54話
活動報告にも書いたのですがちょっとやる夫スレやってました、すみません。
完結したのでまたこちらの更新の方に戻ります、よろしくお願いします。
「……会わせたい人間が居る」
晩餐会が終わってから、私はこれといった用がなくともアドラスの店に顔を出すようになった。今まで足繁く通うのは迷惑じゃないかと遠慮していたが、いつまでも気を遣っていてはそれこそ話が逆だ。おっかなびっくりな態度など捨てて踏み込まねば。少なくともあのとき彼の方から手を差し伸べてくれたのだから、遠慮無くその手を取ろうと思う。
屋敷の書斎で茶飲み話をしたり、あるいは店の得意先にアドラスと共に挨拶をしたり、位の高い客の接客を手伝ったりと、少しずつ店の中での立ち位置のようなものが見え始めていた。店員や職人達とも言葉を交わした。彼らも私に対して未だ「お客様」の距離感であったが、職人が何をしているのかあれこれ尋ねてみたり、あるいはディエーレから借りた魔道具の入門書のわからないことを聞いてみたりすると、存外に気さくに答えてくれた。そして私も、安物の魔結晶を使ってオモチャのような魔道具製作を試みた。案の定失敗した。
「難しいものね……作るより使う方が遥かに楽だわ……」
「いやあ、使うにしても難しいもんですよ。ただ起動させれば良いだけの物も多いですが慣れないと使いこなせない物も多いですんで」
職人にそう言われたが、確かにその通りだと思った。
「魔剣もぽっきり折られちゃったものね……もっと上手く使えれば良かった」
「え?」
「アドラスから借りた魔剣よ……ええと、魔剣『雨雫』の模造品って言ってたかしら」
「ほ、本当ですかそれ」
職人が妙に驚いていたので、正直に「折ったというより、攻撃を防いだら折られたんです」と答えたらますます驚かれてしまった。聞けば、攻撃を受けて折られる前に剣を落とすのが普通だと職人達は口を揃えて言う。そんな馬鹿な、死んでも剣を落とすなと教えられたのに……。だがよくよく振り返って考えて見れば、剣を教えてくれた祖父がおかしいのだ。その様子を見て他の職人達もわらわらと集まってきた。
「あの折れた魔剣、奥様の仕業だったんですか……」
「そりゃ大したもんだ……」
「ほら、もっと鉄に粘りがあった方が良いって言っただろう」
「そうは言うが、極端に曲がっちまったら役に立たねえじゃねえか。聞けば勝負には勝ったんだから役目は果たしたってこったろう」
「じゃあどうする。重くするか。魔結晶の部分も保護できるし」
「いや人それぞれ得物にはこだわりがあるだろう、重くすれば良いってわけじゃあるまい」
「若旦那も人が悪い、使いこなせる剣士が居たのなら言ってくれりゃあ良いのに」
などと職人達がやいのやいの騒ぎ始める。
ああ、なるほど、アドラスと同じ人種だ。
「奥様」
「あ、はい」
「……幾つか作ってみますんで、試し斬りなどして頂けませんでしょうか」
「それは構わないけど……」
いくつも作るつもりなのだろうか。
人造の魔剣なんて安物であるはずもないし大丈夫かしら。
「こら、工房であまり騒ぐんじゃない、客が何事かと思うだろう」
と、アドラスが騒ぎを聞きつけたのかやってきた。
流石にアドラスは大人だ、技術話に盛り上がる職人達を見ても努めて冷静に、
「それと彼女の魔剣は僕が調整する、そこは任せたまえ」
自分の要求を押し通した。
そうだった、この人も割とちゃっかりしている。
「若旦那、そりゃあズルいですぜ」
「ずるくはあるまい、僕の発案した魔道具である以上は僕が責任を持つものだとも」
「我々も色々と手伝ったじゃあありませんか」
職人達が口をとがらせる。
そんなに楽しい仕事なのだろうか……職人達の燃えている瞳がちょっと怖い。
「……まあ、うむ、私一人だけでやるとは言わんよ。他にも幾つか作りたい装備はあるし。後で打ち合わせをしよう」
「そうですね、それに武器の魔道具を作るとなったら……」
職人の一人が、意味ありげに天井の方を見た。
それを見たアドラスの顔が妙に真剣になった。
「……いるのか?」
「ええ、今日はいますね……顔色も良さそうなんで無茶はしてないかと」
アドラスの問いかけに、職人が苦笑いを浮かべつつ頷いた。
「ん? 上に何かあるの?」
「……ああ、ちょっとな」
そしてアドラスは妙に渋い表情をしたまま、私に合わせたい人間が居ると告げるのだった。
◆
アドラスに促されて書斎に通され、椅子に腰掛けた。
メイドのエリーが楽しそうに茶を入れている。掃除や洗濯はそそっかしさが目立つが茶を入れるのは得意なようだ、ティーポットからかぐわしい香りが漂っている。だがアドラスの方はあまり香りを楽しむ気にならないらしい。顎に指をあて、妙に難しい顔をしている。
「ええと……私に会わせたい人がいるって話だったけど……」
何かを「したい」という願望を言ってるようには見えない。
会わせたいというよりも会わせねばならない、とでも言った方が正しかろう。恐らく。
「構わないけど……でも、誰と?」
「妹だ」
あれ? そういえば聞いたような……。
確か、アドラスのお母様のメリル様がそんなことを言っていたはずだ。
「この近くに住んでるの? 確かまだ学生だとか」
