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50話

 剣を振った回数が多いほど強くなれるというのならば、そんな簡単な話は無い。

 愚直な努力が結果へと繋がるのならば、誰だって努力する。

 剣を目指す者は一度はそんな冷笑的な考えに捕らわれる。

 自分が誰かに負けたとき。

 自分に勝った誰かが負けたとき。

 圧倒的な強者が誰も彼もを倒し、二の句の継げない勝利を得たとき。

 自分の努力など無駄なのでは無いか―ーそんな思いに囚われる。


 平民ながら数多くの剣士や冒険者を輩出する一族の生まれである私は、幼い頃からそうした諦観に囚われていた。どれだけ腕利きであろうとも、我が一族の悲願を達成するにあたわなかったのだから。祖父は冒険に出てダンジョンの中で死に、死体すら残っていない。一族で最も強いはずの叔父も占王の試練へと挑み、腕を斬り落とされて生家へと戻ってきた。


 そして私にも一族の人間として、愚直に剣の腕と魔術の知恵を得ることが課せられた。


 決して嫌ということは無かった。尊敬する家族から教えを受けることも、一人で研鑽を積むことも、驚きと感動があった。そして親や年上の家族は、私の才覚を褒め称えてくれた。だからこそいずれは一族を背負って立つのだという自負もあった。だがそれでも、希望は無かった。


 私の一族は、自分で言うのもどうかと思うが、強い。戦場働きで名を上げて士官を推挙された者は何人も居るし、銀等級の冒険者として竜種を討伐した者も居る。だがそれでも占王の試練を踏破し、家の復権を成し遂げた者は居なかった。……レイノール=バランタインを裏切り、だが彼の逆鱗に触れて歴史から消えた我がバランタイン家の復権。かつては王族だった誇りを取り戻すこと。それこそが我が一族の悲願だ。私達一族はどんな栄達の道があろうと、占星術師レイノールとゲラニア覇王国との契約によって貴族に出世することも公職に就くこともできない。その契約を撤回するためには、占星術師レイノールの試練を乗り越えて直接彼に願い出るしかない。


