最終話:ハッピーエンド
「何を悩む? 悩むことなどなかろう。こいつらは我同様異常な存在だ、バグなんだよ。だったら見捨てて元の愛ある世界で永遠に暮らせば良い。我は我に手を出してこなければ何もせん。これほど好条件の話はなかろう」
魔王は両手を左右に広げながら諭すように語り掛けてくる。その一言一言を受ける度、俺は両手から力が抜けていくのを感じた。
ランハーの世界が、戻る? 大好きだったあの世界が。現実世界でただひとつ、俺の居場所だったあの世界で永遠に暮らせる。そうか……そうかよ。
「騙されちゃいかんぞみっちゃん! そいつは所詮魔王―――」
「ティーナっち静かに。今はミッチーを信じよう」
「リア……」
リアは真剣な表情で俺を見つめ、その目を逸らすことはない。俺はその目を真っ直ぐに見返すことができず、地面へと目を伏せた。
「さあ決めろ、勇者よ。取引か、戦いか……どちらにせよ、我は勝利するがね」
「…………」
魔王の言葉は、驕りではない。本当にそれだけの実力を持ち、自信があるのだろう。
投げかけられる最後の質問。俺は結論を出すと、小さく息を落とした。
―――そんなもん、答えなんて決まってんじゃねーか。
「お断りだよ、クソ魔王」
俺はべーっと舌を出し、魔王へと返事を返す。魔王は動揺する様子もなく、さらに言葉を続けた。
「……何故だ? 貴様にとってこいつらは望まぬ存在。バグなのだろう? なのに何故断る」
「何故って、んなこともわかんねーの?」
俺はなんだか可笑しくなって、笑いながらその視線を上げる。その目にもう、迷いはなかった。
いや、本当はずっと前から気付いてたんだ。バグであるこいつらに惹かれてる俺がいることに。こいつらはバグかもしれない。でも、それでも―――
「関わっちまったら、知っちまったなら、生贄なんて真似、できるわけねえよなぁ!?」
俺は強く強くハリセンの柄を掴み、真っ直ぐに魔王を見据える。魔王はこの時初めて悔しそうに歯を食いしばった。
「愚かな……その愚かさに潰れて死ね!」
「お前がな!」
駆け寄る俺と魔王。魔王は右手から再び衝撃弾を発生させ、俺はそれをハリセンでガードする。そこから一旦離れて距離を取ると、今度は衝撃弾を乱射してきた。
「おあああああああ!」
俺は飛んでくる衝撃弾をハリセンで弾いて軌道を変え、魔王へと駆け寄っていく。そうしてほぼゼロ距離まで近づくと、魔王の腹部に思い切りハリセンの一撃を叩き込んだ。
しかし―――
「なっ……無傷!?」
ハリセンの一撃を受けても変わらずその場に立っている魔王。その姿に動揺した俺へ魔王はゆっくりと口を開いた。
「効かんな。何故なら我に“ツッコミどころ”など存在せん。正統派の最強魔王、それが我だからだ」
「……っ!」
こいつ、ツッコミのチカラすら知ってやがった。そしてその言葉も、恐らく当たっている。確かに魔王にダメージは微塵もない。ただ普通のハリセンで叩いただけだ。これじゃ倒せるわけがない。
絶望にハリセンを落としそうになる。しかし俺は奥歯を噛みしめ、かろうじてその柄を力強く握り直した。
「ほう、諦めないのか。いや、今更諦められない……か? ならば引導を渡してやろう」
魔王は右手にこれまでにないほど巨大な衝撃弾を作り出し、俺の頭部へとその照準を合わせる。その瞬間俺の脳裏に、様々な思い出が蘇った。
『んぁー……君もしかして転移者? 死んじゃった系?』
『ハリセンってさ、一応ツッコミの道具じゃん? だからさ、ミッチーが敵にツッコミを入れる時だけ力を発揮するんだよきっと』
『ティーナ=フルルちゃんだ』
『でも、浄化しなきゃ街の人に被害が出てたかもよ? だから、ミッチーは正しかったんだよ』
『だから、マリーでいいですわ! 先生じゃなく、マリー! そう呼ぶことを許可します!』
『私は初めに報酬を与えて下さった方にお仕えします。先ほどマスターは私に衣服を与えてくださいました』
『あー、うん。わかったっていうか、ちょっと気づいちゃったことがあって、今はちっと恥ずかしいかな……って。えへへ』
『だっ大丈夫ですわ! これは、その、抱っこの余韻が残っているというかなんというか……とにかく大丈夫ですわ!』
『見られた。見せたんじゃなくて見られた。もうお嫁にいけない……』
『はい! 沢山お掃除しましょう!』
「へっ、なんだこりゃ。走馬燈ってやつかよ、縁起でもねえ」
俺は脳裏に次々浮かんでくるこれまでの思い出に苦笑いを浮かべる。まったくやってらんねぇ。
本当にこの旅は、本当に―――
『ありがとね、みつてる』
楽しかった、よな。
そうだ。俺は楽しかったんだ。変な奴らだけど、どうしようもなくランハーの世界ではないけど、それでも俺は、楽しかったんだ。
