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8話

「お、ここにもありましたぜお嬢様」

「騎狼ね、割と面倒な魔物なのだけど……一撃か」


 私達はアドラス様の跡を追って探索を進めたが、彼らはかなりの強行軍をしているようだった。倒した魔物から魔結晶を取り出しもせずに、奥へ奥へと進んでいっている。


 本来、中層にはそれなりに強い魔物が現れる。鋭利な角が生えた狼の騎狼、強い酸性の毒を吐き出す蛞蝓のオレンジスラッグといった、初級の冒険者では対処の難しい魔物が数多くたむろしているのだが、今現在の私達はあまり遭遇することなく探索を続けている。ある意味、彼らに露払いをしてもらっている形だ。……というか、先に休憩していた私達を先に行かせたほうが明らかに彼らの消耗は少ないはずなのだけれど。急ぐにしても無駄な戦闘を避ける方が良いだろうに。それを言うと禿頭のマークが


「あまりダンジョンでの立ち回りを知らんのかもしれませんな」


 と言った。


「あまり切った張ったには慣れてない家柄のはずだからね」


 マークの言葉に私は頷く。

 しかしそれを思えば、彼らがこんなところで急いでることそのものが不審である。


「ですがあれだけの重装備でこうも強行軍できるとなると、魔道具ってえのはホンモノですな」


 そしてアイザックが倒れた騎狼の死体を検分しながら呟く。

 これは間違いなくアドラス様達が倒したものだろう。

 どれも剣の一振りで叩き切られているか、メイスの一振りで押し潰されている。

 確かな力量を感じさせる死体だった。


「……悪いけど、剥き取ってる時間は無いわ」


 ダンジョン探索中、青魔結晶以外はすべて彼らの取り分という約束だった。そして放置した魔物の魔結晶は、名付きの魔物や検証首の魔物でもない限りは横取りされても文句が言えないのが冒険者の習わしである。つまり、これは彼らの貴重な収入源の一つであった。


「わかってまさぁ」

「というか、あっしらも他領のお偉いさんのおこぼれに預かろうとは思わんですよ」


 アイザック達が頷き合い、また歩みを進めた。


 私達は私達になりに急いだ。アドラス様達と遭遇しなかった魔物も居て戦闘となることがあったため、警戒を怠ることはできなかった。だが次第に下の階層に近づくにつれて距離は縮まっていった。いかに相手方の足が速いとは言え当然の帰結だろう。下の階層に行けば行くほど魔物は強くなり、倒すのにも時間がかかる。どれだけ腕があろうが、あるいは強い武器があろうがそう簡単には行くまい。下層に辿り着いたあたりで、アドラス様一行の会話が耳に届くまでになった。声をかけようと思ったが、何か真剣な話をしている気配がして声をかけそびれた。


 近づいてみると、アドラス様の部下達が相談をしているようだった。


「ここで時間を食いつぶしては納期に関わるかと……それにどうも魔物の生息数が予想より少ないです。見切りをつけたほうが良くはありませんか?」

「おい待てよ、ここで採れない方がマズいぜ、今の時期じゃ市場には質の良い魔結晶は出回ってねえ。踏ん張りどころだ」

「それに絶対数の問題じゃない、青魔結晶を持ってる一体が居ればいいんだろう」

「だから絶対数が少なければその確率も下がるでしょう!」

「領外の商人をあたってみては……」

「バカ、それこそ時間が無くなる」

「やはりここは在庫の魔道具をバラして、魔結晶の書き直しで誤魔化すしか……」

「それをやったら魔結晶の寿命も性能も半分以下だぞ! 詐欺だ!」

「修理すると言って誤魔化せば良いんですよ」

「次の客は目利きにうるさいんだぞ! バレたら信用問題だ!」


 などと、聞いているこちらの胃も痛くなるような意見を交わし合っていた。


 そっか、また納期で困ってたのか……切羽詰まっているんだなぁ……。


 その一行の中心でアドラス様は兜を脱ぎ、難しい表情をして黙って話を聞いている。


「……ジム」

「へい」

「だいぶ疲労してるみたい。回復魔術かけてあげて」

「わかりやした」


 ジムも何か彼らに同情する表情を浮かべつつ、呪を唱える。


『清らかなる若き水よ、かの泉より涌きいでよ』


 これは、邪気を祓って悪霊の類を遠ざけると同時に、周囲の人間の体力を回復させる聖水の術だ。ジムはアイザック達の住む村の教会の、神父の息子だ。そんな生まれの割に酒好きで落ち着きがあまり無いが、こうした回復の魔術は使い込んでおり村人にはなかなか頼りにされているらしい。


