やさぐれブレッド
「塩入りのパンを用意すると…… しかし、うちでは給食はおろか、学食のようなものすらありませんが?」
「近くにパン屋があるだろ? あそこに頼めばいい。 んで、放課後に特別授業を設けて、そのパンを配る」
実際に店で働いている人間の話も交えれば、生徒は社会の授業の延長だと思うし、作った本人がその場にいれば、どんなパンでも食べない訳にはいかないだろう。
「……なるほど。 では、実際に話をしてみましょうか」
校長は机の上に置いてあるパソコンで、やさぐれブレッドの電話番号を調べ、固定電話で連絡を取った。
校長が授業の意図を伝えると、相手はそれを快諾。
その際、夏バテ対策で塩入りのパンを用意して欲しい、と要求を伝えると、少し考えてみる、との返事が返って来た。
「おっし、話はまとまったみてーだな」
6月10日、土曜。
時刻は4時だ。
この日、体育館に全校生徒350名と先生を交え、パン屋の講演会が行われる。
俺は校庭に出て、パン屋のワゴン車から、出来立てのパンを体育館に運ぶのを手伝っていた。
大き目の四角いトレーには、パンが所せましと並んでいる。
パン屋の店員がそれを3段重ねにして渡してきた。
「あったけーな。 どんなパンなんだ?」
「後でみんなと食べればいいよ」
俺の独り言に返事をくれたのは、パン屋の店長だ。
女の店長で、まだ20代らしい。
印象としては、ボーイッシュな感じだ。
体育館には生徒が既に待機しており、店長の講演が終わった後、パンを食べるという流れだ。
俺は舞台の裏に隠れて、そこから生徒の様子を確認する。
教室に監視カメラをわざわざ設置しなくても、ここからなら生徒を一望できる。
待っていると、店長が壇上に上がって生徒に挨拶をした。
「初めまして、やさぐれブレッドの金成遥です。 こういうのは初めてなんで、うまくしゃべれるか分からないですけど、よろしくお願いします」
ここから、パン屋で働き始めた経緯、パン屋をしていて大変なこと、嬉しかったことなどの話を20分間して、質問コーナーを得て、パンの配布が始まった。
「これはあんパンに塩をまぶしたものです。 塩は餡子の甘さを引き立てる効果があり、ここで好評なら実際にお店に並べようかなって思ってます」
生徒は、うまそう! とか、餡子かぁ、とか言いながら、パンを口に運んでいく。
俺は素早く視線を走らせた。
「見つけたぜ……!」
パンを口にしてないやつが3人。
全員、生徒だ。