第7話:廃墟に泊まろう
「さて、数時間探し歩いてようやく手ごろな宿が見つかったわけだが……」
「ボロボロだにぇ」
「廃墟……」
「廃墟って言うなよ! これからその廃墟に泊まるんだから!」
「ミッチーもめっちゃ言ってるじゃーん」
「うぐぅ」
リアからの適切なツッコミに何も言い返せない俺。だってしょうがないじゃないかお金が無いんだから。屋根と壁があるだけでも感謝しなくては。
「ごめんくださーい……」
俺は恐る恐る廃墟……じゃなかった宿屋のドアを開く。するとカウンターらしきテーブルに一枚の紙が置いてあった。
『勝手に泊まれ。料金は一泊一万ペールだ』
「雑かよ! 店員すらいねぇこの宿屋!」
「あ、でも中は意外と綺麗だよ。ちょっとレトロだけど」
「そうだな。隙間風がちょっと寒いから脱いでいいか?」
「お前それ脱いだら全裸じゃん! てか寒いなら着ろよ!」
「みっちゃん」
「な、なんだよ……」
ティーナは真剣な表情で俺に近づくと、その肩をぽんっと叩く。
これまでにないピリッとした空気に俺は緊張した。
「私はな、脱いでる時の方が体が熱い」
「それ興奮してるからだよね!? 聞いたことねえよそんな暖の取り方!」
「あ、じゃあ酒飲む? 私出せるよぉ」
「だから飲めねぇって言ってんだろ!」
両手をさっと構えて酒を出そうとするリアにツッコミを入れる俺。そういえばこいつ事あるごとに酒を出すとか言ってるが、女神にはそういうチカラでもあるのか?
「なあリア。酒を出せるなら食い物も出せないか? 腹減っちまったよ」
「私が出せるのは酒だけだよ~。他はなーんもできない」
「なんもできないの!? 一応女神なんだよな!?」
「大丈夫! めっちゃ良い酒だから!」
「アッハイ」
良い笑顔でぐっと親指を立てて前に突き出すリア。その笑顔を見た俺は目から光を失った。ていうかどうすんだこの空腹。この宿店主すらいねぇんだぞ。
「みっちゃん。この箱の中に食料が入っているぞ。素材だから調理は必要だが」
「マジで!? よっしゃあ! 助かった!」
ありがとう名も知らぬ店主よ! ていうか料理として出せよと言いたくなるがとにかくこれで飢えずに済むぞ!
「喜んでいるみっちゃんの笑顔もイイな……ちょっと脱いでいい?」
「脱ぐな! このボロ宿が光の館になっちまうだろうが!」
「目立っていいじゃん」
「目立ちたくて泊ってるわけじゃねえから! 光り輝く部屋ってお前、クラブハウスかな!?」
つうかああもう、全然話が進まねぇ。とりあえず俺も食材を見てみるか。
「へぇ。肉に野菜に……一通り揃ってるな。ティーナの言う通り調理すればどうにかなりそうだ」
さすがに生肉を食うわけにはいかんからな。よく見ると調理場も掃除されてるみたいだし、あとは料理するだけだな。
「よし。で、誰が料理するんだ? ティーナ?」
確かランハーではティーナは超料理上手だったからな。その設定が生きてるならここでの夕食作りなんて楽勝だろう。
「??? 私は料理まったくできないが?」
「へっ?」
俺は首を傾げるティーナと同じように首を傾げて頭に疑問符を浮かべる。リョウリデキナイノ? リョウリデキナイナンデ?
