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5話


 カーライル家の領地のはずれの山岳部に、ダンジョンがあった。


 「虎牙義戦窟」という勇壮な名前のダンジョンである。大昔、この国が蛮族に襲われ危機に瀕したとき、虎牙兵という虎狩りを得手とした騎士達があえて魔物の棲むこのダンジョンに立てこもって領土を守り通したのだそうだ。その逸話にちなんで「虎牙義戦窟」と名付けられた。が、近隣の村民はそんな古臭い話をいちいち覚えてはいないので、単に「ダンジョン」と言えば「ああ、あそこか」とツーカーで通じる。地図を眺める旅人の方が正式な名をはっきりと覚えているだろう。


 で、ダンジョンが何かといえば、地中から吹き出る魔力によって育った魔物の巣だ。野山や海に居る害獣などよりも余程凶暴であり、近隣の村落にとっては常に頭痛の種だ。普段魔物はダンジョンの外へ出ることはあまりないのだが、たまたま地中の魔力が活発になると数が増えてしまい、食料を求めて外を徘徊する。そのため領地を管理する貴族は、冒険者ギルドの支部を置いたり、自領の民に魔物の討伐を奨励し報奨金を出すといった対策を講じている。


 しかし戦時のときは兵を集めて国軍に参集するのが貴族の義務だ。貴族にとって武は常に尊ばれるために、農兵や冒険者に任せきりにするのは不徳とされる。貴族の令嬢は前線に出るということも徴兵されることもないが、それでも男衆が居ない間に家を守るのは女の務めとされ、剣や魔法を磨くことは嗜みの一つとして認められてきた。


 もっともそれに眉を顰める人間も居るので難しいところではある。「家を守るというのは屋敷に忍び込む泥棒や不埒者を棍棒で撲殺したり火炎魔法で焼き殺すことではなくて比喩表現なのでは」などと言う者も居る。私は不埒者を撲殺したいとまでは思わないが、かといって不逞の輩に侮られるような生き方はしたくない。そんな生来の負けん気が私を剣術や魔術へと傾倒させた。お祖父様もお祖母様もそれを喜んでくれた。そして貴族として領民から取り立てた食い扶持で生きている以上、強くあろうとするのが正しいと思った。だから行儀見習や花嫁修業のような真似をするよりも魔術学校での切磋琢磨の方が遥かに楽しかった。こうして培った技量や腕前を役に立てることもできる。


「お嬢様、本当に大丈夫ですか? ここはそこまで難しいダンジョンじゃあありませんが、駆け出しの冒険者くらいでは最下層に行くのも厳しいですぜ」


 馬で街道を進みダンジョンへ向かう途中、私の身を案じる言葉を掛けたのはアイザックという男だ。刈り上げた茶色のくせ毛とがっしりとした体、柔和な顔つき。そして、メイドのアーニャの夫だ。三十絡みの働き盛りであり、領地のもっとも近隣の農村で農夫をする傍ら、村の若い衆を集めて魔物退治に精を出している。実戦経験も豊富で農夫というよりも農兵と言ったほうが適切だろう。見た目としては鋤や鍬を振るうよりも戦斧を振るう方がよほど似合っている。


 そのアイザックはマークという禿頭の男と、ジムという痩身の男の二人の弟分を連れてきているため、私を含め4人組でのダンジョン探索となる。彼らは普段から三人でダンジョンでの魔物を退治しているらしく戦力に不足はない。むしろアイザック達は、私に身を守る程度の実力があるかどうかの方を心配しているだろう。


「大丈夫よ。この通り自前の武具も持ってきたし、ちゃんと使い込んでるわ」


 私は今、皮鎧を着て片手剣をき、そして弓矢やロープといった道具類の入った背嚢を背負っている。ダンジョン探索は大体こんな格好だ。


「それに昔、お祖父様にここに連れてきて貰ったこともある。そのときは中層までだったけど」

「先代様がご存命となると、アイラ様はまだ……」

「十歳くらいのときね。初めてゴブリンを倒したのもそのとき」

「さすがは先代様ですな。自分もそれくらいの歳ではありましたが……」


 お祖父様は厳しい人だった。姉はお父様に養育され、様々な家庭教師を用意してもらっていたが、私と弟はお祖父様の薫陶を強く受けた。お祖父様が現役の頃は隣国との長年の戦が続いており、経験した戦の数も片手では足りない。おかげで何というか、子供の頃から「戦時での覚悟」というものを教わることができた。


