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6話

『惑い彷徨い移ろい眩め、夢も現も出口はあらず』


 私は呪を唱え、襲い掛かってきたオーク達に幻惑の術を浴びせかける。これを食らった者は、目に映る敵の姿がぼやけて上手く捉えられなくなる。聴覚や嗅覚に優れた動物型の魔物や昆虫にはあまり効果は無いが、オークやゴブリンといった鬼に属する魔物にはよく効く。ダンジョン探索には欠かせない魔術だ。


「っしゃあ! 喰らえ!」

「いくぜ!」


 ジムが氷や冷気を飛ばす氷雪の魔術を使い、オーク達の体温を一気に奪う。

 そこに禿頭のマークが飛び込んだ。

 俊敏な動きでナイフで切りつけ、翻弄し、相手に攻撃する余裕を与えさせない。


「うおおおおおおおっっ!!!」


 そして、アイザックが自慢の戦斧を大上段から振り下ろす。

 中層に出る魔物にも引けを取らないタフさを示すオークだが、そのオークが軽々と両断されていく。五体いたオークをあっという間に完封してしまった。アイザックの剛力、そして彼らのよどみのないコンビネーションには、私も感嘆せざるをえなかった。


「……よし、上層の魔物はあらかた片付きましたな」


 アイザックが、野良仕事を終えたかのような気楽さで呟く。

 これだけの怪力を持ちながら普段はごく穏やかな農夫なのだから面白い。


「そうね、ありがとう」

「いえいえ。しかしお嬢様も器用ですな。他にはどんな魔術を使えるので?」

「だいたい支援や補助の魔術よ。実践で使えるのは今使った幻惑の術と、音探知と魔力探知、逆にこっちの気配を隠蔽する術。体を強化する魔術。それと悪霊除けとして聖撃も覚えてるわ」

「俺は支援系の術は使えませんが風と水、冷気の攻撃魔術、それと回復を使えますんで、ちょうど分担できる格好ですな。もっと難度の高いパーティでも俺達ぁ通じるんじゃないですか」


 ジムがそう言うとマークとアイザックも野卑な笑みを浮かべる。

 この面子で別のダンジョンも足を伸ばしたいと私も一瞬思ってしまった。


「ところで、どの魔術が一番得意なんです?」


 ジムの問いかけに、私はちょっと顔が渋くなる。私の得意技はあまり自慢にならないのだ。


「……うーん、強化の術ね」

「ほう、強化ですか。あまり使ってる人間を見ないんでよく知らないんですが……」

「強化の術は細かく分けると三種類あって、俊敏、堅牢、剛力の付与よ。どれもけっこう自信あるわ。ただ……」


 私が言いよどんだのを見て、三人共不思議そうな顔を浮かべた。


「どうしました? お嬢様の歳でそれだけ使えるなら、補助としてかなり上等な部類だと思いやすが」

「その……強化の術ってそんなに使い勝手が良くないのよ。失敗したら怪我もするし」

「怪我?」

「例えば腕の筋肉を強くしたとして、その力で思い切り弓を引いたらどうなると思う? あるいはコップを掴んだり、転んだ人に手を差し伸べたりとか」

「……あー、なるほど」


 アイザック達の目に理解が灯った。そういうことなのだ。


 私は、前衛で戦うための手段として強化の魔術を学校で習得した。私と同様の考えで剣や弓を嗜む人間が強化の術を学ぶことは割とある。……ただ、これはコントロールが意外と難しいのだ。もし仮に自分の腕力が突然二倍になったとして、その人間はごく普通に生活できるだろうか。恐らく皿を割ったり筆をへし折ったり、何かと不都合が生まれるだろう。使い方や力加減を謝れば事故が起きかねない。自分ですらそうなのだから、他人へ強化を付与するのはかえって危険を招いてしまう。耐久力を上げる堅牢の術については付与してもあまり問題はないが、俊敏の術を付与されて転ばずに走ったり戦ったりするのはある程度訓練を要するのだ。それならばより良い武器や魔道具を使ったり、剣術弓術を真面目に特訓する方が効率的だ。あるいは魔力に恵まれているならば強力な攻撃魔術を覚えたほうが手っ取り早い。支援魔術は体格や魔力と言った天賦の物に恵まれない人間の苦肉の策、という側面があった。


