第16話:芽生え
「それでミッチー。具体的にどうするの? 患者さん山に突き刺す?」
「それただのヤベーやつじゃねえか! 一応ちゃんと考えてるよ!」
あんまりなリアの言い方に反論する俺。間髪入れず今度はティーナが話しかけてきた。
「では何か考えがあるのか? そのハリセンを使うのだろう?」
頭に疑問符を浮かべながら首を傾げるティーナ。俺はずっと考えていた事を二人に話すことにした。
「このハリセンさぁ、思い切り振ると山に突き刺さるけど、ぽんっと叩くくらいなら症状だけ治してくんねぇかな?」
「なるほど、威力をコントロールするというわけか」
「それならいけるかもね! さっすがミッチー!」
びしっと立てた親指を俺に向かって突き出すリア。さっきまでの態度と全然違うじゃねえかこの野郎。いや、今はそんなこと言ってる場合じゃねえか。
「とにかくいくぞ。えーっと“もこもこしておっさんのくせにファンシーかよ!”」
「ぎゃああああああ!?」
浮遊している患者の頭にかるーく。本当にかるーくぽんっとハリセンを置く俺。
その瞬間叩かれた患者は地面に深くめり込んだ。
「ミッチー。患者さん埋まってるんだけど」
「…………」
「ミッチー。患者さん埋まってるんだけど」
「二回も言うな! 畜生! このハリセン手加減ってもんを知らねえ!」
俺はがっくりと肩を落とす。しかしそんな俺の肩をティーナは優しく叩いた。
「もう全員やっちまおうみっちゃん。一人も十人も変わらん」
「危険すぎる思想だが……確かにそうだな。もうこうなったらやっちまうか」
「え? え?」
状況が理解できず困惑するマリーをよそに、同時に頷くティーナと俺。
俺は混乱する看護師さんをよそにさらに全患者にツッコミを入れた。そして埋めた。
『あ、あの、一体何なんですか!?』
困惑する看護師さんから質問を受ける俺。当然の質問すぎてぐうの音もでねぇな。
「いや、大丈夫っす。俺勇者なんで」
『斬新すぎる理由! あ、でも、通達にあった顔と同じだわ』
『そういえば確かに、ハリセンを持った勇者がこの街に向かってるって通達が国からあったような』
次第に看護師さんたちは状況を理解してくれたようだ。俺はこのタイミングで話を切り出した。
「これは治療の一環なんで大丈夫っすよ。明日の朝には全員完治してるんで」
『は、はあ。まあ勇者様がそうおっしゃるなら……』
看護師たちは納得しきれないまでも理解はしてくれたようで、埋まっている患者たち全員に状況を説明する。
俺はハリセンを腰元に戻してマリーへと向き直った。
「あなた、勇者って。それにこの状況は一体……」
「ま、心配すんな。明日の朝になればなんとかなっからよ」
「???」
俺は頭をボリボリとかきながらマリーへと説明する。その後研究所に泊まった俺たちは、再びこの病棟へと戻ってくるのだった。
「そんな、患者さんたちが全員元気になってる!? 羊さんも治ってますわ!」
昨日まで地面に埋まって呻いていた患者たちはもこもこ化どころか元の怪我も治ったらしく、嬉しそうに飛び跳ねている。
俺はぐっと親指を立てるとマリーに向かって突き出した。
「なっ言ったろ? なんとかなるってさ」
「え、ええ……」
俺の言葉を聞いたマリーは、それでも浮かない表情だ。俺は頭に疑問符を浮かべて質問した。
「どうした? 元気ないな先生」
「結局わたくしは……何もできませんでしたわ。それどころか皆さんに迷惑をかけてしまった。最低です」
マリーはドレスの裾をぎゅっと掴み、今にも泣きそうになりながら言葉を落とす。
俺はそんなマリーの頭にぽんっと手を置いた。
「先生。俺、気付いたんだけどさ」
「???」
「先生の魔法は全部“戦闘を無力化”するチカラがあるよな。全裸にしたりもふもふにしたり……だからこれは治癒魔法じゃない。何が起こるかわからない“パニック魔法”って新しいジャンルなんじゃねーか?」
「パニック、魔法……」
実際マリーの魔法で死ぬほどのダメージを負った者はいない。恐らく山賊のように戦闘意欲の高いものにマリーの魔法を使えば高確率で戦闘を回避できるだろう。そういう意味では治癒魔法よりも優しい魔法なのかもしれない。
「だからさ、そんな落ち込むなよ。大大大魔法使いの先生なんだろ?」
「―――っ」
俺はにいっと笑いながらマリーへと言葉をかける。するとマリーは両目を見開き、何故かその頬を紅潮させていった。
「……マリー」
「ん?」
何故か俯いてしまったマリーの言葉がよく聞き取れず、聞き返す俺。
マリーはがばっと真っ赤になった顔を上げると俺に向かって吠えた。
「だから、マリーでいいですわ! 先生じゃなく、マリー! そう呼ぶことを許可します!」
「はは。結局偉そうなのね……」
相変わらずなマリーの様子に苦笑いを浮かべる俺。そんな俺の尻に鋭い痛みが走った。どうやらリアに尻を蹴られたらしい。
「痛い!? なんで尻蹴ったの!?」
「べっつにー。なんとなくだよ」
「なんとなくでケツ蹴るなよ!」
「じゃあ私も」
「だから痛いって!?」
結局リアとティーナに尻を蹴られた俺。何がなんだかわからず困惑している俺の隣で、マリーは相変わらず俯いて赤くなった耳のままもじもじとしていた。




