68話
10/2に一迅社様のレーベル、アイリスNEOより当作品の書籍版が発売予定です。
(首都圏の漫画専門店などでは2日ほど早く店頭に並んでいると思います)
ご興味のある方はぜひともよろしくお願いします。
「さ、どうぞおかけください」
「はい」
私とアドラスは冒険者ギルドに来ていた。ギルド職員の中年男性に、普通の窓口とは別の会議室のような場所に通され二人並んで座る。
以前に冒険者ギルドに来たときとはうってかわって、職員はほがらかな顔をしている。
まあ気持ちはわかる。「依頼を放棄した上に嫁泥棒した冒険者を捉える」なんて尻拭いじみた仕事に頭を悩ませていたのだ、ようやく解決の芽が出てきたと思えば心は晴れやかだろう。
「ようやく依頼をこなせる者を用意できましてな。必ずや完遂できると保証致します」
「ええ。腕利きだとうかがっておりますが、ご紹介頂けますか?」
アドラスが言うと、職員が微笑む。
「お人が悪い、もうご存じなのでは?」
「ギリアムくんでしょう?」
「一人はそうです。ということは、他の人間はご存じない?」
「いや、彼以外のことは聞いておりませんね。アイラは?」
アドラスが私に尋ねるが、私は首を横に振る。
「私もギリアム以外の話はまったく……」
「でしたら丁度良い、今ここに呼びましょう。どのみち面通しは必要でしょうし」
と言って、職員は席を立って人を呼びに行った。
「誰だろう……?」
「まあ、遠くの街に出て銀級の冒険者と対決するんだ。単独ということも無いか」
「それもそうね」
しかしギリアムはどこかのパーティに臨時で在籍することはあっても、固まったパーティを組むことはあまり無かった。冒険者ギルドでどういう活動するか少々謎めいているところがある。私達と同じ学生だろうか、あるいは……。
と、思っていた矢先、すぐに職員が冒険者達を連れてやってきた。
「お久しぶりですね、お二人とも」
「うむ、受けてくれてありがとう」
一人は当然、ギリアムだ。
アドラスと髪の色は同じだが、彼はどこか野性的な雰囲気がある。
彼の静かな表情の裏にはちょっと手が付けられない獣が潜んでいることを知っているためだろうか。
鍛え抜かれた体には怪我一つ無い。私との決闘でついた怪我も完全に癒えたのだろう。
そして、彼以外に3人の冒険者が着いていた。
そのうち2人は見たことのある顔だった。
「あれ? 確か……モデーロくんにセラさん?」
「くんはやめてくだせえ」
禿頭の若者のモデーロは、確かダリアの後輩だ。
棒術と風魔法を得意とする器用な男だった。
「久しぶりだ、アイラ」
「よろしく、セラ」
魔法使いらしいローブに身を包んだ赤髪の女性はセラだ。
火球の魔法がとても鋭かったのを覚えている。
「どうしたのあなた達?」
「私が助っ人に呼んだんですよ。何度かパーティを組んだこともありますし」
「ギリアムも意外と顔が広いのね……。ところで」
そして、私は最後の一人の顔を見た。
「初対面になるのは俺だけか。ギリアム、先に言えよ」
「大したことじゃあるまい、ランドルフ」
見た目は、ギリアム達よりは一回り年上と言った感じの男性だ。
短く切りそろえた黒い髪、使い古したマント。
微塵の洒落っ気も無い代わりにいぶし銀のような熟練者としての気配が発せられている。
まるで一種の圧力だ。誰が見ても素人ではないと一目でわかるだろう。
「ランドルフ。冒険者だ」
「よろしくたのむ。アドラスだ」
「あ、よろしくお願いします、アイラです」
アドラスと私、順番に握手をした。
太く固い手だ。
これは……
「私の冒険者としての先輩でしてね。実力は確かです」
「あ、うん」
私やギリアムより、何枚も上の強さだ。
手を握った感触からして、相当剣を振っている。
だが剣士にしては軽装だ。
「どんな得物を?」
「杖と剣だ」
と言って、ランドルフは背中に差している杖と剣を見せた。
どちらも使い込まれているのが見て取れる。
魔法剣士のようなものだろうか。
「仕事内容は聞いてる。早速話をしたいのだが……その前に」
「なんだ?」
「俺の弟分が、申し訳ないことをした」
と言って、ランドルフは武器を床に置き、頭を下げた。
冒険者が武器を床に置くというのは恭順を示す礼儀作法だ。
「……弟分というのは、フィデルのことか?」
「ああ、世話をしたし世話にもなった」
「別に親兄弟というわけでもないのだろう。ならば頭を下げる必要は無いが」
「親兄弟ではないが、同じ一族ではある」
「ほう?」
同じ一族?
