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第1話:聖剣だと思ったらハリセンだった

「原画担当さんは変わったけど、やっぱランハーは最高だぜ」


 ゲームのパッケージを見ながら帰り道を急ぐ。今日発売の恋愛シミュレーションゲーム“ランゲージハート”(通称ランハー)は俺が子どもの頃大好きだったゲームだ。

 最近になってリメイクされたこのゲームの発売日を楽しみに楽しみにしていた俺は、連日のゲーム三昧で凶悪になった顔でニヤニヤしながら歩いていた。

 うん。周囲からの視線が痛い。自重せねばなるまい。しかし、しかしだ。楽しみなんだからしょうがないじゃない。八年以上待ち続けたランハーの新作だぞ? まあリメイクだけども。

 俺のお気に入りキャラはパッケージの隅に小さく描かれている女神様。リア様だ。優しくて慈愛に溢れ、異世界に転移した主人公を優しく導いてくれる。攻略キャラじゃないと知った時は怒りに打ち震えて枕をボコボコにしてしまったが、それもいい思い出だ。

 いかん。脳内とはいえ一人語りが長すぎた。しっかり前を見てさっさとおうちに帰ろう。


「おい君! 前を見ろ! 危ないぞ!」


 そうそう。前を見て―――は?

 唐突なブレーキ音。耳をつんざくようなクラクションが辺り一面に響き渡る。

 下を向いていた頭に一瞬激痛が走る。ふっ飛ばされアスファルトに倒れた頃には、俺の血で汚れたランハーが視界に映っていた。

 そんな時思うことなど、ただひとつである。

 やべ、これちゃんとプレイできっかな……

 俺は高瀬光輝たかせみつてる、学生。己の命よりもゲームディスクを心配して一生を終えた男。



 気付けば俺は、光り輝く青のリングが続く電子的な空間を浮遊し進んでいた。俺の心に動揺はない。何故ならこのシーンは昔死ぬほど見まくってきた光景だからだ。


「おいおいおい、マジ? これ夢? 俺ランハーの世界に行っちゃうわけ?」


ランハーの主人公は舞台となる異世界に転移する際、この青いリングのゲートをくぐる演出が入る。俺の目の前に広がっている光景はまさにそれだ。俺はついニヤつきそうになる口元を押えながら深呼吸を繰り返した。

 落ち着け俺。状況から考えて多分俺は死んだ。良くて意識不明の重体ってとこだろ。だってトラックとっても大きかったものあれ多分致死量だもの。

 ってことは何か? よくある異世界転移・転生ものみたいに俺異世界に行っちゃうの? 死んで異世界転移的なあれなの? 信じていいのパパ。

 しかも、しかも転移先はあれほど愛してやまないランハーの世界。これもしかして控えめに言って大勝利なんじゃないか。


「いやったぁああああああ! さあゲートちゃん! 俺をランハーの世界に! いや、リア様の元に連れてっておくれやす!」


 気が動転した俺は口調まで変わりながらくねくねとした謎の動きのままゲートを進んでいく。やがてゲートが終わると眩い光が俺を包んだ。


「うっひょー! キタキタキター!」


 テンションマックスで叫ぶ俺。そりゃそうだろう。ずっと恋してきた清楚な女神様にようやく会えるのだ。この光が消えれば空中から現れた女神リア様が両手を広げ“あなたを待っていました”と神々しく迎えてくださるのだ。あ、やばい鼻血でそう。

 そうこうしている間に光が晴れ、俺の目の前には西洋の神殿風の広間が映った。


「ぐぉーっ! ぐがががが……!」

「…………は?」


 結論から言うと、女性はいた。でも寝てる。腹を出して寝てる。しかもその腹をぼりぼりと掻いてる。顔はリア様そのものだが、明らかに別物だ。

 透き通るような白だったはずの肌は褐色で、化粧もなんだかケバケバしい。そして輝くような青だったはずの髪は明らかに染料で染めたようなわざとらしい金色に染まっていた。

 スレンダーだったはずの体はボンキュッボンのセクスィーな体に変わり、俺の好みからは大きく外れている。そんな女性の右手には空になった酒の一升瓶が掴まれ、コップすらないところを見ると恐らくラッパ飲みしたのだろう。あらまぁー。昨日はずいぶん晩酌なさったのねってふざけんなコラ。俺のワクワクを返しやがれ。

 いやしかし、まさかとは思うが、これがリア様ってことはないよな?


