勝負のときを待て
分かるはずがない、と思った。何度思っただろう。
「これじゃ、何も知らずに事前に気がつくなんて、無理なはずだよ……」
『だなぁ』
「ギル、喋らない」
『誰もいねえよ』
夕陽に染められた外を、城から見ていた。
見下ろす眼下では、いつものようにアレンが帰っていく。
普通の時間に、変わった様子もなく、いつもと同じように。アルヴィアーナの待つ家に、帰っていく。少なくとも、今日はアレンと帰り道を共にすることはなく、家で待っている。
前兆なんて、やっぱり、欠片もなかった。
穏やかな風に吹かれ、セラは黙って兄弟子を見送り続けた。
本当は、引き留めたくて仕方がない。
今日は、アレンが殺される日。正確には今日か、日付が変わった後かは分からない。
しかし、少なくとも、明日には彼の命は奪われる日だった。
帰っては駄目だと、彼の手を掴みたい衝動に、何度駆られたか。拳を強く握った。今、黙って見ていることが、今日だからこそ、より歯痒かった。
「セラ」
振り向くと、エリオスが隣に並んだ。
前方に、アレンの姿はもうない。
「アレンが帰ったな」
「うん」
「行こうか」
うん、とセラは頷いた。
腰に帯びた剣を触り、確かめる。アレンが帰っていった道を見据える。
何も失わないために、最後の覚悟を決めよう。何も失わないための勝負をしよう。
*
陽は完全に沈み、人々は帰路につく。
やがて、首都と言えど静まり、外からは人の気配が消えていく。反対に、家の中には灯りが見える。
灯りが窺える家の一つ、王の騎士たる男が婚約者と住む家は──現在三対の目に見られていた。
セラとエリオス、ギルだ。
先日セラがいた場所より格段に近い場所に身を潜めつつ、鋭い眼差しを向け、監視していた。
決して、『そのとき』を逃さないように。
『そんなに見てなくても、中で何かあれば気づくのは俺なんだから、気長にやれよ』
「ギルがそんな様子だから、心配になる」
『何だと』
腹を地につけてのんびり体勢の猫に言われたくはない。
こちらは、兄弟子の命がかかっているのだ。
決定的瞬間を捉えると決めたからには、危険度がかなり高い。少しでも遅れれば、『魔女』というどんな手を使ってくるか分からないアルヴィアーナに、アレンは殺されてしまう。
「ギルの言う通り、確かに気長に──と言うより思った以上に長く待たなくてはいけなくなるかもしれない」
すでに、三時間は経っているのだ。
「気を張り続けると疲労に繋がるとは分かってはいるが、気を抜く気にはなれないんだよ、ギル」
『お前らがいざってときに動けるなら、何も文句はねえよ』
夜が更けるにつれ、暗闇が深まっていく。
空は曇り、月は出ていないため正確な時刻を計ることは出来ない。
夜はまだこれから。朝には、事が起きる。
『お?』
家に向けていた視線を落とすと、猫が耳をぴくぴくさせていた。
「何?」
『いや、急に、魔力が──』
ガラスが砕ける音がした。




