表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
7/68

7話

「アイザック、落ち着いて……ごめんなさい、魔物じゃなかったわ」


 慌てふためいたアイザックをなだめつつ、声をかけた人物に目を向けた。


 この鎧姿の男達、見た目ははっきり言ってゴーレムとほぼ同じだ。頭も顔もすっぽりと覆うヘルメット。これといった衣装や飾り付けが無くどの国の物とも知れぬ全身鎧。だが流線型の形状からは機能美へのこだわりが感じられ、そうした雰囲気も魔術師の作ったゴーレムと似ているような気がする。だが、鎧の中身は明らかに人間だ。ならば名乗らねばなるまい。


「私は領主グレン=カーライルが息女、アイラ=カーライル。魔物の討伐のために来ている。そなたらは何者か」


 私の言葉を聞き、鎧男達は慌てふためいた。

 魔物や人外ではないにしろ、誰何すいかしなければならない程度には怪しい連中に思える。


「……どうします、旦那」

「どうもこうも、名乗らんわけにもいかんだろう」


 集団のリーダーらしき男が前に進み出て、兜の留め具を外し始めた。

 そして兜を脱ぐと、はらりと長い金髪がこぼれる。


「えっ、あ……」


 そこに現れたのは、ついこないだ見かけたばかりの忘れもしない男の顔だった。


「このようなところで奇遇だな、アイラ殿」


 私のお見合い相手、アドラス様であった。


「アドラス様、いったいどうして」

「……魔道具の実験を兼ねて魔物退治に、な。ここは冒険者として来るならば、他領の人間であっても出入り自由であろう?」

「まあ、それはそうですが……」


 何も次期当主であるあなたが来るほどの理由が? と思わないでもない。

 もっとも領主の娘である私が来ているのだから、立場的には似たようなものだろうか。


「アイラ殿こそいったいどうして?」

「あ、いえ、このところ魔物が増えたと聞きまして、帰省ついでに退治しようかと」


 と、無難な言い訳でごまかした。彼に渡す魔結晶を手に入れた後に言うならばともかく、空手形のままで「あなたのへの弁償のための魔結晶を探しているのです」などと、ある意味恩着せがましい発言をするのは格好が付かない。


「……魔術学校に通っていると聞きましたが、剣も使われるのですか?」

「ええ、祖父からの手習いですが、ここの探索は既に何度も経験しています。……あ、休憩に使うならこちらをどうぞ。魔物除けの香もまだ効いておりますし」

「それはお気遣い痛み入る。だが少々急ぐので……すまないが、お先に失礼致します」


 急ぐ?


「どんな理由があるかは知りませんが、そんな全身鎧を着て強行軍など無謀では……」


 彼らはパッと見の見た目からして、重装兵以上の重装備だ。全身鎧だけではなく、重厚なメイスや分厚い鉈のごとき剣を装備している。ここまで来るのだって一苦労だったはずだろう。アドラス様の身長は平均より高い方ではあるが、体格は戦士のようにがっしりとはしていない。給仕と私の二人で簡単に運べたのだ、日常的に体を鍛えてはおるまい。


 だが、アドラス様は涼しい顔で首を横に振る。


「ふふ、そう見えるならば幸いだ。僕の魔道具を評価して貰えたことに等しいのだから」


 そしてアドラス様は微笑みを見せた。

 今まで彼の顰め面か厳しい顔しか見ていなかったので、新鮮な印象がある。

 なるほど、こういう顔をする人なのか。


「魔道具……って、もしかしてその鎧のことですか?」

「うむ、この鎧には力を増幅する魔術を込めている。見た目としては重苦しいかもしれないが、革鎧と同程度に軽快に動けるのだ」

「増幅……では剛力の術を?」

「おや? 強化魔術を知っているのか、博識だな」

「いえ、私も使えますので……でも、魔道具に付与するのでは危ないのでは? 動きなれない人に強化魔術を使うと怪我もしやすいですし」

「そう……その通り、そこが課題だったのだ」


 そしてアドラス様は自慢げに、この鎧がどのような性能を発揮するか、開発にどんな苦労を要したかを嬉しそうに語り始めた。目をキラキラとさせながら語る姿は年齢よりも若く見える。そういえば私の通っていた学校の先生にもこういう人が居たなぁ……。自分の研究成果となると時と場所を忘れて夢中になって演説するのだ。この人もまさに学究の徒の仲間なのだろう。


「……このように全身鎧にしているのは敵からの攻撃を防ぐだけではなく、強化された自分の力から自身を守るためでもあるのだ。魔術師が直接唱えるほどの大きな効果は得られないが、それでも十分に探索の助けとなる。あるいは騎士団や軍の行軍などにも良い。兵の消耗を格段に減らすことができる」

「なるほど……」

「魔術というのは鍛錬が必要だ。そこを道具で補い、万人が使える技術に落とし込むことが我がウェリング魔導工房にとっての使命であり……」


 気付けばアドラス様から講義を受けている気分になってきた。自分の専門に関わる話なので、聞いていて楽しさすら感じる。が、他の男衆はあまり興味が無いらしく眠そうな顔をしていた。


 そしていよいよ話が盛り上がってきたあたりで、部下らしき人間が心配そうにアドラス様を押しとどめる。


「あの、アドラス様……急ぐと言ったばかりでは」


 その言葉を聞いて、アドラス様は恥ずかしそうに言葉を止めた。


「……はっ。す、すまない、アイラ殿。つい話すのに夢中になってしまったようだ」

「いえ、気になさらず」


 私にとって支援魔術はともかく魔道具製作は素人に毛が生えた程度だが、この手の専門家の話は嫌いではなかった。それに実際に革鎧と同程度の軽快さで重装備を着て動いたり強化魔術を安全に使えるというならば自分でも欲しいくらいだ。おそらく買うとなると相当値が張るだろう。……くれないかな。


