第21話:茜色の空の下
「あっ! ミッチー見つけたー! もーどこ行ってたの?」
「地獄」
「どゆこと!?」
ベンチでぐったりしている俺の元に両手でジュースとアイスを持ったリアが近づいてくる。思い切りエンジョイしてるなこの子。
「てか顔色悪いよ? 大丈夫?」
「大丈夫じゃない。さっきまで地獄を見てたからな」
本当に地獄絵図だったよ。変態が空を飛ぶのってあんなにも凄いんだねパパ。ぼくしらなかった。
「よしっ。じゃあアタシと一緒に遊ぼうよ! ほら、いこいこ!」
「話聞いてました!? ちょ、引っ張るなって!」
俺はリアに思い切り手を引っ張られ、無理やり立ち上がらされる。
そのままリアはメリーゴーランドの方向へと俺を引っ張っていった。
「気持ちが悪いときはメリーゴーランドが効果的だよ」
「状態を悪化させるのに効果的なんじゃない!? いや絶対そうだよね!?」
「いやだなぁミッチー。勘の良い子は嫌いだよ」
「結局お前が乗りたいだけじゃねえか! 嫌だぁあああああ!」
俺はリアにぐいぐいと引っ張られ、結局無理やりメリーゴーラウンドでメリーゴーラウンドさせられる。
その後世界が回った俺がどうなったかは、言うまでもないだろう。俺はぐるぐると回る世界と共に冷たい水の美味しさを再確認することになった。
「いやーごめんにぇミッチー。まさかそこまで重症だったとわ」
「重症だよ馬鹿野郎……まあ、落ち着いてきたからもういいけどよ」
結局テンションがマックスになったリアにその後も振り回され、この遊園地にあるアトラクションはほとんど制覇したように思う。
ティーナとマリーは……今は関わりたくないので探していない。逮捕されてないことを祈るばかりだ。
「あのねミッチー。無理させてごめんなんだけど……最後にあれだけ乗りたいな」
珍しく遠慮がちに指さすリア。その先には巨大観覧車が夕日の中でゆっくりと回転していた。
「観覧車か。まああれくらいなら大丈夫だろ」
「ほんとっ!? じゃあ行こ行こ!」
「ちょ、引っ張るなって!」
リアは俺の腕に抱き着き、そのまま観覧車に向かって引っ張っていく。
柔らかな双丘が俺の腕に押し付けられ、俺は赤くなる顔を夕日に隠しながら観覧車に向かって歩みを進めた。
「…………」
「…………」
夕日の茜色に包まれる観覧車。静かなその空間でリアは外の景色を楽しむこともせず、少し俯いて黙ったままだ。
いつも弾ける花火のように騒がしいリアが静かなことで自然と俺も言葉が少なくなり、観覧車の中には沈黙が降りてくる。
気まずいわけじゃないが、どうしたんだリアの奴。いつもなら景色を見て大はしゃぎするはずなのに。
観覧車はゆっくりと回転を続け、風の音と鉄骨の軋む音だけが響いてくる。
まだ観覧車は上がっている途中だが、外を見ると遊園地全体を高い位置から見渡すことができ、中々の絶景だ。こんなのを見ないなんてもったいない。
そう思った俺は意を決してリアに話しかけた。
「す、すげー景色だぜ。見ないのか?」
「あ、ん……うん。てっぺんに着くまで我慢してるの」
「ははっ、なんだそりゃ。面白いことするな」
俺はリアの静かだった理由を知り、どこかほっと胸を撫で下ろす。
そして話しかけられたことで口火を切られたように、リアはゆっくりと口を開いた。
「……ありがとね、ミッチー」
「ん? 遊園地の事か? まあ魔王は倒したいけどたまには休憩も必要だろ」
俺はリアのお礼の意味がいまいち理解できないまま、返事を返す。しかしリアは少し俯いたままでもじもじと両指を合わせ始めた。
「そうじゃなくて、さ。アタシを旅に連れてってくれたこと」
