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60話

 三度目の正直だ。


 朝から職人街のウェリング家の屋敷の玄関をくぐり、家人や職人達に挨拶を交わした。

 職人達から「今日も挑戦するんですか」と聞かれて「当たり前よ」と言葉を返せば、彼らは馬鹿丁寧に道を空けた。からかわれているのかと思ったがそういうわけでも無いらしい。職人達はほとんど、かの引きこもりダンジョンに挑戦して破れているのだそうだ。謎めいた迷宮の答えを知っている者は限られており、アドラスのみが先へと進むことができるらしい。


「きっと素敵な殿方があのダンジョンを攻略してミスティ様とご結婚なさるんじゃあねえかと噂しておったんですが、まさかアイラ様が攻略することになるとは思いもよりませんでした!」

「そ、そうなの」


 私を出迎えたメイドのエリーがそんなことを呟くが、それはそれでお家騒動の種ではないだろうか。

 ま、罪の無い妄想だろうしうるさくは言うまい。


「とはいえ、ミスティ様を口説かないで頂けると……」

「そんな倒錯的な不倫するわけないでしょ!」


 前言撤回。

 よくわからない思考だ……美人なのにところどころ天然な子だと思う。


「そういえばアドラスは?」

「今日は屋敷でお仕事ですが……ちょっとお忙しいご様子で。職人と一緒に図面をにらめっこしています」

「あら、じゃあ時間のあるときにこれを渡してくれるかしら。皆で食べて頂戴」


 と言って焼き菓子の入った箱を女中に渡した。

 使用人や職人達の分も含めて多めに買ったので間に合うはずだ。


「そんな、奥方様なんですから私達の分なんて!」


 などと言いながらもエリーはほくほくした顔で大事そうに預かった。

 どうやらこの子も甘党らしい。


「気にしないで食べて。私の方こそ色々と気を遣ってもらってるし」

「では、わかりました、確かにお預かりします!」

「それと……ちょっと水とカップを借りて良いかしら?」

「水ですか? 茶ではなく?」

「ええ、水で良いわ。カップとは別に、水差しか何か、大きめの器に入れてほしいのだけれど」

「はあ、構いませんが……」


 エリーがわかったようなわからないような顔をしながらも用意をしてくれた。

 よし、これで準備は整った。


「それじゃあ上に行くわ」

「へ、今日も行かれるのですか?」

「もちろん、攻略するまで!」


 そして意気揚々と屋敷の三階、引きこもりダンジョンを目指して階段を上った。


 階段を上る。それはいつも私の人生において、挑戦を意味していた。


 姉のグラッサにいじめられた弟の手を引き、仕返しの喧嘩をしかけるとき。

 祖父に課された剣の試練で躓き、だが鍛え直して再び挑戦を願うとき。

 弟と共に、この家を出ることを父に談判しに書斎に向かうとき。

 アドラスとの見合いが終わった後、魔結晶は自分の力で手に入れると父に告げたとき。


 特に一番多かったのは姉との喧嘩だ。母が他界する前までの姉は幾分まともだった。悪戯も嘘も多く問題児ではあったが大人のときのような狡猾さは無く、拳には拳で、脚には脚で迎え撃ってくるくらいの素直さはあった。祖父や父の鍛錬を受けていないはずなのに妙にすばしっこく勘が鋭い人で私もよく脚を引っかけられて転ばされた。どんくさいところのあった弟は本当にいいようにやられたものだ。


 母が亡くなってからは、直接のわかりやすい喧嘩はずいぶんと減った。そのかわり、悪い意味で貴族らしい嫌みったらしい言葉のやりとりが増えた。痛い思いは減ったはずなのに妙な寂しさがあった。別に姉のことなど好きではなかったはずなのに。尊敬できるところなど何一つなかったはずなのに。あなたはどうして立ち向かってこなかったんだ。そんなことを、一段一段踏みしめながら思い出した。


 三階は、一昨日と同じく綺麗に整理整頓されている。

 罠によって移動した手すりや本棚もすっかり元の位置に戻っている。

 屋根裏部屋に通じる真ん中の部屋への扉も、左右に配置された北東、北西の部屋への扉も閉ざされている。また振り出しから挑めということだろう。


 よし、今日こそやってやろう。


「おはようございます!」


 と、三階に入った瞬間に挨拶した。


 が、これといって言葉は返ってこない。

 寝ているか、あるいは外出しているのだろうか。こちらの声が届かないということはあるまい。おそらく何らかの方法で誰かが侵入した瞬間を察知しているはずだ。


「……やあ、歓迎するよ。義姉さん」

「えっと……今日じゃ無い方が良いかしら?」


 恐らく寝ていたのだろう。声がどこか虚ろだ。


「いいや、問題無い。むしろ大歓迎さ。遠慮無くきたまえ」

「はあ……」

「む? 手に持っているものは……」

「ふふ」


 私はエリーから受け取った水差しとティーカップを手にしていた。


「……なるほど、そう来たか」

「ええ、こう来たわ」



 一つ目の重力トラップはさほど問題なかった。

 だが北側の部屋から北西の部屋、そして西側の部屋と進んで行くにつれて、変化があった。いや、一昨日の時点で変化自体はあったのだ。私が気付けなかっただけで。


「やっぱり、傾いている」


 重力が直角に曲がり、私は壁に座っている。


 ……と、思っていた。だがカップの縁と、水面の角度がずれている。

 ほんの少し傾斜が付いて重力が働いている。斜めになっているのだ。またそれを感じさせないように、家具や壁紙の模様など周囲のほとんどが水平か垂直に配置されている。斜めになっているなど気付かせないように目の錯覚を引き起こしていた。