「何故かわからんが火の近くに立つと物凄く暑いのだ。よって料理をしたことはない」
「コートを着てるからだよ! 原因明白じゃねえか!」
「な、なんだってぇ!? 仕方ないなぁ! じゃあコートを脱ごうじゃないか!」
ふんふんと鼻息を荒くしながらコートのボタンに手をかけるティーナ。いや完全にセリフ棒読みじゃねえかこの野郎。
「脱ぐなぁ! わざとらしい芝居うってんじゃねえよ!」
コートを脱いで普通の服に着替えさせればいいんだろうが、“すぐに露出できない”とかいう理由でそれには応じないだろう。なんとなくわかってきたよこいつの思考が。
「はいはーい! じゃあアタシ料理するよ!」
「仕方ない……素材のまま食えるやつとかねぇかな?」
俺は片手を上げてぴょーんと飛びあがっているリアをスルーして箱の中をごそごそと探る。果物とかあればそのまま食えるかもしれんな。
「無視すんなゴラァァァ! アタシが料理するってゆってるじゃん!」
背中にのしっと乗っかる柔らかな感触。俺は頬を赤くしながら乗っかってきたリアを振りほどいた。
「だから引っ付くなっての! お前が料理なんかできるわけねえじゃねーか!」
「どういう偏見!? アタシ料理できるよ!?」
ガーンという効果音を背負いながら半泣きになるリア。ううむ、ちょっと言いすぎたか。
「まあ落ち着けみっちゃん。リアだって出来もしないことを出来ると言うような人じゃないぞ」
「ティーナっちありがとー! 大好き!」
「し、締まる。締ってるぞリア」
リアは嬉しそうにティーナに抱き着くが、思い切り首が閉まっている。あのままでは召されてしまうだろう。
「わ、わかったわかった。料理はリアに任せるよ」
「おおー! 任せんしゃい!」
女神の羽衣を脱いで袖まくりをするリア。極端に不安なんだが……まあ任せてみるか。
俺とティーナはリビングらしきボロ空間に移動し、その後リアは物騒な音を出しながら調理場で一人奮闘していた。
「みんなぁー♪ できたゆぉー♪」
「おお。ありがとなリア……ってなんじゃこりゃ!?」
しばらくして調理場からリアが運んできたのは、明らかに山盛りにされた酒のつまみだった。スルメ、たこわさ、ジャーキー……これから飲み会かな?
「何って、酒のつまみだけど?」
「だけど? じゃねー! 夕飯はいずこへ!?」
「私が作れるのは酒のつまみだけだよ!」
「えっへんすんな! えっへんすんな!」
「ショックすぎて二回言ったなみっちゃん」
うんうんとわかったように頷くティーナ。いや、まあ確かに食べれるものは出てきたけど、これで腹膨れるかなぁ?
「大丈夫だよみっちゃん! まだ調理場にこれの五倍くらいあるから!」
「無駄にボリューミ―! そんだけあったら腹膨れるわ!」
「食べれるだけありがたい。頂こうじゃないかみっちゃん」
「そう、だな。食べるか」
俺はティーナの言葉に頷き、恐る恐るつまみに手を伸ばす。とりあえずスルメかな。
「あ、美味い」
「ふむ、上出来だ。凄いなリア」
「えへへぇ。もっと褒めて!」
褒められたリアはでれでれしながらくねくねと動く。認めたくはないが確かに美味い。これは素直に感謝しなくちゃなるまい。
「ありがとよリア。とりあえず飢えずにすみそうだぜ」
「んっ。存分に感謝したまへ!」
にいっと笑いながら胸を張るリア。揺れる二つの双丘に一瞬目を奪われた俺だったが、すぐに目の前のつまみへと視線を移した。
「おっ。ミッチーアタシの料理の腕に惚れちゃった? ねえ惚れちゃった?」
「惚れてねぇ! てか料理じゃなくてつまみだから!」
正確に言えばつまみも料理なんだが、この場合欲しいのは夕食であって酒のつまみでは―――ああもう面倒くさくなってきた。とにかく食おう。
「むぐむぐ。美味い美味い」
「だな。味はかなりいい」
リアの作ったつまみは、確かに美味かった。味もしっかり付いているし、多分酒が進む味なんだろう。しかし―――
「あはははっ! かんぱーい!」
当然のように酒を飲み始めたリアに俺が絡まれまくるのは、想像に難くないだろう。
結果俺は野宿するよりも体力を消費し、翌日の朝を迎えるのだった。