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62話

ごめんなさい、書籍化作業のため更新ペース落ちます。

「やだって……」


 ミスティさんが軽く吹き出した。

 こ、こっちは真面目に話してるってのに……。


「そ、それだけの理由で、罠をくぐり抜けてここまで来て、親友が丹精込めて直したドールを壊したのかい?」

「そうよ! それだけよ! あなただってそれだけの理由でアドラスに反抗してるじゃない!」

「……ああ、そうだな。それだけの話だ」


 あ、怒らせたかも……と思ったが、そうではなかった。

 ミスティさんは、自嘲気味に微笑む。


「きみは、兄さんのことが本当に好きなんだね」

「……うん」


 私は、気恥ずかしく思いながらも頷いた。


「私はあなたの夢のことはわからない。アドラスのことも、完全にわかってるとは言わない。……でもアドラスはアドラスで追いかけているものや夢があって、それを投げ出してるわけじゃないと思う。あなたの思う方向と同じかどうかはわからないけれど……それでも、私はあの人のことを信じてる。それを誤解されたり失望されたりするのは悲しいわ」


 いつの日か、アドラスは語ってくれた。

 道具を作るということはどういうことなのか。

 人が望む物とは何なのか。

 アドラスは、数字や実績として表わせられる野望は持っていない。

 誰かよりも正しいとか、誰に勝ったとか、そんな些末なことにはこだわっていない。

 だから私は、あの人に寄り添いたくて。

 私と姉のような無理解と決別を抱いて欲しくなかったのだ。


「……なんだ、ちゃんと信念があるんじゃないか。「やだ」の一言で済ませられるのは困るなぁ」

「う、上手く言えないんだから仕方が無いでしょ!」

「そこはもうちょっと格好良い言い回しを覚えて欲しいね、義姉さん」

「そ、そうやって皮肉っぽいこと言うんじゃなくて、ちゃんと兄妹で話せば良いでしょ! すれ違ってあーだこーだしてるから見てるこっちはやきもきするのよ!」

「あっはっは……そっか、やきもきするか……そう言われたら形無しだ」


 ミスティさんが余裕綽々といった感じで笑った。

 おかしい、勝負に勝ったのは私の方なのに。

 どうも釈然としない顔つきをしている私に、今度はディエーレが話しかけてきた。


「おめでとーアイラ。よくここまで辿り着いたねぇ」


 ディエーレはご自慢の赤髪をかき上げる。


「おめでとうって言われてもなぁ……」


 こんなところで妙に格好付けられても困る。


「私とミスティの渾身のトラップを破ったんだから胸を張りなよ」

「よくわかんないテンションだったから胸を張れと言われてもちょっと困る」

「頑張って罠をこしらえたのになぁ」

「そもそもそこがおかしいんだけど……あ、ゴーレムは魔結晶の核だけ壊したから」

「うわっ……一番金のかかったところだけ壊すなんて意地の悪い……」


 ディエーレが珍しく引き気味の顔をする。


「あなたがけしかけてきたせいでしょ!」

「ま、そうだけどね。……でもおかげで術式の欠点も見えた。ありがとね」

「それが目的?」

「それもあるんだけどねぇ……でも最近アイラが相手してくれないから暇だったし。旦那ができると露骨に友達と交流が減るのどうかと思うなー?」

「毎日顔会わせてるでしょーが!」


 はぁ、疲れる……。

 だが、しかし、こうして馬鹿らしいことをやっていられるのもあと僅かだ。それを思えばディエーレの感傷も少しだけ許せる気はする。なんだかんだ言って甘えられるよりも甘えてしまったことの方が多い。ゴーレムとやり合っている内にミスティさんと何となくわかりあえたような気もするし、今日ばかりは許してやろう。


「ともかく!」

「なんだい?」「どうしたの?」

「疲れたので休憩!」


 そこまで言って、私はがくりと糸が切れたようにその場に腰を下ろした。



 気付けば夕暮れにさしかかっていて、ここで三人で晩餐を取ることにした。


 女中達に準備を手伝ってもらったが、彼女達はここにはあまり立ち入らないようでどうも腰が引けていた。アドラスから入らないように言われていたらしく、物珍しげに部屋の中を見回している。義理の妹の立ち位置を如実に感じてしまって何とも言えない気分になるが、疲れ切った私にはどうこう言う気力も無い。どうせ私の部屋ではないし存分に見ていけば良いと思う。ミスティさんはあまり部屋をいじられたく無いのか居心地が悪そうだ。張り切っているのはディエーレだけで、飄々としたまま晩餐の準備をしている。彼女は食べるのも飲むのも作るのも好きな美食家だ。今も金色にきらめく蜂蜜酒に注いでいる。濁りがまったく無い高級品だ。またどこぞで金を儲けて散財したのだろう。


