第54話:感情
「ここがテックアーツか……やっぱ画面で見るのとはリアリティが違うな」
巨大な門をくぐるとテックアーツの街が見えてくる。巨大な高層ビル群は宙に浮き、不思議な魔術文様がその表面に刻まれている。
道路には人より掃除用ロボットの方が目を引く。ロボットは規則正しい動きで巧みに歩く人をよけながら地面を掃除したりゴミを拾ったりしていて、無機質な印象を受けるテックアーツの街の清潔感を高めている。道にはゴミどころかチリ一つ落ちていない。こりゃ大したもんだ。
「きれーな街だねぇ。なんか無機質な感じするけど暮らしてる人は普通だし」
「だな。テックアーツの仕事はほとんど自動化されているせいか住民の余暇が多く、住民のほとんどがのんびりとした温和な気質をしてる良い街だぜ」
ランハーのやりすぎで疲れた時はこの街の人たちに癒されたもんだ。まあ今はモンスターがいるような世界だしその状況が引き継がれてるかわからんけどな。
「温和な住民かー。ほんとかなぁ。酒ぶっかけてみる?」
「どういうテロだよ! ていうかいくら温和でも怒るだろそれは!」
普通に歩いてていきなり酒ぶっかけられて怒らなかったらそれはそれで怖いわ。いやびっくりする感情の方が強いかもしれんが。
「よし。そこまで言うなら試してみよう」
「すんな! それでも女神か!」
俺は振りかぶりをせずに素早くチョップをリアの頭に叩き込む。リアは頭を摩りながら涙目で見つめてきた。
「痛いよミッチー。そういう趣味?」
「ハードだな。私は大歓迎だが」
「人の性癖を勝手に決めないでくれる!? そういう趣味はねえから!」
「じゃあ殴られる方が良いんですの?」
「その二択しかないのかなぁ!? 極端すぎない!?」
素っ頓狂なことを言い出す三人にツッコミを入れていく俺。なんで街に入っただけでこんなに疲れなきゃなんねーんだ。
「マスター。彼らは休みなく働いています。疲れないのでしょうか」
リープはくいくいと俺の服の裾を引っ張り頭に疑問符を浮かべて小首を傾げる。俺は頭をボリボリと掻いた。
「んーまあ、機械だからな。心はないだろうし疲れないだろ。バッテリー切れはあるかもしれんが」
「心が、ない……」
リープは何か感慨深いものを感じているのか、掃除用ロボットをじっと見つめている。当然ながら掃除用ロボットはリープの視線に気付くことなく地面の掃除を黙々と続けている。人型の姿をしてはいるが、彼らに感情はない。街の人たちもそんなことを気にしてはいないだろう。
でも―――今リープが考えていることは、案外大事なことなのかもしれないな。
生まれたばかりで純粋なリープだからこそ出てきた疑問。それは大事にすべきだろう。いつだって新しい発見は純粋な発想から生まれるもんだ。
「まあとりあえず宿に行こうぜ。ここにいたってしょうがねー」
「さんせーい! 早くお酒飲みたい!」
「お前はずっと飲んでるじゃねーか! 自粛しろ!」
はーい! っと元気に手を挙げたリアに向かってツッコミを入れる俺。こうして俺たちは宿屋に向かって歩き出したが、リープはどこか腑に落ちない様子で掃除用ロボットを見つめ続けていた。