「だから使い所が限られるの……ダンジョン探索ではそこまで役に立たないかも」

「まあ、あっしらも強化の術を愛用してる人間は見たことがありませんが、支援魔術がそれだけ使えるなら十分では? 探索ってのはチームでやるもんですし」


 アイザックがそう声をかける。

 確かに彼の言う通り、なんでもかんでも自分でやる必要はない。

 今は信頼できる仲間がいるのだ。


「そうね、まず自分のできる仕事をちゃんとやらなきゃ」


◆◇◆


 そして上層の探索を終えて中層に辿り着いた。中層の入り口には岩陰のない広間のような場所があり、休憩を挟むには絶好のポイントだ。過去に人間が使っていた形跡があり、燭台を置くための台が放置されていたりもする。今の私達にさほど疲労はないが、ここから先の探索の準備をするため一旦ここで腰を落ち着けることにした。


 地下1層から3層あたりまでがこの虎牙義戦窟の上層と呼ばれる部分で、出て来る魔物も弱い。私達が倒したボブゴブリンやオークならば強い方で、他はやや大きめの蝙蝠やイタチなどといった魔物未満野生動物以上のものばかりだ。正しく訓練を積んた人間にとってはこれといって脅威ではない。そして脅威ではない以上、実入りも少ない。それなりに稼ぐには、今私達が居る中層を探索せねばならない。


 ダンジョンでの稼ぎとは即ち、魔結晶だ。魔物はその体の中に魔力を溜め込む。長く生きた魔物や強くたくましく育った魔物の体内では魔力が物質化し、魔結晶となる。ダンジョンにおける魔物狩りとは治安を維持する側面だけではなく、魔結晶を採取できる鉱山としての役割もある。上層に現れる魔物から採取できるのは最弱の赤魔結晶にもならないクズ石で、魔力が少なすぎて焚き火の燃料になるかどうかも怪しい。中層あたりでようやく赤魔石や黄魔石が発掘できる。そして下層に行って初めて緑魔結晶、そして目的の青魔結晶を持った魔物と遭遇する機会が産まれる。


 が、しかし、


「お嬢様、青魔結晶を持った魔物と戦うとなると一筋縄ではいきやせん」

「ええ、そうね」

「……と、言いたいところですが」

「え、違うの?」

「一番の問題はそもそも出会えるかどうかってところです」

「……あー」


 アイザック達は農夫でありながら熟練の冒険者でもある。このダンジョンの探索は日常的に行っており、青魔結晶を排出する魔物を倒したことも何度か経験したそうだ。しかしながら、今回も必ず青魔結晶が採れるとは限らない。


 まず第一に、大きな魔力を溜め込んだ魔物はそうそう見かけるものではない。数が少ないのだ。決して居ないというわけではないが、探し出すまでに時間はかかる。駆け出し冒険者は欲しい魔結晶を持った魔物が現れないことに焦れてしまい、拙速な行動を取って身を危険に晒してしまうのはよくある失敗談だ。ダンジョン探索とは忍耐勝負であるとも言える。


「次は下層の入り口を目指しましょうか。そこで探索時間を決めて、それを過ぎたら採れる採れないに関わらず撤退しましょう」

「ですな」


 私の言葉を聞いて、アイザック達は気を引き締めながら頷いた。


「でも、下層のグランドタートルには出会っておきたいのよね」

「グランドタートル? そりゃまたなんで?」


 マークはそう言って、不思議そうな顔をしながら自分の禿頭を撫でる。


「昔、お祖父様が言ってたのよ。グランドタートルを狩れたら冒険者として一人前だって」


 お祖父様がここでグランドタートルを狩ったときの自慢話はよく覚えている。学校に入って魔術や魔物のことを勉強して、それがどんなに難しいことかを知って更に尊敬を深めたものだ。外見は亀のような姿だがれっきとした竜種のはしくれであり、位の高い冒険者でも油断すると危うい強力な魔物だ。