「これで感覚が狂ったんだわ……」

「気付いたようだね」

「斜めに力が働いている……だけじゃ無いのね?」


 私の問いかけにミスティさんは答えなかった。

 だがそれが答えだ。

 ただ斜めにしただけでは無いのだ。

 カップに入れた水が、ほんの少しだけ手応えが軽い。


「……重さが変わっている。ただ方向を変えるだけじゃなくて力の強弱も変えられる」

「ご名答。もっとも何でもできるというものでも無いけれどね」


 私が答えを言って、ようやく答えを返してくれた。

 ヒントを与えてくれないあたり意地が悪い。


「どうして気付いたのかな? 兄に?」

「いえ、アドラスは教えようとしてくれたけど、断った」

「そうか……やるじゃないか」

「どういたしましてっ!」


 と、言葉を返しながら部屋を進んでいく。

 感覚が掴めればこちらの物だ。

 得意げになって部屋を次々と踏破していく。

 だがそれは、気付いた人間にはには進められるようになっているという作り込みの精妙さの表れでもある。ただ魔術や技術一辺倒ではなく、訪れる人、触れる人の心理というものを深く洞察することのできる観察眼の持ち主だ。剣を交わらせれば人となりがわかるように、この迷宮を進むことでミスティさんの人となりがなんとなくわかった。ならば、私は私なりに攻略して、私のことを知ってもらおう。以前に引っかかった転移トラップを回避して中央の扉を開く。


「来たわ!」


 中央の部屋の扉を開けながら言った。


「やあ」

「早かったね?」


 中央の部屋には、ミスティさんが居た。屋根裏部屋から出てきていたようだ。

 ぱちぱちと拍手を私に送っている。そこに皮肉の色は無く、純粋に驚いた顔をしていた。

 ふふん、どうだ。


 ……と、勝ち誇りたいところだったが、ミスティさんの隣の二つの人影に目を奪われた。


 一人は非常にわかりやすい。見慣れたよれよれの白衣、赤くふんわりとたなびく髪。毎日見慣れた……もはや見飽きたといっても良い美貌の持ち主。


「ディエーレ!? 何やってんの!?」

「いやー、壊れたゴーレムのこと覚えてる?」

「ゴーレム……?」


 なんだっけ、と考え込もうとしてすぐに思い出した。

 メイドのエリーが箒で格闘していた人形のことだろう。ディエーレのお手製のゴーレムで、人間の代わりに全自動で掃除をしてくれる……物を目指して制作中だったものだ。


「……もしかして、それが?」


 私はディエーレの隣にいる人影――ゴーレムを指さした。


「忘れてたね?」

「まあ、うん」


 ディエーレがからからと笑った。


「だ、だって前に見たときの姿と全然違うじゃない」


 そこにあるのは断じてお掃除などといった無難な表現で言い表せるものではなかった。前はもうちょっと愛嬌のある姿形をしていたが、今はまるで違う。

 黒光りする鉄の手足。まるで骨組みの上に鎧をかぶせたかのような、小柄でありつつも危うさをはらんだ体つき。

 何よりも、今持っているのは箒などの掃除用具ではない。鉄の棒だ。

 いや、棒というよりも鉄鞭と呼ぶべきだろう。しなる鞭のことではない。鉄の棒に節を付け、打撃力を大きくした打突武器だ。それを両方の手に持たせている。


「で、それと今あなたがここに居ること、どういう関係があるの?」

「ご購入頂いた方へのアフターサービスってところだねぇ」

「へ?」

「修理した品を届けにあがって……それて」


 そこまでディエーレが言いかけたところで、今度はミスティさんが会話に混ざった。


「試運転をしようというわけさ」

「……掃除しようって風にはまるで見えないのだけれど」

「まあ、動かしてみればわかると思うよ?」


 二人ともにやにやしている。今にも動かしたいとばかりに子供っぽい顔をしていた。

 まったくこれだから技術屋は……。


「……修理して、屋敷の警備に使ったり戦わせたりできるようにした、ってところでしょ?」

「「その通り!」」

「その通りじゃないわよ!」

「ありゃ、怒った?」


 ディエーレは笑いを堪えきれないといった口ぶりだった。


「昨日から居ないと思ったら一体何やってるのよ……」

「いや、昨日は真面目にゴーレムの修理に来たんだよ。ただミスティ女史がどうも私のやってることに興味を示してくれてね。部品を融通してもらったり助言を貰ったりして……気付いたら丸一日経っちゃってて。意気投合したとでも言うのかな」

「そういうわけさ」

「どういうわけですか」


 ミスティさんも前に会ったときよりも妙にハイな雰囲気だ。

 こんな怪しげなゴーレムを仕上げてしまうくらいだ、恐らく二人ともろくに寝てはいまい。

 ……多分アドラスも少なからずこういうところはあるだろう。私がしっかりせねば。


「というわけで、ちょっと試しても良いね?」

「あっ、ちょ……!」


 と待って。

 と、制止する暇も無かった。

 ディエーレが指を鳴らした瞬間、ゴーレムの目のようなガラス玉に魔力の光が灯った。


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