【第25小節】彼の苦悶(くもん)
はっちゃんより
春、桜舞い散る木の下で
誰もが心弾む夢や希望をかかえ学校へを行く
子どもと大人の中間の境目に
新しい制服に手を通して
ぶかぶかのながいスカートを着て
学校の門を開ける
私だけは他とは違う夢とか希望とか何もない
冷めた中学生の私が其処にいた
みんなが笑う中、溜息を吐いて教室に入って作り笑顔
誰も気づきはしないこのすべてが作りものだってことに
サラサラと木の葉から桜が落ちて
誰かが桜の花を踏む
踏まれた花びらはピンク色から薄い赤色になって
二度とその美しさを取り戻さない
「甘さん・・・」ポツリと言葉が出る
両親が離婚をしてしまって
片方の親についてきて
生活も普段より良くなったし
朝ご飯も食べるようになった
なのに心の何かがからっぽで
なにか満ちない感じがして
不安になる
ああ、あの人のそばにいたい
でもそんなことはできない
人にはかなわないことや
我慢しなければいけないことなんて
いくつもある
そうやって我慢して妥協して
生きていく
大人になっていくの
それに新しいところに居れば
新しい他の人を自然に好きになって
いずれきっと忘れてしまうものと
自分に言い聞かせて
「つまらないな」とノートに書き込む
もっと学校は楽しい場所。そんなイメージが頭から離れない
その書いた言葉を消しゴムで消した
友達から回ってくるちいさいメモ張に折りたたんだ手紙には
「新しい学校の生活はどう?」「楽しい?」なんて書いてある
口が裂けてもたのしい以外の言葉なんて言えない
友達は大好き。みんな優しい。でも何か足りない。
でもみんな甘さんを知らない。言いたくても言えない
あの人が好きだって。
「楽しいよ」そう自分のメモ張を切り取って
書いてハート型に紙を折って
返した
休み時間はグループの女子のボスのところに行って
話を聞いたり漫画本を読んだりした
少女漫画の様な理想の男なんていない
そんなことはわかってる
そんなに小学生でもない
でもやっぱり読んで甘さんを重ねる
あのアニメの甘さんに似たキャラクターが忘れられない
「いいなぁ」とか黄色い声でキャーキャーみんなで言う
ボスが読んでいたは大人向けの
医者の夫と妻が乗り込んで大人なことをするような漫画で
開いては閉じて開いては閉じて読んでいた
このまま ずっとこのままなのだろうか?
こっちの生活はずっとこのままなのだろうか考えてた
ごはんも口に通らない
溜息ばかりついて
親に新しい学校生活が合わないのではないかと片親になってやっぱりあっちの方がいいのか
聞かれ心配された
私は言っちゃいけないと思ったけれど言った
「帰りたい」
親は血相を変えて叱ったけれど
「友達が」と話すと落ち着いた
数週間後、学校も行かなくなった私はそのまま
ずっと家で勉強をして甘さんに似たアニメのキャラを
繰り返しボーっと見ていた
学校が嫌だったわけじゃない。
私は机の下にもぐって
「もう甘さんしか見えないの」
そう言った。2度め
2回目
それは前の自分の部屋の夕日が差し込んだ場所で
甘さんに彼氏と彼女の中に付き合ってという言葉を聞いた後だった
甘さんに私は好んで彼の頬に口づけをして
夕日が差し込まなくなるまでまだ大人ではないのに
好奇心もあったかもしれない 愚かにも不思議と無垢にも
心身に刻み込まれていくように時間が過ぎていった
そして私は甘さんに言った
「唾液もまた甘美よね」
「は、はっちゃん?」
無垢に見える彼は顔を赤くし苦悶して
部屋を一周してからまた私のところへ戻ってきて座った
二人の心臓の鼓動が収まらない夕飯前の一刻
彼の燃えるような光った目の色に当てられて
なにかよくわからないなにかしらのこの日のために生きているような
魂の震えを感じた
【補足】
無垢むく・・・けがれがなく純真なこと。うぶなこと。また、そのさま
苦悶くもん・・・肉体的にも精神的にも悶え苦しむこと
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