「ではすまないが失礼する。アイラ殿もお気をつけて」


 と言って、アドラス様一行は奥へと旅立っていった。

 がしゃりがしゃりと重い音を立てているが、それによって歩みが遅くなっている気配はない。


「あれがお嬢様のお見合い相手ですか」

「ええ」

「その、こう言ってはなんですが……変な御方でしたね」

「……そうかも」


 アイザック達は彼らに珍妙な印象を抱いたようだ。私としてもまさかこんなところで魔道具の講義を賜るとは思ってもみなかった。まあ話に聞く限り魔道具作りの才能はあるのだろうし、才能と同じくらい珍奇な部分もあるのかもしれない。冒険者とはまったく違う気配をまとっている彼らをどう評価すべきか今ひとつよくわからずにいた。あえて私の知る人で例えるならば……魔術学校の教師が一番近いかもしれない。もし私の学校で教鞭を取っていたとしたら人気は出るだろうな。


「……しかし、大丈夫ですかね」


 ジムが顎に手を当てて不安げな顔をして呟いた。


「まあ、着ている鎧が言う通りの物なら大丈夫と思うけど」

「いや、そうではなく……。ここから下の階層の魔物は悪霊なんかもいますぜ。どうも装備を見る限り全員前衛のようだったと思うんですが」

「魔道具の職人だから、そこは準備してるんじゃない? むしろ私達よりも魔術の専門家に近いでしょうし」

「ああ、そうか、前衛っぽいのは見た目の問題か」


 虎牙義戦窟の下層には動物霊や地霊といった、物理的な攻撃の効きにくい敵もいる。その対策がなければ探索は無謀だ。まあ魔道具を作る人間は、魔道具に刻みつける魔術が使えなければ話にならない。アドラス様が何かしらの魔術に熟達していることは確かだ。準備がおろそかとは考えにくい。


 ……ただ、それが実戦に即しているか、そもそも実戦慣れしているかまではわからない。


「ただ魔道具や魔剣で力量を嵩上げしてる連中ってのは得てして油断しがちですし……ちょっと心配ですな。アドラス様はともかく部下の方はあんまり士気が高そうに見えませんでしたし」


 と、アイザックが呟く。


「うーん……本人があれだけ自信満々に言うのだから大丈夫とは思う、けど」

「そりゃ自信あるように振る舞いますぜ」

「え、どうして?」


 アイザックがあたかも当たり前の事実のように言ったことが不思議だった。


「なんでって……そりゃお見合い相手に格好悪いところは見せられんでしょうな」 と、アイザックが言う。

「それに、グラッサお嬢様に逃げられてアイラお嬢様とお見合いするとなったら、そうそう弱気なところは見せたくないでしょう」


 続いてのっぽのジムが同情を帯びた声で言ってマークがそうだなと首肯する。


「……どっちかといえば私の家……というかグラッサお姉さまに咎がある話だと思うのだけど。あちらが私たちに協力を要請してきてもおかしくないでしょうし」

「家と家の関係で考えりゃそうですが……そうじゃありやせん」

「アイザック、どういうこと?」

「許嫁に逃げられたくらいなんでもないって、男だったらそう周囲に振る舞いたいもんでさぁ」

「……ええと、つまり」


 今のアイザック達からの説明を聞いて、ようやく頭の中で繋がった。


「……アドラス様は、お姉様のことで強がってる?」

「当てずっぽうですがね。でも次の婚約者に哀れまれるよりは、虚勢を張る方を選びますわな」


 アイザックの言葉に、マークもジムもうんうんと頷く。


「なるほど……」


 自分が気にしていたのはアドラス様の怒りばかりだったし、実際見合いの場でも彼は怒りを露わにした。だが、傷や弱みを隠すためにかえって自分を奮い立たせようとしているとまでは思い至らなかった。しかし説明されてみればそれが当然のことのように感じる。婚約者が別の男と逃げて、心に傷を負わないはずがないのだ。


 ただ、前回の見合いの場でアドラス様が気にしていたのは私の将来のことと自分の仕事の進み具合だ。失礼な話かもしれないが、もしかして姉が逃げて少しホッとしている部分があるかもしれないとすら思っていた。まあ確証もなしにあれこれ慮ったとしても見当違いという可能性もある。過度な思い込みはよそう。


 ただ、今のアイザック達の言葉は心の隅に留めておくべきだと感じた。


「って、あれ……?」


 そこまで考えたとき、引っかかるものがあった。


「どうしました、お嬢様?」


 彼の実際の心境はわからないにしても、彼の状況はわかる。

 見合いが終わってから数日しか経っていない。次の急ぎの仕事に追われているはずだ。

 なんでこんなところで冒険者まがいのことをしている?

 魔道具の実験って、そんな急がなきゃいけないものだろうか?


「休憩はそろそろにして出発しましょう。彼らを追いかけたい」

「心配ですか?」

「うん。アイザックはどう?」

「まあ、特に根拠のないカンですが同感です。まあ無事ならばそれでよし、もし向こうが困ってたらせいぜい高く恩を売ってやりましょうや」


 アイザックがにやりと微笑み、私達は出発の準備を整えた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