第63話:二人の変態
宿屋での騒動が一件落着し夕飯を終えてゆっくりしていると、その事件は唐突に起こった。
「ミッチー。ティーナっち知らない?」
リアは風呂上りなのか髪をタオルで拭いながら俺に向かって尋ねる。俺は女の子特有のいい匂いに少し動揺しながらも記憶の糸を辿って返事を返した。
「ティーナぁ? そういや夕飯の後から見てねぇな」
夕飯の後はいつも各自自由行動だし特に気にしてなかったんだが、リアは何か用事があったんだろうか。
「そっかぁ。いやね、ティーナっちこの街に結構興味があるらしくてさ」
「へぇ、そうなのか。まあ魅力的な街ではあるからな」
ランハーの頃から霧に包まれたこの街は暗い雰囲気を持ちながらも不思議と落ち着く魅力を持っていた。まあティーナがそれに惹かれたというなら少し嬉しくもあるな。
「魅力的っていうか、露出がしやすいって言ってた」
「それを早く言えよ!? あいつ露出しに行ってるに決まってるじゃねーか!」
しかも街には変質者が出るって噂なんだろ!? 変質者×変質者ってどういう地獄だよ!
「ああもう―――仕方ねぇな! お前らは部屋に戻ってろ!」
「あっミッチー!?」
俺は腰元にハリセンを差し込んで宿屋を飛び出した。
「頼むから無事でいてくれよ……変質者の方がな!」
俺は街行く人と変質者の視力を心配しながら、霧と闇に包まれた薄暗い街に駆け出していった。
「はぁっはぁっ……くっそ。相変わらずこの街でけぇな……!」
ランハーの頃から思ってたが、この街はマップが広い。とりあえず路地裏とかを中心に探してはいるが、ティーナは一向に見つからなかった。ていうか霧と夜の闇のせいで数十メートル先も見えない。これで人探しはちょっと無茶だったか。
しかし、ティーナだって一応女の子だし、街の人たちに被害が及ばないかも心配だ。探すのを止めるわけにはいかないだろう。
そうしてキョロキョロと周囲を見回していると、見慣れた白い肌と薄水色の髪が視界の隅に入った。
「ティーナ! お前こんなとこで何してんだ!?」
予想通り路地裏にいたティーナに声をかける俺。ティーナはのんびりと振り返りながら口を開いた。
「おお、みっちゃんか。なに、私は獲物を物色―――もとい観光していただけだ」
「本音だだ洩れじゃねーか! 露出する気満々かよ!」
よく見たらせっかく着替えてた部屋着もやめていつものコートに戻ってるし。完全に露出するタイミングを伺ってたろこいつ。
「お前な……この街には変質者が出るんだぞ? 一人で出歩くんじゃねえよ」
「おお、みっちゃんが心配してくれているとは珍しいな」
「そうだな。心配してるよ。変質者の方をな」
いくら霧があるとはいえこいつの露出フラッシュを近距離で食らって視力にダメージを受けないとは限らないからな。
「むぅ。私は心配ではないというのか?」
「あーもー、面倒くせぇな。わかった。お前もちょっと心配してたよ」
ティーナだって一応女の子だしな。夜の街を一人で出歩くのは感心できん。まあエスコートしろと言われたら秒で断るが。
「……一応聞くが、被害者は出してねぇだろうな」
「モチロンダ。ゼンゼンダイジョブダヨ」
「遅かったか……」
明らかに視線が泳いでるじゃねえかこの野郎。露出フラッシュを食らった人たちの目が潰れてないことを祈るばかりだ……まあ霧も濃いし大丈夫だろうとは思うが。
「まあとにかく、宿に戻るぞ。こんな路地裏にいたらいつ変質者が現れるとも限らん―――」
「ハァハァ。ね、ねえお嬢ちゃん。おじさんの秘密知りたくない?」
「―――ぴっ」
俺はティーナの背後に立つ不潔感漂うおっさんの姿に思わず変な声を出す。どうかこいつが変質者じゃありませんように。いやマジで頼む普通のおっさんであってくれ。ていうか絶対こいつが変質者だよもう。コートの下からすね毛が見えてるじゃねーか腋が甘ぇよ。
「おおっ、これが変質者か。初めて見たな」
「そっか。お前鏡見た事ねぇんだな」
俺は瞳の光を失いながらティーナへとツッコミを入れる。こうしてミスティックの街角で、二人の変態は出会ってしまった。
一度大きく深呼吸すると、俺はおっさんを真っ直ぐに見据えた。
「おっさん。悪いことは言わんからこいつに露出はやめとけ。いやマジで」
「ハァハァ。何を言うか。こんな美少女めったにいないぞ。おじさんのおじさんもおじさんしちゃうくらいだ」
「あ、駄目だこりゃ言葉が通じねぇ」
変質者だもんなぁ……そりゃ会話も成り立たねえよ。俺は説得を諦めて腰元のハリセンに手を伸ばそうとすると、ティーナが優しくその動きを制した。
「まあ待てミッチー。ここは私に任せてくれ」
「お前に任せられる場面なんて何一つないんですけど!? 特に今は最悪だろ!」
「落ち着けミッチー。血圧上がるぞ」
「誰のせいだよ!」
俺のツッコミが夜の街に響く。こうして変質者×変質者の闘いは唐突にその幕を開けるのだった。




