第5話:ティーナ=フルルちゃんだ
降り注いでくる雪をふわふわと動かす手で掴みながら、俺は死んだ目で中空を見つめた。
「わぁ、綺麗な雪さんだぁ。見て見て、キラキラ光ってる」
「壊れないでミッチー。いくら好きなヒロインがろ、露出狂だったからって……ぶふぅっ」
「笑っちゃってんじゃねーかこの野郎! 笑いごとじゃねえよ!」
一瞬精神崩壊を起こしていた俺だが、横で爆笑しているリアへの怒りのおかげで正気を取り戻せた。
落ち着け。オーケー大丈夫だ。もう一度名前を聞いてみようじゃないか。もしかしたら幻聴かもしれん。
「すまんがもう一度言ってくれ。お名前は?」
「ティーナ=フルルちゃんだ」
「ちゃん付けてんじゃねぇ! ちくしょう! もう否定できないよこれ!」
嘘だろ。いやもう認めるしかねえ。こいつがティーナだ。ただし、死ぬほどバグってるがな。
「それより君の名は? 人の名を聞く前にまず自分からだろう」
「変態に諭された……俺は光輝。こいつはリアだ」
「ミッチーって呼んであげてね♪」
「呼ばすな! ていうかお前もその呼び方やめろ!」
「やだ!」
「こいつらほんと言う事聞かない!」
俺は頭痛がしてきた頭を両手で抱える。もうやだこいつら。
「それじゃみっちゃん。一つ頼みがあるのだが」
「誰がみっちゃんだ! 頼みってなんだよ!?」
「もう一度私をハリセンで叩いてくれ」
「は?」
「頭がジンジンするあの感じが忘れられないんだ。なんだこの感情は」
ティーナは頬を赤く染めながらうっとりと中空を見つめる。あ、やばいわこれ。新たな性癖を発掘しそうになっている。全力で止めなくては。
「あー、ティーナ? まあ落ち着けよ。とりあえずハリセンの事は忘れようじゃないか」
「そうだな。よく見ると君も良い面構えをしている。実に私好みだ」
「すんませんやっぱハリセンの事だけ考えててくださいお願いします」
こんな変態に気に入られるとか冗談じゃねえぞ。こっから先の旅路がハードモードになっちまうじゃねえかこの野郎。まだハリセンで叩かされた方がマシだよ。
「あっ!? おい! 変態がここにいるぞ!」
「本当か!? むやみに近づくなよ!」
「ええええ……住人の皆さんが集まってきちゃったよ」
騒ぎを聞いて駆け付けたのかそれとも変態退治をしていたのか知らないが、この街の住人たちが集まってきてしまった。
いや、これはチャンスじゃないか? この騒ぎに乗じて逃げちまおうそうしよう。
「おいリア。長居は無用だ」
「長居さんは無用なの? ミッチーひどくね?」
「ここにいちゃダメだってんだよ! このままじゃあいつの仲間だと思われかねん!」
何故かわからんが微妙に気に入られているし、状況的にはかなり微妙だ。変な疑いをかけられる前にずらかるのが吉だろう。
「えーでもあの子面白いじゃん。仲間でもよくね?」
「よくねえよ!? 誰が好き好んで変態と旅したいんだよ!」
「ミッチーだってハリセン持ってる変態じゃん」
「いやハリセンは変態じゃな……へ、変態じゃないよな?」
なんか自分がわからなくなってきた。確かに常にハリセン持ってるやつはおかし……いやいや俺は勇者だ。正式に任命されたじゃないか。
「あっ! そのハリセンは勇者様!? この街にお越しだったのですね!」
「え? あ、ああ、うん。今日着いたんだ」
住人の一人が俺に話しかける。最初の村の村長、各国に通達を出しとくとか言ってたが、ばっちり伝わってるみたいだな。勇者か……なんかちょっと良い気分かも。
「ということは、勇者様がこの変態をどうにかしてくれるのですな!?」
「へ?」
「みんな聞けぇ! 勇者様が変態を連れて行ってくださるぞ!」
「「「「ウオオー!」」」」
「ちょ、ちょっと待ってくれ。何盛り上がってらっしゃるの? 俺はそんなこと一言も言ってないし、変態退治は勇者の仕事じゃなくね?」
「私はみっちゃんの仲間になるのか!? そうか……先ほどのような激しいプレイがまた出来るのだな」
「誤解を招くようなこと言うんじゃねえええ! 住人の皆さん違います! 俺は無実だ!」
俺は一歩前に出て住人たちに向かって声を荒げる。その中のリーダーらしきおっさんは良い顔をしながらぽんっと俺の肩に手を置いた。
「わかっておりますとも勇者様。勇者様は自らを犠牲に変態をこの街から連れ出そうというんだ。まったく素晴らしい精神ですよ」
「違う違う違う。なんだその都合のいい解釈は。頭オリハルコンで出来てんのか?」
「みんな聞け! 勇者様が変態を捕らえたぞ! 我々は解散だ!」
「いや、ちょ待っ―――」
「なあ頼むみっちゃん! もう一度、もう一度私を叩いてくれ!」
「やー。これは面白いことになりましたなぁ」
何笑ってんだリアこの野郎。何が面白いもんかこれから変態と旅をしなきゃならんのだぞ。ていうか変態と旅する勇者ってなんだよ聞いたことねえよ。
「さあみっちゃん! ずっぽしいってくれ! さあさあ!」
「やったねミッチー! 仲間が増えたよ!」
「誰か……誰か俺の話を聞けえええええ!」
俺は興奮しながら肩をがくがくと揺さぶってくるティーナとガッツポーズをしているリアを横目に、両手で頭を抱えて曇天に声を響かせた。