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46話

 アドラスの書斎に広がったバラバラ死体状態のゴーレムをわちゃわちゃと片付ける。

 ディエーレは修理のためゴーレムを一旦引取り、アドラスの考えている用途に合わせて改修を加えるつもりらしい。


「流石にプロに渡すものは格好つけたいのでね」


 などと言っていたが、実際のところはアドラスと話している内に沸いてきたアイディアを実現したいだけだろうなと思った。ま、彼女の研究に役立つならばうるさくは言うまい。アドラスも興味がありそうだし。


「ところでようやく本題になるわけだけど」

「ふむ、聞こう」


 私がそう言うと、アドラスは居住まいを正した。

 そしてディエーレが話を切り出す。


「やはり先日の会食の件、良くなかったんですよね。一応冒険者の立場の人間から脅しとも取れる言葉が出ちゃったわけで。アイラに対してだけではなく、アドラス様、あなたへのお詫びもしなければと思いまして」

「ん? 別に構わんよ」

「……良いんですか?」


 ディエーレはアドラスを驚きの目で見つめる。

 だがアドラスは苦笑い気味に答えた。


「彼自身がフィデルの味方に立つこともある、と正直に打ち明けるだけ十分に公平だよ。冒険者でありながら生涯かけて友人の仲間であります、なんて宣言する方が怪しい。上級貴族に出入りしてる上等な冒険者が、他所の貴族に雇われた間者だったなんてことも聞く話だからね。ま、僕のような田舎の領地にはそういうことも少ないが」

「へぇ……シビアな世界もあるもんですねぇ」

「彼が彼なりに筋を通そうとしたと僕は思う。アイラの身の振り方を頭ごなしにあれこれ言われたことについては不満だが……」


 そこでアドラスは私の方を見た。


「君はどうだい?」

「私?」

「会食に同席した彼らと付き合いが長いのは君だろう? 君の意向を優先するよ」

「あ、ありがとう……」


 とは言ったものの、予想外の返答でどうすれば良いものやら見当が付かない。

 だが、なんとなくもやもやしたものがある。

 それがあるからディエーレの誘いに乗ってここまで来てしまっている。

 そしてアドラスは先日、こう言った。


 やりたいことは本当に無いのか、と。


「……私は別に謝罪がどうとか、そういうのはどうでも良いの。学友であることにはかわりないし、ごめんなさいの一言で済む話をぐだぐだと続けるのは嫌いよ」

「うむ」


 アドラスとディエーレがほくそ笑んだ。

 何か笑うところがあっただろうか。


「えっと、なんか変なこと言った?」

「いや、きみらしいなと思ってな」

「そ、そうかしら……ともかく」


 私は言葉を切った。


「私は……挑まれたならばギリアムと決着を付けたい」

「それは……」


 アドラスが私の目を見る。

 大丈夫か、と語りかけている。


 私は頷き返す。


 シンプルなのが良い。

 自分の望むこと。自分の心残り。

 それを考えれば行動は一つだ。

 上を目指すこと、これまでの雪辱を晴らすこと。

 そこには賭けであるとか取引であるとか、余計なものは要らない。

 ギリアムも私と勝負したければ私が歩いているところに剣を抜き払い、いざ尋常に勝負とでも言えば良いのだ。

 要らない小細工を弄するからイライラしたのだ。

 もっとも、結婚を理由に仕合をすべきか迷っていた私も良くなかった。

 どうするべきか迷ったまま気を持たせるのは良くない。

 ならば、行動あるのみだ。


「何かが立ちはだかるって言うなら、正面から立ち向かいたい。純粋にそういうことができるのって、きっとこれから先は減っていくんだと思う。結婚するからとかじゃなくて、単に大人になれば誰だってそういうことができなくなる。だから……」