あれ、そういえば……
「ギリアムも同郷って言ってなかった?」
「お察しの通りですよ。私、フィデル、そしてこのランドルフは全員同郷というわけです」
「随分腕利きが出る郷なのね」
「ちゃんばら好きな野蛮人ばかりの田舎ですよ。しかし嫁泥棒さえも出てしまうとは情けなくて涙が出ますね」
などと皮肉げなギリアムをランドルフが思い切り叩いた。
ギリアムが悶絶し、ランドルフさんが手を顔にあてて溜息をつく。
ブラックジョーク好きな田舎だな……。
「すまん、茶化したいわけじゃない。こいつ最近どうも口が悪くて」
「いや、構わない」
アドラスが吹き出しそうになるのを頑張って堪えている。
あなたは笑うなり罵るなりして良いところだと嫁としては愚考します。
「ともあれ俺は奴の親や兄弟ではない。故に奴がしでかしたことの弁償はできない。だが同郷の人間の不始末を尻拭いをしたいという気持ちもわかって欲しい」
「力を尽くしてくれるのであれば僕は構わない」
「無論」
アドラスの言葉に、渋みのある声でランドルフは重々しく頷いた。
相当の腕利きだろう。
これならば問題あるまい。
お姉様も馬鹿なことをしたものだなぁ……と改めて思った。
思って、気付いた。
今の私はお姉様のことに対して、さほど黒々とした気持ちをもっていない。
なんというか、冒険者ギルドに依頼をすることも日常の雑務程度にしか感じていない。
まあ生きていて余所様に迷惑かけてなければ別に良いんじゃないの、くらいの軽さだ。
「アイラは何か伝えたいことはあるか?」
「そうね……」
今私が言葉に出したいことは一つだ。
「ランドルフさん、よろしくお願いします。それと……」
と言って、私は三人に向き合った。
「ギリアム、モーデロ、サラ。ありがとう、依頼に応じてくれて。ギリアムは卒業するんだからちゃんと卒業式までには戻ってこれるよう頑張って」
「なに、迷宮都市の往復などさほどの手間でもありません」
「往復とかじゃなくて、ちゃんと無事に生きて帰ってくるのが冒険者というものでしょ、と言ってるの」
「それはもちろん。頑張りますよ」
友人達への、感謝の気持ちが私の心の中に満ちていた。
◆
さて、それからは色々と慌ただしかった。
まずウェリング男爵夫妻……ブルック様とメリル様が王都に着いたのだ。二人とも王都には慣れているようで、懇意にしている得意先や屋敷の近所と懐かしそうに旧交を温めていた。
……だけならば良かったのだが。
「それでねぇ、ミスティったら酷いのよ。母さんにはわからないから口出さないで、ですって」
「はぁ……」
「でもあの子にはあの子のお祖母様の面影があって懐かしくなるのよね。仕事に夢中になると本当、ろくにご飯も食べないで夢中になって……」
「え、ええ……」
「そういえば昔はこのあたりはもっと雑然としてたのよ。野菜市場が隣にあって朝から本当にうるさくってうるさくって、野菜の仲買人と魔道具職人がケンカして今もいがみあってるの。本当古い話を引きずってるんだから笑っちゃうわ」
この人、茶飲み話が滅茶苦茶長い。
「これメリル。あまり息子の嫁に構うな」
「ええ、良いじゃないの。あまり向こうでは話もできなかったんですから。ところでどうしました?」
「ガーランド家に呼ばれての。お前もついてきてくれるか。あそこの奥方はお前の幼馴染みだろう」
「あら! 久しぶりねぇあちらに伺うのも。それじゃあアイラちゃん、悪いのだけれど席を外すわね」
「いえ、全然お構いなく!」
これは多分、ブルック様……お義父様が助け船を出してくれたんだろうな。
アドラスからもブルック様からも、無理に付き合わず適度なところで切り上げて良いとは言われているが、多分メリル様もあまり王都では仕事らしい仕事もなくて暇なのだろう。この屋敷では女中も職人も忙しそうにしているから、彼ら彼女らに構ってもらうのも控えている。
そして私も実はけっこう暇だ。い、一応この屋敷でできることは無いか模索したり、屋敷の仕事である魔道具について勉強したりはしているのだが。
ただ、彼女が居て色々と助かったこともある。具体的に言えば今後に控えている結婚式の流れや作法、あるいはどんな来客が来てどう応対すべきか等々だ。自分の実母がすでに亡くなっている以上、このあたりの知識を得るためにはメリル様が一番頼りになった。お話好き過ぎて脱線しやすいのが玉に瑕だが意外とそのあたりの知識が深く、他の貴族の奥方様からも礼儀作法やしきたりについて尋ねられることがあるらしい。
ちなみに私の実父はそのあたり全然頼りにならない。ほぼメイド任せだ。結婚式にしろ式典にしろ、使用人に任せきりは良くないんだけど。
そんな私の父グレンも、ウェリング夫妻より若干遅れてようやく王都にやってきた。流石に学生寮で親を迎える訳にもいかないので、ウェリング屋敷の客間を間借りして父と対面することになった。
◆
「忙しくてなかなか来れなかった。すまんな」
