第2話:ハリセン勇者誕生
「やだやだ! モンスター退治なんてやらんぞ!」
俺は年甲斐もなく駄々をこね、両手両足を振り回しながら地面を転がる。
リアは口をωの形にしながらそんな俺の肩をぽんと叩いた。
「諦めなミッチー。このゲームを元に戻すには魔王を倒すしかないんだよ」
「状況悪化してんじゃねーか! モンスターを倒すんじゃないの!?」
「モンスターを生み出してるのは魔王だからにぇ。魔王を倒さないと平和な恋愛シミュレーションなぞできんよチミ」
「微妙に腹立たしい言い回しすんな! くっそ。マジでやるしかねえのか……」
モンスターは怖い。魔王はもっと怖い。しかしやつらを倒さなければ俺の愛するランハーの世界は戻らない。
だとしたら、答えは一つだ。
「わかったよ。こうなったらやってやる!」
俺は腰元のハリセンを引き抜いてその柄を握る手に力を込める。
その瞬間リアが大量のモンスターを引き連れてきた。
「そう言うと思ってモンスターの皆さんを怒らせてきたよ! さあ存分に退治するといい!」
「怒らせる必要なくない!? つうか何やったんだよ!」
「頭から酒をぶっかけた」
「そりゃ怒るよ! 殺気がすげぇ!」
リアの背後に集まったモンスターの皆さんの頭からは熱気が漂っている。これはマジギレモード確定ですわ。
「いやー、殺る気まんまんですね」
「他人事ぉ! 直接の原因は君だからね!?」
呑気なリアにツッコミを入れる俺。しかしリアは相変わらず気の抜けた顔をしながらぱたぱたと手を前後に振った。
「まあまあ。じゃあほら、このオークさんからどうぞ!」
「グルルルルル!」
しゅばっと伸ばされたリアの手の先から、オークが地面に巨大な足跡をつけながら近づいてくる。なにあれこわい。こういう序盤って普通スライム的な雑魚とかじゃないの? なんか腕が丸太みたいな太さなんですけど。
「恐るこたぁないぜミッチー! こっちにゃ聖剣があるんだ!」
「そ、そうだな! 腐っても、いやハリセンでも聖剣。なんとかなるはずだ!」
俺はリアの言葉に自分自身を奮い立たせ、ハリセンを構える。
そしてそのまま、オークとの距離を縮めた。
「くらえ! ハリセンクラァァァッシュ!」
オークの足元にハリセン独特の破裂音が響く。オークは頭に疑問符を浮かべ、俺を見下ろしてきた。
あれ? これってもしかして効いてないんじゃない?
「うっわ全然効いてない。ウケる」
「ウケんな! どういうこと!? 一応聖剣でしょこれ!」
「なーんか発動条件みたいなのあるのかもねぇ」
「そんな殺生な!」
「グォオオオオオオオ!」
その時振り下ろされたオークの巨大な拳が俺を襲う。
俺は咄嗟に横っ飛びしてギリギリのところでそれをかわした。
「ひゅうーっ♪ やるじゃんミッチー! 驚きの運動性能!」
「君は驚きの役に立たなさだね!? ちょっとは手伝ってくんない!?」
「私にできるのは酒を出すことくらいだ」
「居酒屋に就職しろ! ……あっぶね!?」
今度はオークさんの巨大な足が俺を踏みつぶそうと襲い掛かってくる。もうやだ。このままだと死んじゃう。若くして死んでしまう。
「グォオオオオオオオ!」
「くそっ……くそっ。序盤からこんな強いモンスター出てくんじゃねえええええ!」
俺は怒りに任せてやけくそ気味にハリセンをオークに叩きつける。
その瞬間ハリセンは白く眩い光を放ち、オークを遠くの山までふっ飛ばした。
「へっ!? はっ!?」
「やったぜミッチー大勝利!」
「いやなんでだよ! 急に強くなったぞ!?」
俺は持っているハリセンをまじまじと見つめるが、特に変わった様子はない。何がどうなってんの?