「剣はお祖父様にも習ったし学校ではダンジョン探索もこなしてるわ。同じ難易度のダンジョンでもソロで中層くらいまでは行ける」

「ううむ、そういうことであればお嬢様にもダンジョンで働いてもらうことになりやすが……」

「むしろ私がやらないといけないから協力してほしいのよ」


 そして街道を進む内に人里から離れ、やがて山間の道へと入る。


 緩やかな坂となっている山道を歩くうちに、山の中腹にぽっかりと大きな穴が見えてくる。そこが虎牙義戦窟の入り口であった。近くには入り口の番を務める国軍の騎士と、それを世話する近隣の農村の者が常駐して、魔物が暴走しないかを常に見張っている。その騎士に金を渡して、馬の番を頼んだ。


「このダンジョンに来るのは五年ぶりくらいね……アイザック達は?」

「あっしらは季節ごとに来ておりますから。とはいえ油断はできませんぜ」


 その言葉に私は気を引き締め、注意深くダンジョンへと近付いていく。


◆◇◆


 ダンジョンの入り口は広く、そして足場もしっかりしていた。松明の明かりが揺らめきつつも消える様子は無い。空気がよどまずに流れていることを示している。人間や動物が入っても問題ない環境であり、つまりは魔物にとっても過ごしやすい環境ということだ。そして住みよいダンジョンというのは生存競争が激しく、魔物は自然と戦意が高く凶暴になる。魔力による影響もあるらしく、仮に同じ種の生き物であっても外に住む魔物よりもダンジョンに住む魔物の方が気性が荒いらしい。


 ダンジョンに住む魔物を倒すには、人間の器用さを活かして遠慮なく先制して仕留めていくのが常道である。戦意が強いならば、戦意が現れる前に挫く。そのためにはまず、如何に敵に察知されるよりも先に敵を察知することが大事になる。私は音がもれないように口を抑えながら呪を唱える。


『蝶のはためきは大海に荒ぶる嵐なり、しからば嵐の兆しを読むこと如何に容易きかな』


 足音や吐息、羽音といった動きある生物を遠くから察知する探知の魔術である。音に頼る術であるために幽霊やゴーレムの類にはあまり通用しないが、この天然のダンジョンに居るのは動物型の魔物がほとんどのはずだ。油断はできないが十分に活用できる。


「奥にゴブリンが2匹。図体が大きい、ホブゴブリンかも」


 と、アイザック達に伝える。


「お嬢様。その程度の数でしたらあっしらは一人でも十分対応できやす。お嬢様はどうですか」

「うん、問題ない」

「では、お嬢様の力量を見るためにも、お一人でできますでしょうか」

「お手並み拝見ってわけね」

「もちろん後衛について、すぐフォローできるようにします。ジムが回復魔術を使えますが、油断なさらず」

「わかった」


 私は松明をアイザックにあずけて先頭に立つ。

 音で大体の位置は掴んだ。弓に矢を違える。


「お嬢様は弓も使われるので?」

「こういうときはね」


 そして剣もまたいつでも抜ける状態にしておく。


 ホブゴブリンは今まで何度も仕留めた。浅層でよく見かける魔物ではあるが、ゴブリンに比べて腕力が強く皮膚も硬い。だが、貫けない程ではない。夜目は人間よりも利くものの、他の野生動物や魔物程ではない。鼻も、犬や猪に比べれば随分鈍い。だが腕力が強く人間と同程度に体力もある。ダンジョンの中での脅威度としてはあまり高くはないが、手こずって長丁場になると厄介な相手だ。速攻で倒すのが一番良い。


「……ッ!」


 慎重にダンジョンの中を進み、ゴブリンに矢を射られる距離まで近付く。幸いにも相手は火を使っているようで、薄明かりの中に獣と人の合いの子のようなゴブリンの顔が浮かんでいる。そこを目掛けて射った。


