ている者がいた。その後ろ姿を、セラは見ていた。


 アレンだった。兄弟子は、黙って、魔法使い一行を見送っていた。


 彼は、アルヴィアーナについて何の異論も唱えなかった。 アルヴィアーナが捕縛された場で見せた激しさも鳴りを潜め、ただ彼は静かに『婚約者だった女』のこれからを受け止めた。──かのように見えた。

 だが、本当にそんなり受け止められるはずがないのだろう。こんなにも急に。


 周囲の反対から庇い、婚約までした存在。そして、何より昨夜、アルヴィアーナの変貌を見ながらもあの言葉(愛している)を言った彼。

 アルヴィアーナのあの様子を見てのあの様子は、予想外の一言に尽きた。


 ──セラが悔いている、収まりがつかないところがあるとすれば、アレンの反応、様子だ。


 声もかけられず、その場から離れることも出来ず後ろ姿を見ていると、アレンが動いた。

 セラが動く間もなく、アレンは、後ろにいた者に気がついた。

 セラ、と呟くように呼んだ彼は、微かに唇を歪めた。


「何だよ、その面」


 アレンは、バルコニーから、廊下にいるセラの元に歩いて来る。

 セラは、自分でどんな顔をしているのかは分からない。だが、複雑な表情をしてしまっているのかもしれない。


「アレン……」

「いいんだ」


 セラの頭に手が乗った。

 叩くように乗せられたため、セラは下方を向く。

 セラを撫でることは滅多にない手が、髪をかき混ぜる。


「餓鬼みたいに、滅茶苦茶な恋だった。それは、王の騎士として恥ずべきことだった。陛下は容認してくれたが、どこから来たかも分からない者を良くない噂を知りながら側に置いたのは、本当ならすべきことじゃなかった」


 分かってはいた、とアレンは言った。

 周りの反応、考え、見方。

 それでも側にいたかったし、いてほしかったし、過ごしたかったのだ、と。


「俺は、少しの間我が儘を許してもらった。……だから、いいんだ」


 アレンは、もう一度同じ言葉を繰り返した。

 セラが顔を上げ、見上げると、兄弟子は微笑んでいた。哀しそうな色が滲んでいると、彼に自覚はないのかもしれない。


「お前がしたことは正しい」


 アレンとは、アルヴィアーナについてまともに話していない。

 昨夜、あったばかりのことだ。魔女だ何だと、アレンが全てを完全に飲み込むには時間が足りないはずだ。まして、最後までアルヴィアーナを諦めようとしなかった──。


 セラは、一度目に失ったものは失わなかった。

 アレンは、どうだろう。

 彼は、一度目に殺された。二度目は殺されず、命は失わなかったけれど。

 一度目、彼は死ぬ間際にアルヴィアーナの正体を知ったのだろうか。知らずに死んだのであれば、彼は幸せだったのだろうか。

 そんな、どうしようもないことを考えた。

 セラは、それでも、アレンに死んでほしくはなかった。アルヴィアーナを許せなかった。

 幾度も、そう考える。


「俺が恨むとか思ってんのか」


 セラは何も言えない。

 考えていることを、アレンに言うわけにはいかないからだ。


「ばーか、お前のことを恨む日なんて一生来ねえよ。妹弟子で、家族だからな」


 アレン、わたしは、アルヴィアーナのことについて後悔していない。

 ただ、アレンの反応が気になった。そして、彼はセラに欠片も文句を言わず、事を受け止めようとしている。


「色々気い使わせて悪いな。俺は大丈夫だ、だからお前はそんな面するな。稽古でぼろぼろにするぞ」


 アレンは、もう一度ぐしゃりとセラの髪を乱し、その場を去った。バルコニーの向こう、魔法使いたちが去った方を振り返らなかった。





 穏やかな風が吹いた。

 昨夜、空は曇っていたが、朝となった空は小さな雲が浮かぶ青空だった。遠くに広がる緑が、鮮やかに見える。


「セラ」


 どれくらい景色を見ていたのか。

 呼ばれて、ゆっくりと声の方を見ると、エリオスがおり、


「おいで」


 と、セラに向かって両腕を広げ、セラを迎い入れた。

 しばらく、黙って、抱き締められる心地に浸っていた。


「……エリオス、あのとき、アレンごとアルヴィアーナを切ろうとしたでしょ」


 ギルがもう限界だと言ったが、アレンがアルヴィアーナを庇い、どうしようもなかったあの状況。

 エリオスは、アレンが退けられないまま、剣を抜いた。そして、セラをあの場から出そうとした。

 あの場では、具体的にどうしようとしているのか理解するまではいかなかったけれど、後から分かった。

 ──エリオスは、アレンごとアルヴィアーナを殺そうとしたのだ


「うん」

「……どうして」

「アレンがあれほど想い、覚悟していたなら。一緒に死んだ方が楽なときもあると思ってしまったから。──時間がなかったこともある。私はあのとき、アレンの命を秤にかけた」


 エリオスは隠さず、ごまかす様子もなく述べた。本心で、本音なのだろう。


「私のことが嫌いになったか?」


 そんなに悲しそうな目をしないで。

 見たエリオスは、橙の目を翳らせていた。

 彼に、そんな目をしてほしいのではなかった。ただ、知りたかったのだ。


「あのときのことに関しては、分からない。だけど、わたしがエリオスを嫌いになることはないと思う」


 あなたのことをもう失いたくなかった。

 セラは、そのために戻ってきたのだ。


「そうか。……ごめんな、セラ」

「謝らないで」


 目的は果たされた。

 全てが、理想の形に、丸く収まることはなかったけれど。


「何も失わなくて良かった」


 何も、失わなかったのだ。

 セラが言い、エリオスを見つめると、彼は、深く、しっかりとセラを抱きしめた。


「セラ、愛しているよ。私は、この先何があってもセラを一人にしない。守る」


 セラは二度目に、一度目にはなかったものを得た。

 愛している。

 あなたを、もう失わない。










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