「いやいやいや。ないよ。これはない。いくら顔が同じでも、こんなのがリア様なわけがない」

「ううーん。大将ぉ。焼きそば定食焼きそば抜きって言ったじゃんかぁ……」


 どういう夢見てんだこのひと。しかしまあとりあえず起こさなきゃなるまい。


「あのー、もしもし? どなたか知りませんが起きてくださーい」

「うみゅ……アルコール度数は百ないとお酒じゃないぞぉ……ぐー」

「それだたのアルコールじゃねーか! いいからおーきーろー!」

「うにゃあ……だきまくらほぴぃ!」

「どわぁ!?」


 いきなり女性に抱き着かれた俺は地面に組み伏せられ、顔面におっぱいを押し付けられる。柔らかいし温かい。しかしそれ以上に―――


「酒くせぇ! 離せ酔っ払い!」

「酔って何故悪いか! 私は抱き枕が欲しかったんだよ! 昨日お店が閉まっててギリギリ買いそびれたんだ!」

「知らねーよ! いいからはーなーせー!」

「やーだー!」


 どうでもいいけどこいつ力つよっ! 全然振りほどけねえ。こうなったら……


「急性アルコール中毒、二日酔い、酒税の増税……」

「ひぃっ!? やめて! なんか不安になるその呪文やめて!」

「やっと起きたか」


 俺は女性の胸の中で大きくため息を落とす。なんでもいいから早く離してくれ。


「でもまあ、不安に苛まれてはいけないね。んじゃおやすみ~」

「寝るなぁああああ! 起きろぉ! 俺を導け!」

「うるさいなぁもう……なんなの?」

「俺のセリフなんですけど!?」


 ようやく俺を離して起き上がった女性は、全身を灰色のスウェットに包まれ寝ぼけ眼でこちらを見ている。どうやらまだ完全に目を覚ましていないようだ。


「ていうかあんた誰よ? 俺は一体どうなったんだ?」

「んぁー……君もしかして転移者? 死んじゃった系?」

「死んじゃった系だよ! でもそんな軽い調子で言われるとは思わなかったよ!」

「あはははっ。ウケる」

「ウケんな!」


 俺は痛くなってきた頭を抱える。女性はそんな俺の顔を覗き込むようにまじまじと見つめてきた。


「ほうほう。凶悪な顔だねー。さては酒の飲みすぎかな?」

「ゲームのやりすぎだよ!」

「あははっ。そんな威張ることじゃないっしょー。超ウケるんだけど」

「なんか軽いなぁ……死んだって実感が薄れてきたわ」


 がっくりと肩を落とす俺。女性はぽんっと俺の肩を叩くとにっこり微笑んだ。


「まあおっけーおっけー。転移者ならこのリア様がばっちり導いちゃうよん☆」

「ああそうだよ。導いてく―――はぁあああああ!? リア様ぁ!?」

「呼んだ?」

「呼んだけど呼んでねーよ! リア様ってもっとこう、清楚で白い肌で優しいお姉さんだろ!? あんたチャラいじゃん!」

「ちぃーっす☆ ありがとうございまーす☆」

「うざっ! とにかく前言を撤回しろ! あんたがリア様なわけがねえ!」


 俺の初恋の人がこんな、こんな姿になるわけがない。百歩譲ってスウェットは許すが、酒飲んでいびきかいてんのはアウトだろ。絶対に認めんぞ。


「君がなんと言おうとアタシはリアだよ~。ところで君の名前は?」

「俺か? 俺は高瀬光輝だ」

「じゃミッチーだね! よろしくミッチー!」

「誰がミッチーだ! 友達にも呼ばれたことねえわ!」

「友達いるの?」

「いねえよ! 泣きたくなるから看破すんのやめろ!」


 何この子。俺の心を遠慮なくえぐってくるんだけど。いやそれより、ここはランハーの世界じゃないのか?