「あーこりゃあれだね。“ツッコミ”だ」
「……は?」
「ハリセンってさ、一応ツッコミの道具じゃん? だからさ、ミッチーが敵にツッコミを入れる時だけ力を発揮するんだよきっと」
「何そのルール!? 何そのルール!?」
「錯乱して二回言っちゃったねぇ」
口をωの形にしてうんうんと頷くリア。いやそんな呑気な。ていうかツッコミ限定の聖剣ってマジすか。
「ええいクソ! とにかくやってやんよ!」
殺らなきゃ殺られるんだ。それならもうやるしかないだろう。
「はい! 次はシルバーウルフ!」
「シルバーと言いつつ白髪じゃねーかこの野郎!」
「きゃいんきゃいん!」
遠くの山まで吹っ飛ばされるシルバーウルフ。なるほど。こうなったらヤケだ。この村のモンスター全員吹っ飛ばしてやる。
「はい! 次グリーンゴブリン!」
「普通のゴブリンとの違いがわかんねーよ!」
「グギャアアアアアアア!」
「スライム!」
「今更出てくんじゃねぇ雑魚が! 最初にこい!」
「ピギイイイイイイイ!」
「イーグルホーク!」
「イーグルかホークかはっきりしろや!」
「ピギャアアアア!」
こうして俺はリアが連れてくるモンスターに次々とツッコミを入れ、遠目に見える山に突き刺していった。もはやあれ山じゃないよ。墓標だよ。
「ぜいっぜいっ……お前はなんかもう……口くせーんだよ!」
「ぎゃああああああ!?」
ラスト一匹を吹っ飛ばす俺。息は上がるし心臓はうるさい。もうぐったりだ。
「最後の方はもうツッコミっていうかただのいちゃもんだったねぇ」
「しょうがねーだろ! そんなレパートリーねえよ!」
元はと言えば君が勝手にモンスターを連れてきたことが原因なんだが。言っても反省しなさそうだからやめよう。もう疲れた。
「ありがとうございます勇者様! 私はこの村の村長ですじゃ!」
「村長いたの!? 今の状況に疑問を持てよ!」
突然やってきた白髪のじいさんにツッコミを入れる俺。リアは苦笑いを浮かべながら「その人はモンスターじゃないよー?」と呟いていた。わかっとるわいそれくらい。もう何十体も倒したから癖になっちゃったんだよ。
「いやーありがとうございます勇者様! この世界を救ってくださるのですね!?」
「え? いや俺は恋愛シミュレーションでハッピーエンドを……」
「おい! すぐ世界中に通達だ! 勇者様が現れたぞ!」
「話を聞けええええええ!」
「人の話を聞かないじいさんだねぇ」
うんうんと頷きながら納得した様子のリア。いや何を納得しとるんだ君は。ていうか俺勇者にされちゃってない?
「隣の国でも混乱が起きているようです! 勇者様、さっそく旅立ちを!」
「いやだから俺は勇者じゃねーって! ただの学生なんだよ!」
「はっはっはご冗談を。ただの学生がモンスターを山に突き刺せますか?」
「それ言われちゃうと何も言い返せないね!?」
やばい。やばいやばいやばい。なんとか勇者の汚名(?)を晴らさなければ。
「まあいいんじゃない? どうせ魔王を倒すんだから勇者みたいなもんじゃん」
「ばっ!?」
何を言うんだリアこの野郎。この場でそんなこと言ったら―――
「おおっ魔王討伐とな!? おい! すぐ全世界に通達だ! 勇者様が立ち上がったぞ!」
「ぎゃああああ!? 誤解がさらに広がった!」
「めんご♪」
「反省の色がねえ!」
てへぺろしているリアを見て両手で頭を抱える俺。もうやだこの女神。トラブルしか持ってこないんですけど。救いをくれよ。
「では勇者様お気をつけて! 隣国のスノーボゥルでもご活躍を期待しております!」
「もう旅立つ流れになってゆ! やだよもうちょっとゆっくりさせてよ!」
こちとらモンスター数十体を山に突き刺した後なんだぞコラ。一晩くらい休ませろや。
「じゃ行こうかミッチー! 次の国にれっつごー!」
「ちょお!? 勝手に行くんじゃねえええ!」
俺はずんずんと妙に元気よく歩いていくリアを追いかけ、最初の村を後にする。
こうしてハリセン勇者となった俺の冒険は、加速度的にその進展速度を増していった。