「……ま、まあ、そうですな。グランドタートルを狩れたら確かに腕は認められますな」

「ん? なんか変なこと言ったかしら?」


 アイザック達は妙な表情をしている。なんだろう。彼らもお祖父様とダンジョンに行ったことはあるはずで、グランドタートルのこともよく知っていると思うのだが。


「まあ、もし出たときは頼りにしてくだせえ。お嬢様の嫁入り道具をこしらえるなんざ名誉なことにごぜえます」

「なんでえアイザック、嫁にケツ叩かれたからだろうが」

「おいマーク、それは言うなよ」

「そもそも嫁入り道具じゃないってば、まったく」


 けらけらと笑い合いながらアイザック達と共に休憩の準備を始めた。探知の術を使って周囲に魔物が居ないことを確認し、魔物避けの香を焚きしめてから弁当箱を開く。


 弁当はアーニャが用意してくれた。薄く切ったパンにチーズ、ピクルス、そして燻製した鴨肉の薄切りを挟んでいる。普段の冒険で用意してもらうものよりも豪勢だったらしく、こんな飯にありつけるならいつでも呼んで下さいとジムとマークが言うが、アイザックがお前らこそ弁当を作ってくれる嫁を見つけろと年長者ぶり、そしてアーニャの自慢話が始まった。アイザックとアーニャはおしどり夫婦で、いつになっても新婚くささが抜けない。私もアーニャののろけ話も何度聞いたかわからないが、ジムもマークにとっても同じようで、「またはじまったよ」という顔をしていた。


 食事の後は矢の数や剣の刃こぼれの有無を確かめつつ、お互いの状態を確認しあった。当然ながら負傷者は誰もいない。が、それを確認するという習慣こそが大事だった。


 そんなとき、不思議な感覚がした。強い魔結晶の気配と、足音に重なる重厚な金属音。


 魔力探知と音の探知を使っていたため、距離があっても気付くことができた。


「……あれ?」

「どうしました、お嬢様」

「ゴーレムの気配がする。こっちに近づいてる」

「ゴーレム? まさか、ここにはそんなのは出やしませんぜ。なあ?」


 アイザックの言葉に、ジムもマークも頷く。


 だが、金属や鉱物でできた重い体から発する足音に間違いない、これは明らかにゴーレムの特徴だ。魔術学校ではゴーレムを作り出す魔術師も居たので気配はよくわかる。


 しかし普通と異なるところもある。ゴーレムには無いはずの吐息がある。当然、ゴーレムは呼吸などしないはずだ。がちゃがちゃと動き回ることそのものも少ない。だから遠くから感じるのは難しいはずなのだが……何故か今の私には感じ取れてしまっている。


「ゴーレムなのかどうかは怪しいかもしれないけど、気配が明らかに生き物のモンスターとも違うのよ……ともかく、何か近づいてくる」

「お嬢様、どのくらいの距離ですか」

「複数居る。多分4~5体くらい……。5分位でここに来ると思う。走ってるわけじゃないけど足取りに迷いはない」


 私のその言葉で、アイザック達に緊張が走った。

 休憩を取りやめてすぐさま戦闘できる体勢へと移る。

 剣を抜き、そして待ち構えた。


 やがて、魔術にたよらない耳にもその足音が聞こえてきた。


 がしゃり、がしゃりと重苦しい金属音を立てて近づいてくる。

 そして肉眼で見える距離になったところで私達は剣を抜く。

 だがそこで、5体の内、中央の一人のゴーレムが手を挙げた。


「待たれよ、そこな冒険者。我々は魔物ではない」

「ゴーレムが喋った!?」


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