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47話

 完膚なきまでに叩き伏せられた。


 同世代の人間の本気の剣撃を受けて思ったのは、剣を教えてくれたお祖父様はなんだかんだ言って手加減してくれていたのだなという感慨だった。


 学校に入ったばかりのとき、私は自分の未熟さを知ると同時に、少々天狗になっていたこともあった。都会へ出て、さぞや腕の立つ者や弁の立つ者、知恵の回る者がごった返すようにうごめいているのだろうと想像していたが、私がこれまで学んできた物が一切通用しないということも無かった。むしろ、ある程度までは通じた。平凡な学生を打ちのめすことができる程度には。魔術には秀でていなくとも剣術についてはそれなりに通用するのだ、私は無力な存在ではない。そう思った。


 だが、本物には通用しなかった。


 同世代で初めて膝を屈した相手はダリアだ。

 タフネス、俊敏さ、そして回復魔術の確かな腕前。

 強いと感じた。

 だが決して届かない高さではないと思い、むしろ励みになった。

 まずこいつに勝とうという研鑽の目標ができた。


 次に負けたのは、ディエーレだ。

 手も足も出ずにやられた。

 ディエーレの扱う傀儡魔術は見たことも聞いたこともないものだ。

 現時点ですらディエーレほど特異な魔術師はお目にかかったことがない。

 世界の広さを実感した。

 これが魔術師の最先端なのかという感動があった。

 彼女のだらしのない面には閉口したものの、彼女の人懐っこさと博識さ、そして実力は今でも尊敬している。


 そして、ギリアムに負けた。


 ダリアのように、自分と拮抗する人間に押し負けたのではない。


 ディエーレのように、自分とは違う土俵で遊ばれたのではない。


 自分の土俵で、完膚なきまでに、叩き伏せられた。


 初めて立ち会ったとき、彼は魔術を使わなかった。使えないはずはないのに。


 ただの木剣一振りで、ディエーレを除く全ての同期の人間を打ち破った。


 生まれて初めて、本物の敗北を味わった。


◆◇◆


 そして今、きぃんと甲高い音が響いた。


 ギリアムの得物もまた私と同じ片手剣ではあるが重量が違う。

 分厚く、そして長い。

 小兵の者にとっては両手剣とさして変わらない。


 私の剣を受け止める彼からは、ただの膂力だけではない確かな技量を感じた。

 大地を踏みしめて敢然と弾き飛ばすのではない、冷静な肉食動物のようなしなやかさを感じる。

 コネルのような荒くれ者とは一味も二味も違う盤石で優雅な手応え。


「良い斬撃です。疾さも重さも以前より増している」

「それは……どうもっ!」

「ぬっ!?」


 せめぎあう剣を押し出すほんの一瞬だけ、強化の魔術を発動させた。

 全身の動きを一点に集中させて踏み込めば、私の体躯でもギリアムに競り勝つことができる。

 ギリアムの体を後ろへと弾き飛ばし、


「ずえりゃああっ!」


 たたらを踏むギリアムの元へさらに一歩踏み込み、刺突を繰り出す。

 払われた。

 だがギリアムの体勢は崩れたままだ。


「甘いッ!」


 ギリアムは崩れた体勢をひねり、丸太のような脚が私の顎へと迫る。

 ぶおんと風切り音を立て襲いかかるそれは、鉄塊のごとき猛威を備えていた。

 すんでのところで避ける。

 お互いの間合いが開いた。

 仕切り直しだ。


「足癖が悪いわ」

「良い癖をしてるなどと言われたことは一度もありませんからね」


 などと軽口を叩きながら、今度はギリアムが距離を詰めて襲い掛かってきた。


 上段。まっすぐにまっすぐ過ぎるほどの唐竹割り。


 半端な腕前の者ならば隙だらけになるであろう技も、この男の手にかかれば立派な必殺技だ。

 体の真芯をあまりにも正確に狙っているために避けるにしても防ぐにしても判断を強いられる。


 剣で受けることはせずに真左に飛び退く。

 だがギリアムの剣が私を追いかける。

 手首をひねり、一瞬でなぎ払いへと変化した剣閃が私の身体に届こうとする。

 剣の腹で防いだ。


『地に立つ木々は根を下ろし嵐雪を凌ぐ。地を踏み締める脚は身体を堅固に守ること能わざるや』


 同時に、堅牢の魔術を唱える。

 これで重量級の剣撃でも弾き飛ばされずに済む。

 だが……