「おお、これは……!」


 アドラス様一行が驚いてこちらの方を振り向いた。


「失礼いたしました。お疲れのようでしたので」


 一瞬、アドラス様が複雑そうな顔を作ったが、私の顔を見るとすぐに立ち上がり、


「……かたじけない」


 と、丁寧に例を述べた。


「ここは我が所領のダンジョンですから、ここを探索する冒険者はみな領地の味方のようなものです。礼を言うのは私の方です」

「それでも助けてくれたことには変わらぬ。ありがとう」


 その言葉には真実の色があった。それはアドラス様の誠実さのためでもあり、術による回復にありがたみを感じるほど消耗していたということでもある。


「御用はまだ済んでいらっしゃらないのですか?」

「ああ」

「その……何かお探しの採集物でも?」

「うむ、まあ……」


 私は正直、アレを求めているのだろうなと大体予想がついている。

 そして、素直に私に打ち明けないということも、何となく察している。


 アドラス様の部下は、不安げにアドラス様を見ている。


 仕方ない、ここは助け舟を出すか……と、私が思った瞬間、


「……ええい、腹を割って話そう!」

「え?」


 と言って、アドラス様はどかりと腰を下ろした。


「見たところ強い冒険者を連れていらっしゃる。加えてアイラ殿自身も探索には慣れている様子。……恥ずかしながら、それを見込んで頼みたいことがあります」

「……はい」


 ……なんだ、意外と素直じゃないか。この人。


 腹を割ってくれることは、素直に嬉しかった。


◆◇◆


「……つまり、青魔結晶が出たら買い取りたいというわけですね」

「ああ」


 私達のパーティとアドラス様のパーティで共に休憩をとり、情報交換をすることとなった。

 そこでわかったのは、やはりアドラス様はここで魔結晶を探しに来たということであった。


 そもそも魔道具製作に忙しい職人がわざわざこんなところに来るのだとしたら、それは魔道具作りに欠かせない物を探すために違いないのだ。だがアドラス様は私に「予備がある」と言ったり「賠償は要らない」と言った手前、魔結晶を探しに来ましたとは言いにくかったのだろう。……という推測は表に出ないようにしつつ、アドラス様に話の続きを促した。


「その、青魔結晶は冒険者から買ったという話でしたが……」

「ラーズ公爵にお渡しする分については何の問題なかった。むしろ最高傑作だった……が、あの見合いの後につい慢心して……次の仕事で魔術を刻印するのに失敗した。青魔結晶の在庫が尽きてしまった」

「なるほど……」


 それは手痛い失敗だろう。素人でもわかる。そして魔道具職人であるアドラス様が私に打ち明けたということは、言葉通り腹を割って話してくれている何よりの証拠だ。


「アドラス様、私も腹を割って話します」

「む?」

「私も、青魔結晶を探しに参りました。姉の不行状を詫びるために」

「いや、それは……」

「確かにアドラス様は水に流すと仰いました。かといって、こちらもありがとうございますと言って甘えてしまっては末代までの恥です。ですから、青魔結晶が出たらすぐにお渡しします。対価は要りません」


 私がそう言うとアドラス様は一瞬ホッとした表情を浮かべ……だがすぐに顔を引き締め、首を横に振った。


「いや、あの場で賠償は貰わぬと一度口にしたのだ。撤回するわけにはいけない。二言はない」

「我が家としても引き下がるわけには参りません。筋は通さなければ貴族ではありません」

「だからといって、こうして危険を侵してくれるのだから対価は必要でしょう。今回の魔結晶の破損は私の失敗でもあります」

「人間誰しも失敗します。予想もつかない不幸も訪れます。だからそうしたときに助け合うのは人の世の常でしょう?」

「あの場であなたに叱責するような無礼をした私には、そのような施しを受ける権利はないのだ」

「施しではありません。お詫びです。受け取って頂かねば私の気がすみません!」

「いやいや、そういうわけには!」

「いえ、こちらこそそういうわけにも!」


 あれ、ここで甘えてくれなければ私に立つ瀬は無いのだけど……。

 何もこんなところで意地を張らなくても良いと思うのだが。

 ああでもないこうでもないと、答えの出ない話し合いが続いていく。


「……意外に強情だな、こういうところは姉妹か……」


 ぼそり、と呟くように声が漏れた。ついでにため息も漏れた。

 はい、ちゃんと聞こえました。


「……強情って、それはアドラス様の方では?」

「なに?」

「そもそもアドラス様、仕事続きで体力も十分に回復していないでしょう、そんな状態でダンジョンに潜るなんて無謀も良いところです。部下や雇いの冒険者に任せれば良いではありませんか」

「僕の魔道具を十全に使うには僕が同行するのが一番であるからな。この鎧と剣、頼りになる部下、そして僕さえ居れば、そこらの冒険者を雇うよりも遥かに盤石だとも。魔物など何ほど恐れるものか」


