第29話:誕生
マリーの発動した召喚魔法によって魔法陣からは金色の輝きと白い煙が立ち上る。その魔法陣の中心には―――全裸の少女が立っていた。
「おっわ!? クリス! 洋服洋服!」
俺は咄嗟に両目を塞ぎ、クリスに洋服を準備するようお願いする。クリスは「了解ッス!」との返事から数分後に学校の制服を持ってきてくれた。
その制服を受け取った俺は全裸の少女を見ないようにしながらその服を手渡した。
「ほ、ほら。とりあえずこれ着てくれよ」
「…………」
少女は無言のまま制服を受け取り、その服を着る。しばらく待った後恐る恐る少女の方を見ると、少女はすっかり制服に着替えていた。
少しくすんだ銅のような薄い髪色に眠そうな目が特徴的なその少女はまるで人形のように顔立ちが整っている。
しばらく沈黙を守っている少女だったが、その沈黙をマリーがぶち破った。
「おーっほっほ! 召喚成功ですわ! さあ召喚対象さん! あのスラスターの大群を破壊なさい!」
しゅびっと手を横に振りながら嬉々として命令を出すマリー。俺は少女がどんな働きをするのか緊張した面持ちで見守っていたが、少女は全く動く気配がない。というか声すら出していない。
「ちょっと、どうしましたの!? わたくしの言う事をお聞きなさいな!」
マリーはほっぺを膨らませ、不満そうに言葉をぶつける。しかし少女は相変わらず眠そうな顔をしているだけでマリーの言葉に反応を返すことはない。
俺は恐る恐る少女へと話しかけてみることにした。
「あー……えっと、大丈夫か? どっか調子悪いとか?」
こういうタイプの女の子と接したことのない俺は手探りの状態で声をかける。すると少女はその小さな口をゆっくりと開いた。
「問題ありませんマスター。私は健康です」
「あ、そ、そうか。それはよかった」
……あれ? 今返事しなかったか? しっかし綺麗な声だな。
「ちょっと! なんでわたくしの言う事は聞きませんの!? あなたわたくしの召喚対象でしょう!?」
「私は初めに報酬を与えて下さった方にお仕えします。先ほどマスターは私に衣服を与えてくださいました」
「あっ!?」
そうか。確かにそう言われれば制服渡したの俺だわ。え? これ、俺がこの子のマスター? とかいうのになるってこと?
俺は頭に大量の疑問符を浮かべながら少女を見つめる。しかし見ているだけでは仕方ないので、まずは自己紹介することにした。
「えっと、俺は光輝。君の名前は?」
「名前は登録されておりません。マスター、名前の登録をお願い致します」
「マジかよ……」
名前つけろって、そんなペットじゃないんだから。ていうか名前なんかすぐ思いつかねえよ。
「ねえねえ! じゃあリープちゃんはどう!? なんか眠そうだし!」
「てきとう! しかしまあ、なんか似合ってはいるな」
言われてみればリープって感じがしてきた。時間もないしとりあえずそれでいくか。
「よし、じゃあ名前はリープでいこう。よろしくな」
「承知しました。よろしくお願いします。マスター」
ぺこりと頭を下げるリープ。身長が低いこともあってかかなり可愛らしい印象を受ける。
しかしそんな流れに納得のいかない大魔法使いがいた。
「ちょっと! 何勝手に決めてますの!? わたくしの立場は!?」
「諦めろマリー。お前の魔法で暴走しなかっただけ良いじゃないか」
「基準が低い!」
ぽんっと肩に手を置いた俺の言葉にショックを隠せないマリー。やがて皆はそれぞれに自己紹介を始めた。
「アタシはリア! お酒大好き女神様! よろしくねリープっち!」
「はい、リア様。よろしくお願いします」
リープは相変わらず眠そうな目で無表情のままぺこりと頭を下げる。その姿を見たリアは「ちっちゃくてかわゆいー!」と思い切り抱き着いた。
「私の名はティーナだ。さっきは良い露出だったぞリープ」
「ティーナ様。よろしくお願いいたします。良い露出、というのは?」
リープはここにきて初めて解析不能な言葉にぶつかったのか、首を傾げながら質問する。ティーナはそんなリープの言葉を聞くとその両目をキラキラと輝かせた。
「露出に興味があるのかい!? あのね、まず下に何も着ていない状態で―――」
「スタァァァァップ! リープに変なこと教えんじゃねえ!」
俺はティーナの口元を咄嗟に両手で押さえてそれ以上の発言を阻止する。なんだかわからんが、リープは生まれたての子どもみたいに純粋だ。変な知識を入れるわけにはいかねえ。
「わたくしの番ですわね! わたくしこそは大大大大大大大大大大大大大大大大魔法使いのマリー=フラワーズ。さあ! 思い切り褒めて構わなくってよ!」
えっへんと胸を張りながら長い自己紹介をするマリー。どうやらリープを乗っ取られた件はもう立ち直ったらしい。このタフネスさは確かに褒める価値ありだな。
「了解しましたマリー様。マリー様は凄いです」
「この子良い子ですわ!」
「ちょろい!? 褒められるってあれくらいでいいのかよ!」
嬉しそうに頬を赤く染めるマリー。こいつのことだから胴上げぐらい期待していると思ったがそうでもないらしい。
「自分はクリスっす! 制服はきつくないッスか?」
「問題ありませんクリス様。ありがとうございます」
律儀にぺこりと頭を下げるリープ。ううん、礼儀正しいといえばそうなんだけど、なんか固いんだよなぁ。
いやまあともかく、これで自己紹介も無事終わったわけだ。
そして―――
「目の前のこいつらをどうするか、全く解決してないんだが」
遠目に見えるスラスターの軍勢は、次第に学園都市に侵略してきている。住人や学生は既に地下シェルターに避難しているから人的被害はないようだが、破壊行為に走るのは時間の問題だろう。それを放っておくわけにもいかない。
「マスター。彼らは我々の敵なのですか?」
リープは頭に疑問符を浮かべながら首を傾げる。俺は期待に胸膨らませて返事を返した。
「おっ。もしかしてあいつらを倒す手段を持ってたりするのか!?」
そうだよな召喚魔法だもんな。この状況を打破できるチカラを持っているに違いない。というか持っていてくれ頼む。
「否定ですマスター。私に彼らを駆除する機能はありません」
「なかった!」
俺はガーンという効果音と共にあっさりと否定してきたリープを見つめる。しかしリープは眠そうな表情のまま遠目のスラスター達を見渡した。
「ですが、状況を打破することは出来るかもしれません」
「……へ?」
リープの言葉の意味がわからず、頭に疑問符を浮かべる俺。こうして突如召喚―――というか誕生したリープは、この戦況に大いなる変化を与えることになるのだが……それはまだ少しだけ、先の話だった。