「疾ッ!!!」


 ギリアムは私の防御を察して、重さよりも軽やかさを重視した剣閃で襲いかかる。


 一合、二合、三合、そして数え切れないほどの攻撃。

 もはや剣撃というよりも剣の雨だ。

 だが、見える。

 見えるということは、捌ける。

 四合目をかわし、五合目を剣でいなし、六合目を篭手で弾いた。


「ほう……!」

「なにが、ほう、よ! 驚いてる暇があるならッ!」


 そして、途切れそうになった瞬間、すかさず斬撃を繰り出した。

 虎牙兵法の斬撃、鷹爪。

 相手が剣を振り、伸び切った瞬間の手首を切り落とす技だ。


「やりますね」

「ありがとう」


 完全に入ったわけではない。

 袖口と皮一枚を斬っただけだ。

 だがそれでも、今までは傷一つ負わせることができなかった。


「それだけに惜しい……宝の持ち腐れとは思わないんですか?」


 一撃が当たった程度で喜ぶな。

 押し隠せ。勝利の一瞬まで、動じるな。

 平常心を保とうとするのは、動じている証拠だ。


「全然」

「家の都合で結婚するというのに? その鍛えた技を活かす場など、そうそうありはしませんよ?」

「……あのね、何か勘違いしているようだけれど。私は嫌なものを受け入れて仕方なく生きているわけじゃないわ。『妥協にしては悪くない境遇だ』なんて無聊を慰めるような気持ちで虚勢を張ってるわけでもない」

「そう、そこですよ」


 ギリアムが、私の目を見る。

 油断するな、話をしているとはいえ、隙を見せたら飛びかかってくる。


「あなたや私のような人間にとって、剣の道は自分の半生にも等しいはずです。我儘と言われようが自分の生きたいようにしか生きられない。アイラ、あなたはそういう人種に見える。ただ単に貴族としての生き方が性に合っているのであって、村人や町人に生まれていたらきっと剣を携えて旅に出ているんじゃありませんか」


 おまえはこういう人間だ、と決めつけられるのは愉快ではない。


「そうかもしれない……というか、そうだわ」


 だが、ギリアムの言葉は間違ってはいなかった。


「自分のことをわがままだって思ったことはあんまり無かったけど、よくよく考えたらわがままだわ。納得行かないことには腹を立てるし、やりたくないことには文句も言う。やりたいことは好き好んで没頭した。お父様や目上の人から命令されることも少なくないけど、それだって自分が納得して、自分が決断した上でやってきた。だからこそ、そこに他人にあれこれ言われる筋合いは無い」


 そこまで言うと、ギリアムは剣を降ろした。


「では何のために強くあろうとするのです?」

「お祖父様が教えてくれたことだからよ。教えられたものがしとやかさとか賢さとか商いの手腕とか、そういう別の物だったとしたら、それを磨く道でも良かった。強さじゃなきゃいけない理由は無いわ」


 私の剣は、何かを成し遂げるための武器ではない。

 お祖父様、お祖母様はかくあれとは言ったが、何事かを為せとは言わなかった。


「むしろ、あなたの方が強く非ねばならないって不自由に生きていると思う」


 私がそれを口にした瞬間、ギリアムは笑った。


「っはっは……見透かされてるようで困ってしまいますね。図星を付かれました」

「ええと、ごめん、当てずっぽう気味に言っただけなんだけど」

「いや、実際そうなんですよ。私にはやらねばならないことがあり、研鑽を積んでいるのはそのためです」

「やらねばならないことって?」

「そこはあまり人には言いふらしたいところでは無いですね」

「そのために私を勧誘しようとした?」

「はい」

「気になる言い方ね」

「聞きたいのですか?」

「どうかしら、聞いてみたくもあるような」

「ですが長話している間に斬られかねない気もします」

「おっと、気取られたかしら」

「ふふ」


 そしてギリアムは微笑み、呪を唱え始めた。


 今までは、小手調べにすぎない。

 私も魔剣の力を使わずに様子見をしていたし、ギリアムの方も剣技のみで私と相対した。


「本気で行きますよ」

「当たり前よ。その上で、倒してみせる」

「良いでしょう……ですが、我が魔術、青海青嵐。そう簡単に破れるとは思わないことですね」


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