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 俺はどこにでもいる普通の子供だった。


 友達の誘いで小学生からリトルの野球チームに入った。週末に小学校のグラウンドや、地域の公園を借りて練習をした。

 たまにある、他チームとの練習試合は親も見に来てくれたものだ。あの時は河川敷が両チームの親がさした日傘の石突が太陽の光を反射していたのが、カメラのフラッシュのようでワクワクしたのを覚えている。


 中学生になってからも、野球部に入部。その日は新入生である俺たちにとって初めての練習試合であった。入部したてのやる気に満ち溢れていた。


 ****


「おい、今日は初めての練習試合だ。気合い入れるぞ!!」

「「「うぇーい!!」」」


 初めての遠征で高揚感に支配されていた俺たちは、この中でも既にリーダー格となっている男子が声を出すと、すぐにそれにノッて歓声をあげる。

 中には拳を天に突き上げる人もいた。


 しかしここは観客の埋まりきった野球場でもなければ、真剣に大工たちが汗水垂らす工事現場でもない。閑散とした休日の住宅街には、場違いな程に騒がしかった。

 聞こえてるのはどこかの庭からの犬の声、少し距離のある大通りからのエンジン音、そして家々から漏れてくるテレビのタレントが言う言葉の断片だけだ。


「ばーか、俺らは三年生の先輩方が、引退するまで、出来ないだろう」


 かき氷ぐらいなら一瞬で溶けてしまいそうな熱気。そんな中に液体窒素レベルの発言を浴びせかける猛者がいた。猛者は一団からは少し離れたところにいたやつで、運動部、しかも先輩達もバカで有名な野球部には珍しい。理知的な顔立ちをしていた。


「やっぱそうだよなー。こう言っちゃ悪いけど、早く引退してくんないかねえ」


 おかげでクールダウンしたみんなの、さっきまでの熱はどこえやら。少し先を歩く先輩達の集団の方に視線を向けて、落胆の色を滲ませる声でそう言った。

 他の生徒も肩をガックリと落とし、危うく持たされていた先輩たちの荷物を地面にすりそうになり、慌てて持ち直す。

 後で怒られると面倒だ。


「まあ、どこの部活も同じようなもんだろう?」


 自分自身は最初、同級生を慰めるために言ったつもりだったが、それは同時に自分も感じていた気持ちを押さえつけるためにも、効果を示していることに気づいて、苦笑した。


「おーい、何笑ってんだよ」


 隣にいた奴が肩を組んできて、俺は下に向いていた目線を正面に向けた。

 本来、今他校に向かって歩いているこの道は、住宅街の一つの通りで、全く覚えがないはず。なのに、左手前にある家の洗濯物がはためいて見えた、向こう側の酒屋のさびれた看板に、俺は猛烈な懐かしさを感じた。


 それが、最初の違和感だった。


 なんだか、今まで上に覆いがあって見えなかっただけで、ずっと記憶の中に存在はしていたような。でも、記憶の中のものとは少し違うような。不思議な感覚だった。


「じゃあ俺らは、今日なにやんだろ?」

「そういえばそうだな……」


 目を看板に射止められたまま、驚きで凍りつく思考に気を取られていたが、後ろからの声で春の陽気の中に連れ戻された。アスファルトの脇に咲いた花の周りを、蝶が喜びを顕に、ひらひらと飛んでいる。


「もしかして外周とか、、」

「えっ、まじかよ!!」

「嘘だろ……。俺、昨日ので足パンパンだよーーーーー!!」


 一人の男子生徒の悲痛な叫びと、その後に続いた笑い声は、青く澄んだ、高い空に吸い込まれていった。

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