なら―――
「諦めるわけ、ねぇよなぁ!? 勇者様としてはよぉ!」
俺はハリセンを振り、魔王の腹部に押し当てる。当然このまま振りぬいても威力はないだろう。
だが……俺を舐めるなよ、クソ魔王。
「無駄な事を。待っていろ、今一撃で吹き飛ばして―――」
「……だよ」
「なに?」
俺はぽつりと微かな声を地面に向かって落とす。そうさ、なんで気付かなかったんだ。俺は諦める必要なんかねえ、あいつらを見捨てる必要もねえ。何故なら―――
こいつには、ツッコミどころがあるからだ。
「なんで……魔王が魔王城の前に立ってんだよ」
「っ!?」
俺の言葉に反応し、金色の光を放ち始めるハリセン。魔王は動揺した様子で口を動かした。
「まっ待て。そんなものただの言いがかりだろう!? 魔王城の前に魔王がいても―――」
「いいや、悪いね。普通魔王はダンジョンの奥にいるもんだ。お前もしかして、ゲームやったことねぇの?」
「―――っ!」
魔王はそれ以上言葉が出ないのか、口を噤む。そしてその隙を俺は見逃さなかった。
「終わりだ……魔王」
「っ!? よせえええええええええええええ!」
俺は両手で思い切りハリセンの柄を握り、その金色の輝きを増していく。そしてそのまま、ハリセンを振りぬいた。
「魔王が、ラスボスが、呑気にダンジョンの前に立ってんじゃねええええええええええええええええええええええええええええええ!」
「ぐああああああああああああああああああああ!?」
俺の横一閃の一撃に吹っ飛ぶ魔王。そのまま魔王は近くの山に綺麗にぶっ刺さった。
一応魔王だし、まあ浄化までは数日かかるだろう。多分な。
それと同時に皆を拘束していた鎖は解け、闇の十字架も光の中に四散した。
「みっちゃーん! 私はみっちゃんを信じていたぞ!」
「流石ですマスター」
「こ、今回は褒めて差し上げますわ!」
「ミッチーやったね!」
「お前ら……」
拘束が解除された皆は俺へと一直線に駆け寄ってくる。気付けば世界中からモンスターの気配は消え、上には眩いほどの青空が広がっていた。
「いやーそれにしても、ミッチーがアタシたちをヒロインに選ぶとはねえ」
「へっ?」
俺は唐突すぎるリアの言葉の意味がわからず、ぽかんと口を開ける。しかしそんな俺の様子に構わず、皆次々と言葉を発した。
「ふふふ、私もやぶさかではないぞみっちゃん。いやむしろウェルカムだ。ようこそ変態の森」
「ま、まあ、助手くらいにはしてあげないこともありませんわね」
「私はずっとマスターのお傍にいます」
いつのまにか全員から服を掴まれている俺。あれ、ちょっと待って。魔王を倒したらランハーの世界が戻るんじゃないの? そういう話じゃなかったっけ?
俺は目線を使ってリアにそう尋ねると、リアは口をωの形にしてそれに答えた。
「んぅ~……モンスターはいなくなったけど、私たちは元のまんまだにぇ。残念☆」
「残念じゃねえええ! 詐欺じゃねーか!」
俺は声を荒げてリアへと抗議する。しかしリアはそんな俺の言葉など聞かずに抱き着いてきた。
「もーミッチー! さっきアタシ達を選んでくれたじゃん! 忘れたとは言わせんぞ!」
「いや、あれは旅の仲間とかそういう意味であってヒロインとかでは……」
「おだまり! ミッチーの正ヒロインはアタシだかんね!」
「強引すぎません!?」
思わず敬語になりながらツッコミを入れる俺。しかしリアは離れる様子は無く、嬉しそうに俺に顔を擦り付けていた。
「よぉしみっちゃん! さっそく特殊性癖を開発するぞ!」
「ちょうど次の実験が思いつきましたの! 当然実験体になってもらいますわ!」
「マスター、ご命令を」
「ミッチー! とりあえず酒飲もう酒!」
いつのまにか俺は皆に引っ付かれた状態でぎゃんぎゃんと言葉をぶつけられる。
こんな状況で言う言葉だって? ははっ……そんなもん、ひとつしかねーだろ。
「こんな……こんな、こんなハッピーエンドは嫌だああああああああああああああああああああああああああああああああ!」
俺は皆に引っ付かれながら大空に向かって声を張り上げる。
青い青い空は皮肉にも美しかったランハーの世界そのままで、俺は光を無くした瞳でその美しい空を見上げる。
もみくちゃにされながら俺はただ「早まったかなぁ……」とその事だけを考えていた。
今回で最終回となりました。偶然最終回直前に休載してしまい「もう終わり!?」と思われてしまうかもしれませんがごめんなさい、ずっと前から決まっていたので……
とにもかくにも、応援頂きありがとうございました。
もしよければ次回作についてもご注目頂けますと幸いです。