リアの言葉を受けて、初めてこいつと出会った時の事を思い出す。そうだよ、酒飲んで腹出して寝てやがったんだこいつは。しかもそのまま旅に着いてくるとか女神にあるまじきことを言い出しやがった。あの時はどうなることかと思ったな。
「別に、礼を言われるようなことじゃねえよ」
俺は何故か上手く言葉が出てこなくて、そんなことしか言えなかった。勝手に付いて来たんじゃねーかとか、言う事は沢山あるはずなのに。この茜色に染まった観覧車の空間が、俺にその言葉を躊躇わせた。
そう、俺は拒否できたんだ。こいつの同行を。でもそれはしなかった。しなかったんだ。
「それに、ほら……お前がいないとなんか静かっつーか。面白くねえよ」
駄目だ。今はこれを言うくらいで精一杯。一体どうしたと言うんだ今の俺。全然上手く喋れねえぞ。
「ほんとっ? ほんとにそう思う?」
「お、おう。まあ静かになるのは間違いねえよ」
俺は少し上目遣いで見つめてきたリアの綺麗な瞳に驚き、視線を外の景色に移す。
横目で見ると、リアは少しくすぐったそうに笑っていた。
「ふへへ……そっかそっか」
嬉しそうなリアの笑顔。茜色の光で反射する金色の髪も、褐色の肌も、今は普段とは別のもののように見える。
それは、俺の心に何か変化が起こっているからなのだろうか。
それとも―――
「あ! てっぺんだよミッチー!」
「おお……すげぇな」
てっぺんに到着した観覧車からは遊園地どころか、遠目に海岸線や山々すら見ることができる。
それは言葉にするのも難しいくらいの絶景だった。
「ありがとね、ミッチー。アタシをあそこから連れ出してくれて」
「だからお礼を言われるようなことじゃねーって。旅立ったのは俺の意思だしな」
なんだか体がムズムズする俺は頭をボリボリと掻く。
そんな俺の様子がおかしかったのか、リアはクスクスと笑った。
「あー、ミッチー照れてる」
「照れてねえ!」
噛みつくように返事を返す俺。嘘だ。本当は凄く恥ずかしい。何故恥ずかしいのかわからないが、今は真っ直ぐにリアの顔を見られそうにない。
リアは外の景色を見つめながらぽつり、ぽつりと語り始めた。
「アタシさ、気付いたらあの空間にいて―――何をすればいいかは知ってたけど、案内して終わりなんて嫌だったんだ。だからミッチーが連れて行ってくれて、本当に感謝してる」
「だから、お礼を言われるようなことじゃ―――」
「ありがとね、みつてる」
「っ!」
にいっと笑ったリアの笑顔は綺麗で、一瞬呼吸を忘れる。それを正面で見てしまった俺は言葉を失い、熱くなる頬を必死で夕日に隠した。
「あーもう、普段のお前に戻れよな。しっとりしてるなんてらしくねえぞ」
「えへへ……ごみん。なんか最近楽しくて、嬉しくってさ」
リアは相変わらず笑いながら言葉を続けるが、俺はそれどころではない。赤くなった顔を悟られぬよう、外の景色に意識を飛ばすことに集中していた。
そうして観覧車に揺られているとやがてゆっくりと下降を始め気付けば乗った場所まで戻ってきていた。
「お、そろそろ降りるぜ。準備を―――」
「んっ」
「ほわっ!?」
頬に柔らかい感触が触れる。一瞬香る良い匂いと背中を駆け抜ける甘い感覚。気のせいじゃなければ今のは、間違いなく。
「これはお礼! じゃあ降りるよミッチー!」
「あっおい!? 勝手に降りるなって!」
リアは扉を開け放ち、赤くなった耳のまま外へと走り出す。
俺は自分の頬に指先で触れると先ほどの感覚を反芻して頬を赤くした。
「勘弁してくれよ……もう」
俺はぶんぶんと顔を横に振って熱を冷ますと、駆け出してしまったリアを追いかける。
茜色の遊園地には次第に夜の帳が降り、涼しい風が頬の熱を冷ます。
しかしあの柔らかな感触を受けた頬だけは、いつまでもその温もりを残していた。