「近く、というか……ここに住んでる」
……見たことあったかな。
アドラスより年下の女性で見たことがあるのはエリーくらいだ。
あとは中年のメイドや男性の職人、店員ばかりだった。
「……ごめんなさい、見たことが無いのだけれど」
「そうだろう、普段は屋根裏に引きこもっているからな」
引きこもっている。
軽く衝撃だ。
この屋敷においてそんな気配、微塵も感じたことがなかった。
「いや、引きこもってるというのも語弊があるか。あるとき突然消えたりもするし。ただ人を遠ざけて部屋にこもってることの方が多いな」
「……学生じゃありませんでしたっけ?」
「いや……もういつでも卒業できるんだが、自分の好きな魔道具作りに没頭するために学生のままでいるのだ」
なるほど……。
なんだか親友とよく似た性質を持っているような気がする。
「……ディエーレみたいな子かしら?」
「いや、彼女のような社交的で明るいタイプではない。どうも偏屈というか、職人の悪い癖をひどくしたようなところがあるというか……」
君が好き好むタイプかというとわからない。
と、アドラスがやや小声で言った。
「お姉様ほどひどくなければたいていの人とは付き合えるつもりだけど……」
「そこまで苛烈ではないのだが、別の方向で少し心配なところがあってな」
姉を比較対象にするのもなにやら悲しいが、あれほどではないと言われると安心するものがある。
「妹さんということはいずれ家族になるわけだし、ちゃんと仲良くしてみせるわ」
「いや、無理しなくとも良い……が、会わないわけにも行かないだろうな」
「偏屈だって事前に聞かされたなら大丈夫よ。なんなら今からでも」
ふむ、とアドラスは考え、すっくと椅子から立ち上がった。
「よし、ついてきてくれ」
◆
アドラスの背を追いながら階段を上がる。
初めて足を踏み入れる3階は、一階の店舗スペースや作業場、あるいは二階の書斎などとはまた違った雰囲気を醸し出していた。碁盤目状に9つの部屋に分けられ、それぞれ部屋ごとに用途が分けられているようだ。そして整理整頓されていながらも物に溢れている。書斎らしき部屋はまるで図書館のようにきっちりと本が本棚に収められ、また工具類を保管してある部屋には工具類が規則的かつ幾何学的に並べられている。職人や芸術家とはまた違った性格が表れている。あえて既存の職業に例えるならば……数学者に近いだろうか。そんな神経質な気配を感じた。
「えーと……ここは……?」
「この階の部屋はすべて妹の部屋だ」
「綺麗好きなのね?」
「まあ、うむ」
そして中央の部屋には小さな階段があった。階段と言うよりも頑丈な梯子と例えた方が良いかもしれない。アドラスが躊躇わずに階段を登り、屋根裏部屋に通じる扉を叩いた。
「ミスティ! 起きなさい!」
アドラスが大きな声を出す。
というか、寝てるのかしら……そろそろお昼なのだけれど。
「ええと、ここにいるの? その、妹さん……ミスティさん?」
わざわざ熱気や湿気のこもる天井裏に居なくとも、と思うのだが。
「昔から妙に狭いところが好きでな……」
やれやれとばかりにアドラスが肩をすくめる。
と、そのとき。
がちゃりという金属音が響いた。
「……どなたかな?」
ゆっくりと天井の扉が開き、金色のつややかな髪が重力に従ってまっすぐ降りてきた。
そしてぎょろりとした目が、ガラス越しにこちらを見ている。
眼鏡だ。アドラスのような片眼鏡ではなく両目につけている。
続いて鼻、口、顎と少しずつ見えてくる。
逆さまの頭がうろんげな様子で私とアドラスを交互に見やる。
……うん、これはなかなか不審人物だ。
「……ミスティ、人を驚かせるのは止めなさい」
「兄さんこそなんだ、こんな時間に。そろそろ寝ようと思っていたところなんだが」
よっこらせ、というぶっきらぼうと共に金髪の女……ミスティが身をよじって扉から出てくる。
って、逆立ちのような姿勢のまま降りるのだろうか。
「あ」
落ちる。
梯子に掴まりもせずにミスティはそのまま身を投げ出した。
「……よっと」
だが不思議なことが起きた。明らかに落ちる速度が遅いのだ。
まるで風に浮く羽毛のような遅さで地面へと辿り着く。
これは、見たことの無い魔術だ。いや、魔術かどうかもよくわからない。
彼女は白いローブをひるがえして姿勢を戻し、私の方に向き直った。
「やあ、はじめましてご婦人。ミスティ=ウェリング。学生の身分だが一応研究者と職人もやっている」
妙にきざな雰囲気のある女性だ。
彼女の母であるはずのメリル様のようなふくよかな女性とは正反対の印象がある。
だが顔のつくりをよく見れば確かに家族だ。目元がアドラスに似ている。
「はじめまして、アイラ=カーライルです。その……」
「僕の婚約者だ。つまり、君の義理の姉になる」
アドラスがそう言った瞬間、彼女は驚きの表情を見せ、そして
「……本気かい?」
険しい目でアドラスを見つめた。
これまではウェリング家の誰からも歓迎してもらえていたが、これははじめて受ける歓迎されざる空気だ。貴族同士の結婚ならばこういうことも当然ありえる。それはわかっていたとしても、私は緊張を覚えた。




