第35話:出発の決意
「マスター。この“はんばーぐ”という物を口に入れると感情が昂ります。これは一体何なのでしょうか」
両手にナイフとフォークを持ちながらキラキラと瞳を輝かせるリープ。なんだかわからんがハンバーグが随分気に入ったみたいだな。
「リープ。そりゃ“美味い”って感じてるってことだ。で、“美味い”ってのは“幸せ”ってことでもある」
「なるほど。知識として知ってはいましたが実感するのは初めてです。“ハンバーグは幸せ”なのですね」
無表情のままこくこくと頷くリープ。俺は片手で頭を抱えた。
「厳密に言うと違うんだが……いや、まあリープが幸せならいいか」
「???」
口をハンバーグでいっぱいにしてむぐむぐしながら頭に疑問符を浮かべるリープ。でもまあ食事の喜びを知ってもらえたならそれでいいか。
それよりも―――
「ひゃっほおおおおお! 酒もってこーい! いやむしろ私が出すからみんな飲めぇ!」
「学生に酒飲まそうとすんなアホゥ!」
両手から酒をまき散らす女神様の頭をハリセンでぶっ叩く。完全に悪ノリじゃねーかこの野郎。激戦の後だからってテンション上がりすぎだろ。
「全く品性の欠片もありませんわもぐ。育ちの悪さが伺えまもぐ」
「うん。マリーは口の中のもの食べてから喋ろうな?」
同じく品性の欠片もないマリーに対してツッコミを入れる俺。いい加減疲れてきたんだが。戦いの後くらいゆっくりさせて。
「みっちゃんみっちゃん」
くいくいと俺の袖を引っ張るティーナ。俺は面倒くさいながらもそちらに顔を向けた。
「なんだよティーナ。今このお嬢様に説教を―――」
「パンティ貸してくれ」
「何に使うの!? もはや品性以前の問題じゃねーか!」
俺はティーナの頭を思い切りハリセンで叩きたい衝動を押さえ、かろうじて口頭注意でおさめる。ほんと今すぐ浄化してやりたいわ。
「あははっ。皆さん元気ッスねー」
「元気すぎるわ」
楽しそうに笑うクリスに対してため息交じりに答える俺。その時この街に来た目的を思い出した。
「そうだ。さっきのスラスターの群れも魔王の仕業なんだよな? 魔王の居場所とか、その辺の情報わかってないのか?」
今回のスラスターの襲撃に魔王が関わっているなら、少なからず情報が出るはずだろう。俺は結構期待してクリスへと質問した。
「そうッスね……どうやら魔王は別大陸へと移動しているらしいッス。魔王が出現すると周囲のモンスターが活発になるッスが、その現象が近くの港町周りに発生してるって話ッスから」
クリスはんーっと口の下に指を当て、今知っている情報を教えてくれる。なるほど。そりゃかなり有力な情報だな。
「ってことは逆に言えば、この街を去る時が来たってことか……その港町は“シーケット”のことだろ?」
俺はランハーの全体マップを思い出しながらクリスへと質問する。まあ答えなんてわかってるんだが、一応確認しないとな。
「地理に詳しいッスね。その通り、“シーケット”ッス。目立たない小さな港町ッスが、料理は美味いッスよ」
ぐっと親指を立てて良い笑顔で俺に向かって突き出してくるクリス。いや、料理の美味さは聞いてないんだが……でもちょっと楽しみだな。
「え!? 美味しい料理だって!? そりゃ行くっきゃないよミッチー! 今行こう!」
「はぁ!? いや、ちょっとは休ませろよ!」
ハイテンションで提案してくるリアに対してツッコミを入れる俺。いくらなんでも疲れたわ。せめてもう一晩くらいここに泊まっていこうぜ。
「ぷぇー。じゃあ十分寝たら行こうね」
「せっかちか! 明日の朝出発すんだよ!」
十分睡眠ってお前、それ仮眠じゃねえかコラ。あれだけの激闘を後にした休憩にしちゃ短すぎるだろ。
「マスター、マスター」
「ん? どしたリープ」
くいくいと袖を引っ張ってくるリープに顔を向けると、そこにはキラキラとした瞳をしたリープがいた。
「“美味しい”とは料理への評価のことでしょうか。次の街にはもっと“美味しい”があるのですか?」
「ん。まあそうだな。そうみたいだぜ」
「おおお……っ」
口をぽかんと開けながら感動した様子で目を輝かせているリープ。どうやらよほど料理が気に入ったらしい。
「ふむ。では今宵はとりあえずこの街に泊まるとしようか。みっちゃん一緒に寝るかい?」
「休まらねーよ! 全力で遠慮するわ!」
何が嬉しくて全身が発光する女子と一緒に寝なきゃならんのだ。眩しくて寝れんわ。
「まだまだこの街で学びたいところですけれど……まあ召喚魔法も習得したことですし良いでしょう。出発を許しますわ!」
「アッハイ。そりゃどうも」
何故か偉そうに話すマリーに向かって返事を返す俺。誰も許可を求めちゃいないんだが……まあいいか。こいつにとって夢の街だし、残りたい気持ちも少しはあるだろうからな。明日の朝改めて気持ちを聞いておくとしよう。
「もう出発ッスか……寂しくなるッスね~……」
クリスはそう小さく呟き、騒ぐ俺達を見つめている。俺はそんなクリスにかける言葉を見つけられないまま、暴れる一行にツッコミを入れ続けていた。