 その言葉に、私の後ろに控えたアイザック達が軽くむっとする気配が伝わる。

 アドラス様に悪意はないが、その「雇いの冒険者」は、ここでの探索には一家言あるのだ。

 先代当主であるお祖父様と共に魔物を倒し近隣に平和をもたらしてきたのは彼らである。

 他の場所ならいざ知らず、この場で軽んじられることは快くはあるまい。


 それを知ってか知らずか、アドラス様の背後に控える鎧男達はどこか自信ありげだ。

 彼らは彼らで、アドラス様の用意した武具に絶対の自信を持っているのが見て取れた。


「……その割には弱気な相談をしていたようですが」


 だが、先程まで彼らは撤退するか進むべきかの相談をしていたように聞こえた。

 間違いなく進退窮まった状況のようで沈鬱な空気を醸し出していたはずだ。


「ぐっ……盗み聞きとは不埒であろう!」

「不埒でもなんでも構いません! 私達が魔結晶を手に入れてご覧に入れます。素直に受け取ってくださいまし!」


 つい大声を立てて睨み合った……あれ、なんで私達、睨み合ってるんだろう。


 ちょっとまった私、冷静になるのよ。


 だが、アドラス様の言葉でその冷静さも吹き飛んだ。


「ならば勝負と行こう」

「勝負ですって?」

「貴殿らがぼくらよりも先に青魔結晶を手に入れたならば、素直に受け取る。次期当主として頭も下げよう。だが僕らが先に青魔結晶を手にしたならば、今後ぼくのやり方には口出し無用だ」

「わかりました! 私達が先に青魔結晶を手に入れてご覧に入れます! いざ尋常に、勝負です!」


◆◇◆


「お嬢様……」


 アイザック達が可哀想なものを見る目で、うなだれる私を見つめてくる。


「ごめんなさい、わかってる」

「あちらさんも頭に血が上ってるとはいえ、こんなところで売り言葉に買い言葉はいけませんぜ。ダンジョンでは冷静さを失った冒険者や油断した冒険者から先に死んじまうんです」

「うん……冒険者としてあるまじき行為だったわ」


 というか貴族としても考えものだ。


 本当は、ちゃんとお礼を言いたかったのだ。再びアドラス様に会ったら、お見合いの場で私のために怒ってくれてありがとうと伝えたかった。だがこんなところで出会って、もしかしたら姉のせいでまた辛い目にあってると思ったら心配になってしまい追いかけた。追いかけている内に、知らず知らずの内に冷静さを見失っていた。


「そ、その、本当は無謀な冒険をしてないか不安だったのよ」

「……連中の力量は確かですが、あっしらほどの実戦経験は無いでしょう。立ち回りはどうも素人くささが抜けてない。お嬢様が心配するのもよくわかります」

「ただ、向こうも強情だし……お姉様のことを持ち出されると……」

「確かにグラッサ様は、その……アレでしたから……比較されたくないのはわかります」


 そう、すごくアレな人だった。

 アイザックだけじゃなくマークやジムも無言の同意を示すほどアレだ。

 その意味ではアレな人を結婚相手として送り出そうとしたのはとてもよろしく無い。


「それに、あっしらが軽んじられて怒ってくれたことは領民として嬉しい限りです。ありがとうございます」

「うん」

「ですが」

「……うん」

「向こうは、あっしらがいつもここで探索してるなんてこたぁ知りますまい。失言ってほどの失言じゃありません。そもそもあのダンナを助けたかったんでしょう? それで挑発してどうするんです」

「……そうよね」


 自分の負けず嫌いな性格が嫌になってしまう。

 勝負と言われると、お祖父様の「勝負から逃げるな!」という教えを反射的に思い出してしまう。


「ともあれ気持ちを切り替えましょう。まずは青魔結晶を手に入れることが先決です」

「そうね……それに」

「それに?」

「ここで魔物を多く倒せば、お互いのパーティにとって安全だわ」


 その言葉に、アイザック達はよく気付いたとばかりに微笑んだ。


「その通りです。同じ階層に顔見知りが居るってことは危険が半分ってことです。勝負という形になったのは悪いことばかりとも言えませんぜ」


 そうだ。まず誰が勝つとか負けるとかの話よりも、青魔結晶を手に入れてアドラス様の仕事を無事に完遂させることが大事なのだ。ここでの探索は手段であって目的ではないということを心に刻まなければいけない。


「アイザック、ジム、マーク。私の我儘で悪いけど、力を貸してほしい」

「おまかせください!」


 私が気合を入れ直してそう告げると、アイザック、マーク、ジムの三人は朗らかに頷いてくれた。


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