「何も反対したいわけじゃないさ」

「良いの?」


 反対されたらどうしようとは思っていたが、こんなにもあっさり賛同してくれる


「別に敗けたいわけでもないし、出ていきたいわけでもないんだろう? もっともちゃんばらで人生の行き先を賭けの景品にするのはいただけないが……」

「そこは大丈夫」


 私は力強く頷く。

 が、ディエーレはいぶかしげに問いかけてきた。


「勝算はあるの? 敗けたら今後に影響あるんだよ?」

「勝算というか……そもそも私が冒険者に仲間になることって、目的じゃないのよ」

「……うん?」


 ディエーレもアドラスも、よくわかっていないという表情をしている。


「ま、そこは大丈夫だから安心して」

「危ないことは避けたまえ……と言いたいところだが」

「ごめんなさい」


 実を言うと、勝算について無いわけではないが、確実ではない。

 身もふたもないことを言えば勝算が全くない勝負などはない。

 そして、勝算があったとしても、確実な勝利などはない。


 僅かな確率をこじあけることに賭けるのが、勝負の本質だと思う。


「ただ……挑むということを、卒業するまでにやっておきたいって思うの」


◆◇◆


 野仕合にも作法と言うものがあった。


 再び学校へと戻り、私は機会を待った。

 ギリアムは普段から真面目に学業と鍛錬に勤しんでいる。

 既に卒業を確保しているというのに朝早く起き出して鍛錬を始める。

 自分と同門の人間に指導することも厭わない。

 もっとも指導といっても、手加減が無いものだから指導される方も必死だ。

 ここは軍隊か何かだろうかと思うような苛烈な訓練を朝から嗜んでいる。


 そして朝食を済ませ昼間まででは魔術の学習だ。

 講義に出て、ごく普通に勉強に取り組んでいる。

 彼は水を扱う魔術が得意だ。

 軍属の騎士は攻撃的な火の魔術を好み嗜むが、在野の冒険者は水の魔術を好む。

 これを覚えているかいないかは、長期探索の可否の分かれ道だからだ。 

 水の一滴が命をつなぐことも決して少なくない。

 また、一気呵成に敵を屠る力は無くとも、小回りが利く便利な魔術が多い。

 私も余裕があれば覚えたいところだったが、魔力量や適性を考えて補助魔術を集中して覚えた。

 学校を卒業してからも魔術の勉強は続けようと、彼の姿を見て思った。


 ギリアムは軽い昼食を取ってからまた訓練を始めようと練武場に行こうとして、途中で道を折れた。

 向かう先は特に何もない。

 あるのはただの備品倉庫だ。木剣や試し切りのための藁束が積まれているだけで、この時間帯に何か用のある者などいない。学校と外を区分けする壁と倉庫の壁に囲まれ、昼間でも暗がりになっている。


 つまり、ここで何事かが起きても他人に知られる心配は無い。


「……そろそろ良いのでは?」


 背中越しに、私に声をかけた。


「あ、ごめん、バレてたか」


 距離を取って気配は消したつもりだったが、流石に鋭い。


「音や気配を消して雑踏の中に紛れていると、逆にそこに空白ができて目立つこともあるんですよ」

「そこに気付くのはあなたくらいよ」

「そもそもアイラ。気配は消しても殺気は消さなかったでしょう。いつ斬りかかってくるか気が気じゃありませんでした」

「まあ、気付いて貰えなかったら貰えなかったで困ってたしね」


 今から斬りつけるぞという殺気を飛ばすのは、つまるところ挨拶や因縁のようなものだ。

 常在戦場の心構えから行けば、逐一手紙をしたためて送るのは無粋。

 だが完全な不意打ちで済むのであれば実力差は歴然。斬りかかる意味すらない。


 だから、殺気を飛ばす。


 気付いて貰えたならば、あとは実際に剣を交えるかどうかだ。


「ちなみに、何回ほど?」

「6回」

「3回は殺されてますね。3回は誘いのつもりの隙でした」

「むっ……」


 確かに、隙を見せるにしても迂闊過ぎる瞬間があった。


 あれはむしろ、こちらが斬りかかっていたら返り討ちにされていたか。


「そう顰め面しないでくださいよ。好機を狙ったのはそっちですから、お互い様です」


 涼やかな顔でギリアムは語る。

 がっしりとした体、雄々しくも引き締まった顎、そして静謐ながらもどこか剣呑さをはらんだ目には、一切の動揺が無い。むしろどこか楽しげですらあった。


「そうね、むしろ闇討ちまがいに付け狙ったこっちが悪かったわ」

「いやまさか、謝ることなんてありませんよ」


 ギリアムはそう言いながら、自分の腰の剣を握った。


「むしろ新鮮な気分でした。まるで告白される少女のように胸を高鳴らせていました」

「それはちょっとどうかと思うけれど」

「だって、仕合ってくれるということでしょう?」

「ええ」

「では、賭けに乗ってくれるのですか?」


 だが、私は首を横に振った。


「暗がりで剣で襲いかかるような人間が、相手の理屈を受け入れると思う?」

「……ええと、つまり」


 ギリアムは戸惑った顔で思案し、そしてやがて答えにたどり着いた。


「賭けには乗らない」

「ええ」

「だがそれはそれとして、私に斬りかかると?」

「そういうことね」


 ギリアムはぽかんとした表情をしていた。


 だがしばらくして、おかしそうに口に手をあてて笑いだした。


「いや、アイラさん。それは無法というものでは?」

「そっちが悪いのよ。大体最初から条件がおかしいのよ」

「おかしい?」

「だって勝負を受けてくれるなら味方になる、断るなら敵になるって、どっちにしろ戦うって言ってるようなものでしょう。というかそれが目的じゃない。叶えてあげるんだから感謝こそされても恨まれる筋合いは無いわ」

「なるほど、いや全くその通り。回りくどい話なんてすべきでは無かった。ただこうでもしないと仕合は望めなさそうだったのはわかってほしいですね。あなたと同じことを平民の私がやったら放校されかねませんし」

「それはまあ、ごめん」


 などと言い合いながら、私もギリアムも慎重に間合いを測っている。

 互いに、いつでも抜刀できる体勢だ。


「しかし良いのですか」

「なにが?」

「仕合では無くただの斬り合いというのであれば、加減は出来ませんよ?」

「望むところよ」


 その私の言葉が、火蓋の代わりとなった。


 二条の銀閃が、暗い通路に輝く。


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