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初めて前から逃げたくなった





 紛れもない、エリオスだ。

 突然で、セラもすぐには信じられなかったが、エリオスもそうだったろう。橙の双眸が、セラを映して、見開かれていた。

 セラ、と名を呼び、しばらくして彼ははっとして手にしていた刃を鞘に納めた。


「セラだとは思わなかった。怪我はないか?」

「う、うん」


 首を確かめられる。

 驚きが冷めず、セラはエリオスを凝視し続ける。

 エリオスは、首に傷一つないと分かると、ほっと息を吐きながら身を起こした。そして、セラを見る。


「セラ、どうしてここに」


 問われて、心臓が凍りついた。

 自分が何をしにここに来たのか、思い出すのは容易だった。

 後ろにはアレンの家がある。

 さっきまで、ここでぐずぐずしていたのに、今すぐ離れたい気持ちに駆られる。


「わたし、」


 アルヴィアーナを殺そうと思った。

 そんなこと、ばれてはいけない。

 セラは、手に持っている短剣を握り締め、後ろに隠した。

 人目を忍び、顔を隠す格好をして、短剣を握っているとなれば、さすがに怪しい。


 でも、なぜここにいたと言えばいいのか。セラの頭は真っ白で、まともな答えが出てこない。まさかの事態だった。

 どうしよう。


「アルヴィアーナか?」


 セラは、溢れんばかりに目を開いた。

 図星で、でも、言い当てられるとは思わなかった。どうして。


「今日、もう帰ったとは聞いていたが……。アルヴィアーナに、会いに行くつもりだったのか?」


 首を縦に振ることも、横に振ることもできない。

 エリオスは、何も言わないセラを見て、少し眉を寄せる。その少しの変化さえ、やけに目についた。


「……この前アレンから、アルヴィアーナに少し突っかかったと聞いていたんだが」


 セラが()()()()()日のことだ。アルヴィアーナを乱暴に、アレンから引き剥がそうとした。

 アルヴィアーナのことは、エリオスともろくに話題にしたことがなかった。アレンがアルヴィアーナと婚約した当初に数度くらいだったろうか。

 反対だとぼやいたセラに対し、エリオスは「兄妹弟子として、出来るだけ見守ってやろう」と言った。アレンがあれだけ大切にしているのだから、と。

 つまり、エリオスも、セラがアルヴィアーナのことを好きになれなかったと知っている。


「どうしたんだ? 何かあったのか?」


 問う言葉に、追い詰められた気分になった。

 戻ってきた日にアルヴィアーナに乱暴な行いをしたとき、端から見れば、セラは完全に加害者だったろう。

 そして、これからまさに殺そうとしていたのだから、まさに正真正銘の加害者だ。


「セラ?」


 足が、無意識に後ろに下がりそうになる。

 今すぐ、ここから、この状況から逃れたい。

 聞かないでほしい。ばれたくない。

 エリオスにもばれたくない。エリオスは、セラがアルヴィアーナを殺そうとしたと思っていると知ったら、どう思うのだろう。

 なぜそこまでするのかと、非難の目で見るだろうか。アレンなら、そうする。


「──わたしは、」


 辛うじて出た声は、掠れていた。


 セラは、ただ、何も失いたくないのだ。どうすればいいのか考えて、出来ること、最善はこれだと結論を出した。

 この先の全ての可能性を潰すには、元凶を完全に消すしかない。アルヴィアーナに殺される前に、アルヴィアーナを殺す。

 しかし、それを言うわけにはいかない。


 セラは、唇を引き結び、俯いた。

 どうして、こうなる。どうして。


「セラ、私を見てごらん」


 エリオスは、何を思っているのだろう。

 彼の様子はいつもと変わらない、優しい声音に聞こえた。

 でも、今、初めて、エリオスに恐れを抱いた。

 怖くてたまらない。

 さっき、アレンに抱いたものと同じものだった。


「セラの顔を曇らせたいわけではないんだ。ただ、」

『それ以上は止めときな』


 鋭い声が、割って入った。

 俯いていたセラは声の方……足下を見た。

 猫は、セラのすぐ側に座り、エリオスを見上げていた。心なしか、目付きが鋭い。


『そんなつもりじゃねえとしても、お前はセラを追い詰めてる』

「──猫が、喋った……?」


 エリオスが、信じ難い感情の表れた声を出した。


「ギル」


 セラは、喋っては駄目だろうと、猫を呼ぶ。

 猫は、暗くなっても妙に存在感のある目をセラに向ける。


『セラ、お前は追い詰められすぎだ。ろくにそいつに嘘がつけねえなら、一回正直に言っちまえばいい』

「──そんなの」

『別に誰にも話しちゃいけねえわけじゃねえ。ただ単に、話しても信じる奴がいるかどうかと言えば、信じる奴がいるはずがない』


 そうだ。それなら、なぜ言う。


『だから言って駄目なら、俺が記憶消してやらあ。ここで貴重な魔力使うのも馬鹿な話だが、まあいい。ブラッシングの腕に免じて、一時の記憶くらい綺麗に吹っ飛ばして平和な世界に逆戻りさせてやる』


 猫は、強く言い、エリオスを見上げた。


『猫なんてな、お前らに通じねえ言葉で毎日喋ってんだよ。それが通じたくらいで何だ。よく聞けよ』


 エリオスは、疑いようもなく喋る猫を凝視している。自分に話しかけてきている猫。


『セラがどうしてここにいるか俺が代わりに教えてやる。こいつはな、将来的にてめえの周りのものを奪う女の行為を阻止しようとしてんだよ。もっと言えば、お前の弟弟子はアルヴィアーナに殺される。それなら先に消そうってな』


 言ってしまった。

 捲し立てるように、猫は端的に、正直にセラがここにいる理由を言ってしまった。

 声が消え、重苦しい沈黙が生まれた。

 重い空気を感じ、本当に空気が重いはずはないのに、セラは頭を動かせない。重りでもついたようだ。


 こわい。

 エリオスはどんな反応をする?

 話の意味が図れず、怪訝そうにするか。何を言っているのかと言うか。猫が喋る出来事に、現実を疑うか。


「──セラ」


 ビクリ、とセラの体が大きく震えた。

 それでも顔を上げられず、俯いて地面ばかりを見ていると、肩に、手が触れた。

 またセラは震える。

 手が、首に、頬に、触れ、セラの顔を上げさせた。


 エリオスの表情は。


 彼は、セラの目を見つめて、微かに唇を開く。


「覚えているのか」


 確かに、そう問うた。








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