第4話:嘘だと言って
「全然見つからねぇえええ!」
「いやー、さすが観光地。軒並みお高い宿ばっかりだにぇ」
リアは口の形をωの形にしながら呑気に呟くが、そんなこと言ってる場合じゃねえ。このままじゃ凍死ルート一直線だぞ。
「いつのまにか夜になってっし! これマジやばいし!」
「あはははっ。ミッチーキャラ壊れてる」
「そりゃ壊れるよ生命の危機なんだから! 逆に何で君はそんなに冷静なのん!?」
「私はほら、最悪お酒を出して温まるから」
「お酒出せるの!? いやそれにしたって俺は死ぬだろ呑めないんだから!」
「ドンマイ☆」
「人の生命をドンマイで済ますな! こうなったら意地でも宿を見つ、け……」
「??? どったのミッチー」
何か、今そこの路地の先から嫌な気配を感じた気がする。周りは夜の帳が降りて暗く、オレンジ色の街灯が雪道を照らしているだけだ。
でも、あの路地だけは違う。真っ暗闇の中で蠢く何かがある。俺の第六感がそう告げている。
「気を付けろ、リア。あの路地なんかいるぞ」
「と言いつつハリセン構えるミッチー超ウケる」
「ウケんな! しょうがねえだろ武器これしかねぇんだから!」
我ながら情けない姿だとは思うが、とにかくこの場はこいつに頼るしかない。相手にツッコミどころがあることを祈るばかりだ。
「っ!? 来るぞ!」
路地の奥から黒い影が飛び出してくる。俺がハリセンの先をその影に向けると、その影は突然叫んだ。
「男だぁああああ! 久しぶりに興奮できそうだな!」
「……は?」
突然飛び出してきたのは、ロングコートを羽織った女の子だった。水色のロングヘアと二つのお団子が可愛らしい。大きくも少し垂れている目、そして青く輝く瞳が印象的な美少女だった。
しかし、息が荒い。めちゃくちゃ荒い。とにかく興奮していらっしゃる。なんかやばそうな匂いがプンプンするぞ。
……待てよ? 夜道、ロングコート、男で興奮、まさかこいつ……!
「さあ、私を見て! 私の全てを! オールを!」
「やっぱり露出狂かコラァアアアアア! ってまぶしっ!?」
「わー。なんも見えないにぇ」
少女がコートの前を開いた瞬間、眩い光が発せられて目の前の光景が全て光に支配される。
俺は咄嗟に右腕で光を遮るが、それでも女のコートの中は見えなかった。いや見えなくていいんだが。
「何っ!? また見えないのか! くっそ、どうなっている!」
「こっちのセリフなんですけど!? なんなんだお前!」
「露出狂だが?」
「それはわかってんだよ! いや、それ以上の説明は不要なのか?」
なんか冷静に考えたら俺が変な質問してるような気がしてきたぞ。あれ? 俺がおかしいのか?
「落ち着いてミッチー。とりあえず話を聞こう」
「変に冷静だなお前……しかし言う通りだ。とりあえず話を―――」
「くっそおおおお! 露出してるのに見てくれない! 何このジレンマキレそう!」
「うるせえなもう! とりあえずコート着ろ!」
「やだ!」
「二文字!?」
駄目だこいつ。全然露出を止める気配がない。こうなったら―――
「くらえ! 勇者ハリセン!」
「普通に痛い!」
俺は思い切り振りかぶってハリセンを少女の頭に叩きつける。
少女は両手で頭を押さえて屈んだおかげで体が隠れ、謎の光も失われた。
「いやー眩しかった眩しかった。それで君、どこのどなたちゃん?」
「馴れ馴れしいな! いや、確かに放っておくには個性的すぎるけども!」
少女の肩に手を回して話しかけるリアに対してツッコミを入れるが、確かにリアの言う通り名前くらいは聞いておきたい。
「名前がわからんと通報できないしな」
「なんか物騒なことゆってる!? 通報だけは勘弁してください!」
少女は立ち上がりながらコートを着て、俺にすがりついてきた。
「んだぁ引っ付くな! 通報するわ変態なんだから!」
「私は変態じゃないよ! ただ人前で肌を露出することによって興奮するだけさ!」
「それを変態と呼ぶんだが!?」
駄目だ。こいつの価値観は完全に常人離れしている。いや、それより話がズレてきた気がするぞ。
「ねぇねぇ。それよりお名前はー?」
「はっ。そうだった。あんた名前は何て言うんだよ」
「言ったら通報しないでくれる?」
「二度としないと誓えるならな」
「それは無理だ」
「変に潔いなオイ! いいから名前を言えよ通報しないから!」
なんかもうどうでもよくなってきた。気になるから名前だけ聞いてさっさと宿探しに戻ろう。
「仕方ないな……私の名はティーナ=フルルだ」
「……は?」
ちょっと待て。なんか聞き覚えがあるというかさっき口にしたばっかりというか、え? 嘘でしょ?
「ぶふっ」
俺は少女の名前を聞いた瞬間豆鉄砲をガトリングで食らった鳩のような顔で呆然とする。
そんな俺の顔を見て吹き出すリア。いや笑いごとじゃねえよ。ティーナって、ティーナって言ったら……
「このゲームのヒロインの一人じゃねえかああああああ!」
俺は両手で頭を抱え、雪の降り注ぐ曇天の空を仰ぐ。
ティーナは頭に疑問符を浮かべて首を傾げながらそんな俺を見つめていた。