「なあ。俺の知ってるランハーの世界とあまりに違うんだが、これどゆこと?」

「さぁ? ……あ、でももしかして、転移する時何か問題があってバグってんのかもね」

「バグってるの!? あ、もしかしてあの時か!」


 転移する前、俺は自分の血で濡れたゲームパッケージを見た。あの様子では中のディスクまで血まみれだろう。ひょっとしたらそのせいでこの世界にバグが生じているのかもしれない。


「アタシもこの世界の案内役として生まれたってこと以外は知らないからぬぇ。あ、そうそう。あそこにある聖剣とりあえず抜いちゃってくれる?」

「そんな“書類のコピーとっといてくれる?”みたいなノリで言うなよ! ていうか聖剣なんてランハーに出てこねぇから! 恋愛シミュレーションゲームだから!」


 そういうゲームじゃねえからこれ! という勢いでまくし立てる俺。しかしリアはボリボリと腹を搔きながらぱたぱたと手を上下させた。


「まあまあ、いいじゃん! ここは一発抜いとこ? この先きっと有利になるから!」

「そんな資格試験みたいに言われても……いやまあ、異世界で生き抜く以上武器は必要か」


 俺は聖剣の前に立ち、ごくりと唾を飲み込む。この剣の存在もバグなんだろうが、こっから先異世界を生きることを考えれば強力な武器を手に入れない手はない。俺は恐る恐る聖剣の柄に手を伸ばした。


