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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

こんな顔じゃなかったかい?

183×年×月

また「あいつ」が、おれのふりをして・・・。


「信じてください、ドクター」

精神科医のぼくにとって、その言葉はある意味聴きなれた言葉だった。

だが彼の言葉は他の患者と、いや、それ以上に奇怪なものだった。

「えっと、君は確かオックスフォード大で起きた殺人事件の・・・」

「×教授を殺したのは、おれじゃない」

ぼくの目の前。両腕を手錠で拘束され、うなだれたように椅子に座っている青年は、どこかうつろな声で言った。

「おれは絶対、あんなことはしない。するはずがない」

そう言う青年の学生らしいガウンは、返り血で汚れていた。

「じゃあ、誰が某教授を殺したんだい?」

青年は相変わらず、がっくりとうつろだ。

「決まってるだろ・・・もうひとりのおれさ」

次の瞬間、青年は大声で訴えるように叫んだ。

「×教授を殺したのはもうひとりのおれなんだ!あいつはおれそのものな見た目で、いつもおれのふりをして、何でもおれが・・・」

「いい加減にその下らない妄想はやめたらどうなんだ、ジョン・ヘイル」

「妄想なんかじゃないって言ってるだろ!大体、おれは伯父さんが殺された時、現場にいなかった。でも気づいたら、伯父さんが殺されてて・・・」

「ハッ!今度は幽体離脱とでも言いたいのか?」

青年、ジョンを黙らせるように彼の両側に立っていた警察官のひとりが、彼が拘束されていた椅子を片足で蹴った。

「×教授が殺された時。血まみれの長いナイフで×教授を何度も刺している貴様を、多くの学生や教授が見てるんだぞ」

「しかもその時貴様は、ケタケタ楽しそうに笑ってたとか」

今朝、オックスフォード大学で殺人事件があった。

殺されたのは生物学の教授で、加害者は彼の母方の甥である学生、ジョンだった。

だが、ジョンは・・・。

「伯父さんは知っていたんだ。おれが2人いて、そいつが独り歩きしているのを。だから、おれを実験に・・・」

「もうひとりの自分?そんなものいるわけがないだろう。貴様が殺した伯父さんは『ジキル博士とハイド氏』や『ウィリアム・ウィルソン』なんかの読みすぎじゃないのか?」

「犯人はお前だけなんだぞ?ヘイル、それとも、やっぱり貴様は現実逃避しすぎた異常者か、アヘン中毒か何かなのか?」

2人目の警官も、ケタケタと嘲笑しながら言う。

「もうひとりの自分が、独り歩きして殺人を犯す、か」

ぼくは改めて、ジョンの姿を見た。

『科学的思考を重視する医師が、思うべきことじゃないとは思うんだ。けどな・・・』

よく見れば、彼の表情はうつろではあったが瞳の色はどちらかといえば正気に近かった。

『これは、もしかして』

この時、ぼくはある怪現象を思い出した。



バイロケーション



いわゆるドッペルゲンガーのような「もうひとりの自分」が現れる現象だ。しかし、バイロケーションの場合は本人の自覚に関係なく様々な場所にもうひとりの自分が姿を(本人の行ったことがない場所にまで)現し、そしてその「もうひとりの自分」は本人のふりをして、好き勝手に行動する。

この現象には、有名人も遭遇している。

たとえば、古代ギリシャの数学者ピタゴラス。

たとえば、フランスの小説家モーパッサン。

ドッペルゲンガーにくらべて知名度は低いが、遭遇した人もそれなりに多い現象だ。


『ジョンの言ってることが本当なら、もしかしてジョンは・・・』

「ドクター、これはヘイルの日記です」

「日記ですか」

警官のひとりが、ぼくに彼から押収したらしい革表紙の日記を手渡した。

「そこにももうひとりのおれについて書かれていますよ。全く、酷い妄想癖ですね」

日記の内容は、こうだ。


183×年×月

また「あいつ」が、おれのふりをして。同級生の×君を半殺しにした。

×君とおれは、そんなに仲が悪いとか言うわけではない。ただその時、×君が論文を代筆してくれとか頼んできて、おれは自分でやれよと断った。×君は瞬間お前とは親友だろ!とか言って突っかかってきた。そこまでしか記憶はない。そこでおれの意識は途切れ、気付けば、×君は腫れ上がった顔でおれの前にたおれていた。