 だが年月を重ねるほどに、魔の深淵へと近づいていく占王レイノールとの差異は開いていく一方だ。


 魔術学校への入学を果たしてもその憂鬱が晴れるということはなかった。

 一族の者は学費をかき集めて盛大に送り出してくれた。

 世の広さを知り、強くなれと。

 入学したばかりの頃は、あまり得るものが無かったと落胆した。

 自分と拮抗している者、自分より実力が上の者は、確かに居る。

 だが届かぬ程の高みとは言えなかった。

 飛躍するには、足りない。

 それでも研鑽を積んでいれば、それは確実に己の血肉となる。

 薄紙を一枚一枚重ねるような鍛錬を重ねれば、やがては分厚く太い大樹となる。

 そう思いながら、日々を過ごした。

 他と比較することなく己を高めることが大事だ。

 ただまっすぐに、果てしなき武の道を歩き続ければ良い。

 結果は後から付いてくる。

 やれるだけのことをやり、敗北したならば、それを謙虚に受け止めよう。

 それが諦観なのか覚悟なのかは、わからなかった。


 あるとき、不思議な学生を見かけた。

 剣の実力はそこそこといったところだ。

 魔力は持っているが、魔術師一本でやっていけるほどではない。


 だが、不思議な戦いをする少女だった。

 膂力、魔力、技量、どれも決して劣っては居ないが、さりとて一流には届かない。

 少なくとも自分の実力ならば少女には勝てる。

 私以外にも、少女を上回る地力の持ち主は何人も居た。

 それでも、格上相手に不思議の勝ちを拾いに行くことが何度となくあった。

 普通ならば諦めるところで諦めない。

 真っ正面の剣の戦いを挑むかと思えば、魔術や柔術といった予想も付かぬ奇策に走ることもある。

 若さと老獪さが織物の糸のように混ざり合った、奇妙な剣士。

 気付けば、話しかけていた。

 どうしてそんなにがむしゃらに戦うのかと。

 少女は、そんなのあたりまえじゃないの、と答えた。

 私は貴族だから、領民を守るために強くなければいけないの。

 ただそれだけのことで? と、私は不思議に思い、そのまま口に出した。

 すると少女はひどく怒った。

 お前は思ったことを素直に言い過ぎるとよく怒られていたが、このときも悪い癖が出た。

 少女に謝りながらも、その疑問は晴れなかった。

 「かくあらねばならない」という思いだけで、あれだけひたむきになれるものなのかと。


 日を改めて、友人のロックと共に非礼を詫びた。

 貴族の作法を教わり、礼に則った謝罪をしてようやく許してもらえた。

 貴族然とした振る舞いをして礼儀にうるさいが、そのくせ餓狼のように食らいつくような戦いをする。

 礼儀にうるさく粗野と蛮を嫌う貴族なら何度となく見かけた。

 あるいは貴族らしさなどかなぐり捨てたような貴族も、見かけたことはある。

 だがその二つが同居する、こんな少女のような貴族は見たことが無かった。

 己の実力を熟知しつつ、やがては剣を捨てることになるであろう身の上でありながら、少女は朝早く起きては魔術の勉学に励み、剣を振り、迷宮を冒険した。


 気付けば冒険を共にし、技を競い合う仲になった。

 卒業を控えた今年も、まだ手合わせをする機会はあるだろう。

 少女が突然結婚をすると言ったときも特に心配はしていなかった。

 少女のような人物は結婚をしようが何をしようが、変わることはあるまい。

 あるいは結婚など蹴って出奔し、冒険者になることだって十分にあり得る。

 そのときは手伝ってやろう。他の友人も嫌とは言うまい。

 むしろ自分よりも積極的にそれを勧めるかもしれない。


 だから会食の場で婚約者を紹介されたときは、動揺を表に出さないようにしつつも内心ひどく驚いていた。

 婚約者に対して驚いたのではない。

 あの少女が、まさに年相応の少女のように、恋する乙女となっていたのだから。

 見合いが上手くいったという話までは、まあ、わかる。

 だが魔道具職人の青年と仲睦まじくしている姿は衝撃だった。


 少女が潤沢とは言えない魔力を使い、頑健とは言えない肉体を動かし、並み居る才能人を打ち負かして我が校の五本の指に入る実力者となったことは誰もが認めるところであった。研鑽を積み、だが未だ望みに手の届かない者……つまるところ学生らしい学生にとっての目指すべき在り方だった。


 また本人は謙遜しているが、彼女は隠れた人気があった。特に剣を志す人間の間では。一見、人を寄せ付けない鋭い目をしている。だが義と情を兼ね備えた爽やかな人柄に触れれば、それは誰かを守るための鋭さと気付くだろう。少女自身は黒髪の癖毛を厭わしく思っているようだが、そこに静かに波打つ浜辺のような鮮やかさを感じる者は少なからず居ただろう。


 万人受けする人柄というわけでもない。

 だが少女のひたむきな姿に心打たれる者は多かった。

 自分もその一人だ。

 だが、自分で考えていた以上に、私は入れあげていたらしく―ー


◆◇◆


「横恋慕するにしてももうちょっとやり方があるだろうが」


 目覚めると、すぐそばで見慣れた無精ひげの男が呆れていた。

 私の親友にして魔術師のロックだ。


「ここは……医務室ですね?」

「おうよ、運んでやったんだから感謝しろよ」

「アイラは?」

「治療が済んだらディエーレが部屋に運んでったよ。部屋で寝てるだろう」

「傷は?」

「痕にはならん」

「それは良かった」


 切った張ったの多いこの学校では医務室は病院並に多い。

 医療術士の腕も確かだ。だがそれでも不安は常につきまとう。


「ディエーレ達から聞いたぞ。アイラを冒険に連れてくつもりだったのか?」

「という約束になっていましたね」

「……お前、ただの勝負のダシにしたな」

「ま、実際無理だとはわかっていましたよ。子爵位の貴族の娘が冒険者家業なんてありえませんし」

「ならなんで」

「勝負をしたかっただけですよ」


 そして目論見通りアイラは私に勝負を仕掛け、目論見敗れて私は倒れ伏した。


「お前は仕事は確かなのにこういうところは本当にガキだな……ったく、彼女の一人でも見繕ってやりゃあ良かった」

「いや、こういう失恋も良いものですね、なかなか味わい深いものでした」

「ぶっ殺すかぶっ殺されるかの手前がか?」

「剣士とは得てしてそういう者です。刃をくぐることの方が逢瀬よりも楽しい」


 ロックは溜息をつく。

 何度となく苦労を掛ける友人に申し訳なく思うが、これが性分なのだから仕方が無い。


「アイラは、そういうところから卒業するだろうよ」

「かもしれません。ですが卒業したところで、忘れるというものでは無いですよ。私も彼女も、いや、あらゆる剣士というものは真剣で斬り合った相手など忘れないものです」

「そんな剣術馬鹿だから振られるんだ」

「反論できませんね」

「まったく……夜会にでも行ってみるか? 名を挙げた冒険者なら喜ぶ女もいるだろうよ」

「技量が達者な者が居れば喜んで行くのですがね」

「いねえよ」

「そうですか」


 まあ、技量が確かならば男漁りなどに興味は無かろう。

 私も別に女性が欲しいというわけでもない。

 いやしかし、アイラのように人生の新たな発見を得られるのであれば悪くないかもしれない。


「ま、そのうち誘ってください」


 と言うと、ロックはひどく不思議そうな顔をしていた。


「珍しい。槍でも振るんじゃないか」

「そういうときもありますとも」

「……まあでも、アイラにとって良い手向けになっただろう。お前に勝ったってことはな」

「別に勝ちを譲ったつもりはありませんよ。本気で戦い、本気で負けたのですとも」

「ならなおさらだ。アイラが結婚するってショック受けてた連中も居たが、これなら諦めるだろう」


 ロックの言葉に私は頷く。


「でしょうね。まったく、自分から勝負をするなりすれば良いものを」

「あいつ意外とモテるからな。腕は立つし身分も高いが、それを引っかけるところがない。懸想してる奴もいるが、そういうのを抜きにしても結婚話を心配してる奴は居たさ」

「なるほど」

「そういう意味じゃ、お前と勝負したことは良かった」

「他人のために剣を抜いたわけではありませんが……アイラのためになったと言うなら喜んでおきましょう」

「そうだな」


 これが勝ちであれ負けであれ、手向けになったのだろう。


 ああ、しかし、楽しかった。


 私はその勝負の余韻を嚙み締めながら、彼女の幸福な将来を祈った。


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