「というわけで、乾杯しようか」

「何に?」


 ディエーレが私の問いかけを聞いて、露骨にはぁと溜息をつく。


「アイラの結婚以外に何があるっていうのさ」

「いや、それは何度もやったし……」

「いや、私はまだ祝ってないな。良いかな義姉さん?」


 ミスティさんがにやりと微笑む。

 この人、仲良い人には攻めっ気が強い。

 このくらいくだけてる方が話しやすくはあるのだが。


「あの、義姉さんって言われるのはちょっと……」

「ならばきみも気軽に呼び捨てたまえ」

「そうね、ミスティ」


 彼女の名を呼ぶと、妙に照れくさそうに笑った。


 それから、歓談をしながら食事を摂った。

 白パン、根菜と青鹿のベーコンのスープ、酢漬けにした蕪菁かぶなど、貧相では無いが豪勢というほどでもない日常食だ。それでも妙に美味く感じた。お酒も進んだ。


 酔いの回ったミスティの話は意外に面白かった。彼女はくだけた空気では妙に弁が立つのがわかった。王都に住まう職人はかくあるべし、魔術師のこれからとは、高級貴族のスキャンダル、繁華街で評判の菓子店、新進気鋭の芸術家、夜な夜な菓子を買い求めに来る幽霊の怪談話などなど、新鮮な話題には事欠かない。

 この部屋に引きこもっていながらどうしてそう耳聡いのか聞けば、引きこもってる体を装っているだけで色んなところに出歩いて顔を出しているらしい。兄や父……つまりアドラスやブルック氏のような社交性が無いことを気にして、一人で出歩いてコネを作ろうとしていたのだそうだ。アドラスに見つかると手伝おうとしてきて困るのだとミスティは苦笑いした。しかしそんな努力を重ねても中々交渉技術や弁舌は兄や父には勝てないと謙遜する。なるほど、アドラスの言う通り、妙なところで生真面目な人だ。彼女の話す面白い話は、純粋に「人を喜ばせるにはどうすれば良いか」をちゃんと考えた上での事なのだろう。ディエーレが感性の人だとすればミスティは理性の人だ。理性の人であるが故に、技術の粋を懲らした魔道具を作り、そして師である祖父母の思いを大事にしている。そして、意外に感性が豊かな兄を尊敬し妬み、そして家族として愛している。

 私はミスティのような姉が欲しかったと言うと、ミスティは意外そうな顔をした。自分が姉のような立場になるのが新鮮だったらしい。そして今度はディエーレが妹を取られたような気分だと言って、ミスティはビックリするほど狼狽した。私はディエーレの妹分扱いなどされたことがないし面倒をみることの方が多いと文句を言う。怒る私とそれをいなすディエーレを見て、ミスティはからからと笑った。


 この人のこと、好きになれそうだ。そんな予感があったからこそ、義理とは言えどまた姉妹でギクシャクするのが嫌だったのだ。血の繋がった姉と和解する機会はこの先無いだろう。生きて会えるかどうかすら怪しい。私がもう少し姉よりの性格だったら、あるいは姉がもう少し落ち着いた人格だったら、ありえたかもしれない関係。


「だから! 本当に酷いのよ! やりたいことやって後始末はぜーんぶ人任せ! 私も弟もほんとーに苦労して……!」

「ああ、わかるわかる」


 したたかに酔いが回った頃には盛大に愚痴を漏らしていた。

 アドラスには中々言いにくかった姉のご乱行三昧を気付けば暴露してしまい、ディエーレもミスティも「姉妹だから仲良くしなくては」などといった道義的な話は一切せずに話を聞いてくれた。というか「それはひどい」と真顔になっていた。青魔結晶を砕いた話をしたときには二人とも顔が引きつり、アドラスに深く同情するほどだった。


「ま、まあ、落ち着きなよ……兄さんも君には怒っていないわけだろうし……」

「そうだけど……」

「そ、そうだ、兄さんが好きな物を教えよう。あとは癖とかこだわりとか……」

「……ミスティ」

「な、なんだい?」


 私がずずいっと椅子ごとミスティの方に近付く。

 ミスティはやや体を反らして引き気味に応じた。


「どんどん教えて頂戴、なんでもするから」

「いやなんでもはしなくて良いよ……」


 そんな風に、女三人でかしましく与太話に花を咲かせた。

 気付かぬ内に、夜は更けていった。

 心地良い夜の気配。窓から見える月はどこか気の抜けた半月だ。

 優しげな酔いとまどろみが私達を包んでいくのだった。


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