6、誘拐犯、貴様には『性』裁をしてやる
「……ここ、どこ?」
フランは少し街を冒険するだけのつもりだった。しかし見たことも無い物に誘われるように様々な場所を見たくなってしまったのだ。その結果、迷子になってしまったのだ。
元々、街に来たのも初めてのフランは街がどんな場所かすら分からない。
「怖いよ……ぱぱ」
現在、フランは薄暗い路地裏にいた。街がどんな場所かも知らない。どうやって来たのかも知らない。帰り方も知らない。
知恵ある生き物は分からないことを恐怖する。それはフランでも例外ではない。そしてそんなフランは涙目になりながら今、この世界で一番信頼している人物を呼んだ。だが、その声が聞こえる訳もなく、余計に寂しさが増しただけだった。
「……ぱぱぁ」
涙目になったところでフランは周囲に人の気配を感じ、ビクッと震える。
「おっ、嬢ちゃん可愛いね~。 どうしたの~? 迷子かい?」
「パパのところに連れてってあげようか~? へへっ」
「こんな上玉、滅多にお目に掛かれねぇな。 いくらで売れるか楽しみだぜ」
「売れるか楽しみ」、その言葉を聞いた瞬間、フランの心の中で何かが弾けた。そしてその場で座り込むと近付いてくる男達を見ていた。
絶望した表情で見ていた?それとも恐怖に怯えながら見ていた?いいや、どちらも違う。正解は――――
「…………」
無、今のフランを言葉で表すならばそれが一番正しいだろう。絶望も恐怖も悲しみも無い。ただの無。何故そんな表情をするのか、そんなことはフランにも分からない、いや、分かろうとしないゆえにそうなったのだろう。
――――おい! 氷狼族は傷を付けずに捕獲しろ! 傷モノは値打ちが下がる!
――――にしても、楽な仕事だぜ! こいつらを売るだけで一生暮らせるんだからな!
――――いくらで売れるか楽しみだぜ! にしても貴族連中もいい値段で買ってくれるよな~
そんな声がフランの頭の中で飛び交う。フランには目の前の男達が数日前に群れを襲撃した密猟者に見えていた。
そしてフランは考えることを止めた。それゆえの無。
逃がしてくれた母の顔が頭に浮かび、フランはポツリと涙を零す。
「(ままは最後に、なんて言ったのかな)」
フランは自分を逃がそうとし、最後には捕まった母を思い浮かべた。母はフランを森の奥に向かうように言うと、人間たちの方へ最後の抵抗をしに向かった。
その時、フランは見たのだ。母が自分の方を振り向き、何かを言っていたことを……しかし結局のところ、その言葉は届かずに母は捕まったのだった。
「(でも、もう考える必要も無いね)」
――――全てを終わるから、フランは心の中でそう呟くと目を閉じる。フランであればこんなチンピラは簡単に殺せるだろう。しかしフランにはそんなことをするという選択肢は無かった。
仲間全員が人族の密猟者に捕まった。その時点でフランは人族は強い、という認識が生まれていた。怪我をして捕まるか、怪我をしないで捕まるか、そんなのは誰だって怪我をしたくないに決まっている。
「(ぱぱに、出会えたのにな)」
産まれてから、フランは自分の父を見たことが無かった。それは生まれる前に森の魔物に殺されたから、と聞いていた。
しかし群れが襲撃された日に出会った人族の男、レインは自分を捕まえるどころか名前を付けてくれたのだ。
その瞬間、この人間は名付け親なんだ、と理解したフランは「ぱぱ」と呼んだのだ。何故ぱぱと呼んだのかは本人にも分からなかったが、フランはそう呼びたかったのだ。
「お? 急に大人しくなったぜ」
「まあいい、さっさと捕まえて奴隷商人に売ろうぜ」
「こんだけ上玉じゃ、かなりの値段で売れるぜ!」
「売る前に売られることを考えようぜ、犯罪奴隷をして」
「そうだな! 誘拐は立派な犯罪……ん?」
「犯罪を犯したら、奴隷にされて働かされるんだよな~……ん?」
「確かにこんなところ誰かに見られたら終わりだな~……ん?」
「失せろ、俺が『性』裁してやる」
次の瞬間、男達三人の姿が消える。フランは何が起きたのかと、眼を開く。するとそこには――――
「フラン、大丈夫か?」
「ぱぱ……っ!」
レインの姿があった。