きっと「もうひとりのおれ」が×君を殴り倒したんだろう。

伯父さんにこのことを話すと、伯父さんはやっぱりお前は新種の人類だ、研究の価値があるとか言ってえらくよろこんでいた。それから×伯父さんはおれに薬品の入った・・・。


ぼくはジョンの日記をパラパラとめくった。

『もうひとりのおれ、がよく出てくるな』

彼はかなり、もうひとりの彼に苦しめられているようだった。日記の内容によると「おれ」はスリや暴力沙汰など様々な悪事に手を染めているらしい。

そしてその度に、ジョンの仕業にされているらしい。

『でも、殺人は今回が初めてってことか』

「これは噂ですがね、ドクター」

警官のひとりが、ぼくに言った。

「今回殺された×教授は、人類の進化に関わるらしい違法な実験に手を染めていたそうですよ。自分が新種の人類を生み出すのだと言ってね。

やれやれ、殺された人を悪く言うつもりはないが・・・」

「それは噂じゃなくて、真実だよ」

「?!」

警官の言葉は、それまで黙っていたジョンの言葉に遮られた。

いや、ジョンの言葉ではない。

「で、出やがった・・・!」

目の前にいる彼は、恐怖に顔を引きつらせて拘束された全身を強張らせている。

「あ、あいつだ!も、もうひとりのおれだ!」

ジョンはこの時、すでにパニック状態。

「消えろ、消えてくれ!今度は何が目的だ!」

顔色はすっかり青ざめていた。

「け、刑事さんたち、ドクター!あれがもうひとりのおれなんだ!くそ、くそ!何でこんな時に現れる!」

彼は拘束具をガチャガチャ鳴らし、足をジタバタさせながら叫び散らした。

「あの変質者の×伯父は、おれの器を使って人間は瞬間移動が可能だなんだの、訳のわからない実験をしようとしていた。

おれは、×伯父から器を守ろうとしてあの異常者を殺したんだぜ?それを殺人呼ばわりするとは、了見の狭いポリ公どもだ」

「貴様、何者だ!」

警官2人は一斉に銃をホルスターから引き抜いた。

警官2人とジョン、そしてぼく以外はは入れない鍵のかかった部屋に現れたのは、突然現れたジョンと同じ声の持ち主だった。

間違いない・・・。

「関係者以外は立ち入り禁止だ!どうやってこの部屋に入った?!」

「刑事さんたち!」

警官2人は後ろを振り返り、背後に突然現れたそいつに銃を向けようとしたが、ぼくはそれを言葉で制した。

「そいつは・・・銃で殺せないと思います」

この時ぼくの顔は、自分の分身。バイロケーションが突然現れたことに恐怖するジョンと同じく、青ざめかけていた。

「ど、どう言うことですか?」

「君たち間抜けなポリ公どもは、×教授を殺した犯人の顔を見たいようだけど」

警官の問いかけに答えたのはぼくではなく、ジョン。いや、ジョンそのものの姿をした、人ならざる者の声だった。

「犯人の顔だと?それは・・・ま、まさか!」

警官2人は背後を振り返り、そこに立つ先ほどまですっかりお馴染みになっていた顔を見て、凍りついた。


「君たちが探してるのは、こんな顔だったかい?」


ひいっ、と悲鳴が上がる。


「何だ、折角出てきてやったのに。どうしてそんな怖がってるんだ?」


背後に立っていたのは、血まみれになった長いナイフを持ち、返り血を浴びたガウン姿でにやりと嬉しげに笑う、ジョン・ヘイル。


いや、ジョン・ヘイルのバイロケーションだった。


END




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