「ええい、ままよ!」

「おおーっ! いい抜きっぷりだねぇ! さすがヌクことには慣れてる!」

「下ネタじゃねーか! 頼むからその顔で下ネタ言わないでくれる!?」


 なんか泣きたくなってきたよ。あれ? ていうか聖剣の様子がおかしいんですけど。なんか振動してるんですけど。


「うぉぉぉい!? なんかめっちゃ震えてるぞ!?」

「わぁー。やばそう」

「呑気か! ちょっとこれやば。うわぁあああああ!?」


 聖剣の振動が最大になったその瞬間。聖剣はその輝きを最大にして俺たちの目をくらませ、気付いた時には俺の手にハリセンが握られていた。


「……は? ハリ、セン?」

「ハリセンだねぇ」

「いやなんでハリセンだよ! さっきまで剣だっただろ!?」

「んんー。なんでだろねぇ。これもバグじゃん?」

「お前それ言っとけばいいと思ってんだろ!?」

「それ以外に原因思い当たる?」

「思い当たらねえよ! ていうか多分バグだよちくしょう!」


 俺はハリセンを持ったまま両手で顔を覆う。やだもうこの世界。何もかも狂ってやがる。


「まあいいじゃん。ミッチーってツッコミ系だし、ぶふっ、せ、聖剣がハリセンでもおっけだよ。ぶふぅっ」

「笑っちゃってんじゃねーか! もういっそ爆笑しろよこんちくしょう!」

「ねえねえミッチー。アタシって普段下着付けてないんだよねー」

「突然何のカミングアウト!? ていうか下着つけろよ! いや知らねえよ!」

「ぷぇー。そこはハリセンでツッコんでよぉ」

「使わせたがんな! ていうかこれ一応聖剣だからね!? 死んでもしらんぞ!」

「大丈夫だよぉ。アタシほら女神だし」

「今のところ女神要素ゼロなんですけど!?」

「あざーっす☆」

「褒めてねえ! ていうかこれからどうすんだよ!」


 ハリセン片手にツッコミを入れる俺。あー、なんかしっくりくるのが余計嫌だ。


「あそこにほら、下界へのゲート的なものあるから。そこに行けばいんじゃね?」

「てきとうな上に投げやり!」

「まあまあほらほら。さっさと行こ?」

「押すな! 待て待て! なんかこのゲート禍々しいんですけど!?」


 リアが指さした先にはブラックホールのような穴が空いており、どう考えてもめくるめく恋愛シミュレーションの世界に行けるとは思えない。しかしリアは無意味な腕力でどんどん俺をゲートへと押した。


「えーいっ☆ 女神プッシュ☆」

「ぎゃあああああああ!?」


 俺はハリセン片手にゲートの奥へと落ちていく。そうしてたどりついた先は、小高い丘の上だった。


「うう。生きてる。ていうかここはどこなんだ?」


 周囲を見回しても山があるばかりで、ここが異世界かどうかすら判断ができない。

 そんな俺の肩をとんとんと細い指が叩いた。


「なん―――うぶっ!?」


 振り返ろうとした俺のほっぺに細い指が刺さる。誰だこんな古典的なことすんのは。


「あはははっ。引っかかった引っかかった☆ やーいやーい!」

「リアぁ!? なんでお前ここにいんだよ!」


 ランハーでは確か女神は導入部分とラストシーンにしか出てこないはずだ。いやまあこいつを女神を認めたくはないが、とにかくここにいるのはおかしいだろ。


「だってー。ミッチー面白いんだもん。アタシも付いてこーと思って」

「動機が軽い! ていうか服装も変わってねぇか!?」


 リアは白い布を身に纏い、ゴールドのチェーンが腰元辺りに光っている。その服装は俺が恋したリアそのものだったが、中身は完全にチャラいギャル? だ。


「アタシだって外行くときは着替えるよぉ。似合ってない?」

「似合ってないっていうか……違和感がすげーよ」


 繁華街あたりにいるギャルが女神の服を着てハロウィンではしゃいでる感がすごい。いや、それ以上に服に収まりきっていない胸が困る。目のやり場に困る。


「あー。もしかしてお姉さんのおっぱいにドキドキかぁ? ミッチーのエッチー☆」

「あだ名にすんなあだ名に! ていうかマジでついてくんのか!?」

「もっちろん! あ、じゃあとりあえず目の前の丘を登ろうぜ!」

「ちょっ!? しかもお前が先導すんのかよ!」


 俺は丘を駆け上ったリアを追いかけるため、ハリセンを腰元に装着する。

 そのまま走り出すと、丘の上から遠目に街が見えた。


「おい。街が燃えてるんだが?」

「やばいねー。超燃えてるねー」


 西洋風の街並みは赤く燃え。ところどころにモンスターらしき影が見える。


「いや違うんだよ。ランハーはもっと平和な街で女の子達とキャッキャウフフするゲームであって、こういうバイオレンスなやつは違うんだよ。世界観ぶっ壊れてんじゃねえか俺も壊れそうだよ」

「よし! なら行くんだミッチー! その聖剣(笑)と共に街を救え!」

「え? あのモンスターと戦うの? 嘘だろ?」

「だってぇ。あれバグなんしょ? じゃあ修正してあげなきゃ。君の旅はそういう旅なのさ!」


 あーなるほど。俺が世界を修正しろと。このハリセンで、元の恋愛シミュレーションゲームに戻せと、そう言うわけ。


「……だ」

「んぅ?」

「いやだぁああああああああ! 俺の平和な日常を返せええええええ!」


 俺はハリセン片手に頭を抱えて大空に叫ぶ。リアは口をωの形にしながら「んなこと言ってもにぇ」と呟く。

 こうして俺の異世界転移? は、めちゃくちゃすぎるスタートを切るのだった。

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