「ギャウアッ!!??」


 そして私は剣を抜き、矢の当たっていない方のゴブリンに一足飛びに距離を詰めて喉を切り裂いた。体格が大きい、ゴブリンとホブゴブリンの中間くらいか。返す刀で二匹目を逆袈裟に斬る。浅い。ゴブリンの脂肪の壁で致命傷には至らなかった。向こうはやたらめったらに棍棒を振り回す。こちらに距離を詰めさせないためだろうが、苦し紛れの打擲を避けるなど造作もない。敵が冷静さを取戻す前に斬撃を繰り返す。斬る度に動きが鈍くなっていき棍棒を振り回す手が怯え、守りに入った。剣撃を差し込む隙間が見える。喉。突き刺す。ゴブリンは苦悶の表情のまま声にならぬ声をあげ、そして倒れた。


「……ふう」


 二匹目のゴブリンを倒す際に無駄に手数を増やしてしまった。初撃で仕留められなかったので、もしお祖父様と一緒だったならば説教を食らったところだろう。


「お嬢様、お疲れ様です」

「どうだった?」

「……十分です。というか、技だけで言うならばあっしらよりも上かと。先代様直伝なだけはありますな」

「そう? アイザックの方が膂力は上だと思うけど」

「そりゃあっしらは鍛えてますし、戦も冒険もこなしてきておりますぜ。ですがお嬢様のような精妙な技はありやせんし、斥候術についてはこの中ではマークに任せきりです。ソロで中層まで潜れるって話も納得でさぁ。ただ……」


 そこまで言いかけてアイザックは言い淀む。


「冒険者としてはあなた達の方がベテランなんだから、ちゃんと言って頂戴。指示には従うから」

「わかりやした……お嬢様」


 アイザックは頷きつつも、言いにくそうに口を開いた。


「器用なのは良いことですが、下層のモンスターは大体図体がデカくて硬いとか、あるいは剣や斧を無効にできるような位の高い悪霊とか、一筋縄ではいかないってぇのが相場です。そいつらに通用する武器があるかないか……そこが冒険者としての分かれ目になりやす。お嬢様は、タフな魔物を倒す手段ってのがあるようには見えません」

「うん、そうね」

「すみません、無礼な口を聞きました」

「いいの、わかってたことだから大丈夫。一応、剣に呪いを掛けて悪霊を切り払う術は覚えているのだけど……甲殻に覆われた魔獣とか竜種とかになると私だけじゃ太刀打ちできない」


 私はそれなりになんでもできる。


 あくまで「それなりに」だ。


 剣技についてはお祖父様に相当仕込まれた。そこらの兵士に負けないくらいの自信はある。だが本気で剣一本で渡り歩いてきた達人に勝てるかというとそれは無理は話だろう。また、剛力で戦斧を振り回しオーガの額を叩き割るような偉丈夫にもかなうまい。魔術も幅広く覚えたが、魔力の絶対量が少ないために凄まじい火炎を放ったり竜巻を起こしたりということはできない。魔力を節約し、使い勝手の良い魔術を状況に合わせて使うことで補ってきた。自分に乏しい物を補うため試行錯誤してきた結果がこれだ。その甲斐あって魔術学校の同期の中では五本の指には入る。だが首席には届かなかった。


 まあ、学生生活を思い返してみれば順当な結果だったかもしれない。首席を取った者は平民でありながら魔力と頭脳に恵まれた本物の天才であり、放蕩貴族など及びも付かぬほど破天荒だった。純粋に冒険者としての技量を極めようとした友人も居て、常識人ではあったが目指すべきところが常人とは違う、遥か高みを目的としていた。私は単純に、負けず嫌いだった。負けず嫌いな自分は決して嫌いじゃない。しかし、通用する私だけの武器というべきものを在学中に作り出せなかったことは素直に悔しい。


「名剣魔剣の類がありゃ良いかもしれませんが……」

「そうそう出回ってるものじゃないしね……ま、できることをやるだけだわ」

「それでも、サポートに回ってくれるなら深層でも問題なく働けるでしょう。補助の魔法や斥候をしながら戦える冒険者ってのはどこでも重宝されやすから。冒険者になるなら銀級は十分に狙えますぜ」

「結婚する予定だけどね。破談になって行かず後家の冒険者になったらあなた達、私を雇って頂戴」

「はっはっは、お嬢様を冒険者にしちまったら嫁に怒られちまいますわ」


 アイザック達はにっかりと笑う。気心の知れた人との冒険は楽しい。姉の逃亡や見合いのいざこざなどでささくれ立った心が癒やされる気がした。


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