「いえ……まあ忙しい理由も想像が付きますので」
「結婚式の段取りはどうだ?」
「メリル様に采配を手伝ってもらっているので、特に問題もなく」
「そうか」
「あ、それとお姉様を捜索する冒険者も手配できました」
「……そうか」
などと、親子の割に他人行儀な会話が続いた。
前に帰省したときはお姉様の駆け落ちというとんでもない事件やコネルの襲撃事件等々があったためにあまり意識することは無かった。とにかく解決しなければいけない問題があったから、どうこう言ってる暇は無かった。
だが、それが片付きつつある今では……何を喋って良いのやら本当に悩む。
父も居心地が良く無さそうだ。
「……アイラ」
「あ、はい」
「式には弟も呼ぶ」
「はい」
と言って、私も父も押し黙った。
茶を飲んで時間を潰す。
だがそれもすぐに終わり、おかわりを女中に頼もうか……と思ったあたりで再び父の口が開いた。
「一度、あいつのところに行ったことがある」
「え、クライドのところにですか!?」
初耳だ。
あ、いや、よく考えたら弟のクライドは跡取りだ。
父親が一切様子を知らないという方がまずいだろう。
「あやつと話しててもこうなったな……。何を話して良いかわからなくてな」
「はぁ……」
「居心地の悪さが勝った。あやつも、おまえも、親父の教えを守って自分で自分を育てた。親らしいことはしなかったな」
それを、今更言われても困る。
大体、姉が居なくなったからそんな現金なことを言ってるんじゃないのか。
きっと弟もそれを思い、だが口には出さなかっただろう。
本音というのはそれをぶつけたときに何かが返ってくると思うからこそ言うのだ。
何も返ってこないと思う相手にぶつけるべき本音など、無い。
「……すまんな」
父は、本当に老いた。
謝る父の頭には如実に白髪が増えていた。
瞬間、罵声を浴びせて引っ叩きたくなる気持ちをこらえた。
今ならばそれをしても何も言わないだろう。だが一方的に叩いたり叩かれたりしてそれで解決した気になるような、虫の良い大団円など私は嫌いだ。子供として扱うことを忘れられていたのを認めて謝罪するのであれば、記憶に残るような言葉を放ち、痛みが残るような解決をするというのは一種のずるにさえ感じる。
それに何かを比べ合うための公正で公平な勝負ならまだしも、殴られても仕方が無いという顔をした人間を殴って何の解決になると言うのだろう。それはただの暴力だ。武と暴力は違う。勝てない相手を見つけて戦うことと、勝てるかどうかわからない相手に挑むことが違うように。納得の肯定と無理強いの肯定が違うように。
だから私は、もう少し意地の悪い解決を目指したい。
「そう、思うなら……」
「む?」
「そう思うなら、まず弟の許しを得てください。私は他家に嫁ぐ身で、カーライル家を継ぐのはクライドです。クライドに拒まれたとしても父らしいことをしてやるべきです。それができなければ私は何も応じられるものはありません」
「ああ……そうだな」
「それともうひとつ」
「なんだ」
「ラーズ公爵にいじめられました」
「な、なんだと!?」
父は思いがけず表情を崩した。
「と言っても、パーティの場で剣の気をあてられただけです。でも刃物を持ってたら思わず反撃するくらいの強い気をあてられましたが」
「……悪戯好きなあの人らしいが」
はぁ、と父は溜息をつく。
恐らく現役で騎士をしていたときも父はしごき抜かれたことだろう。
「いかに高貴な人と言えど未婚の女を剣で試そうとする不埒者です。ラーズ公爵がまだ生きているうちに、ひっぱたいてきてください」
「む、無茶を言うな! 相手を誰だと思っている!?」
「別に、無理強いはしません。あくまで子供から親へのお願いです」
と言ったら、父はきょとんとした顔になった。
そして、しばらくして、くっくと笑い始めた。
「……そうか、お前からそんな我が儘が出るとはな」
「無理ならば結構です」
「いや、儂も相当しごかれたのだ。一度や二度叩き返すくらい罰は当たるまい。隙を見つけられるかどうかも怪しいが」
「でしょうね」
父はやれやれとばかりに肩をすくめつつ、ウェリング屋敷を後にした。
さて、本当にやるだろうか。
臆病なところもある人だ、期待はするまい。
◆
そんな日々を過ごしているうちにまた月が変わり、結婚のお披露目パーティの日取りが目前となった。
お披露目パーティと言っても、王都における実質的な結婚式と言って良いだろう。
私もアドラスも知人は王都の方が多いのだから来賓をもてなすという意味ではこちらの方が大変になる。田舎でやる正式な結婚式の方がもしかしたら内輪のパーティの空気に近いかも知れない。準備も中々大変で、学校の忙しさとはまた別種の慌ただしさで目が回るようだった。
そうしてパーティが行われる日の前日、お姉様達の捜索を依頼したパーティが迷宮都市から王都へと帰還した。




