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45話

「……それで、どーする?」

「どうするってなによ」


 ディエーレの部屋でお説教が終わった後、彼女はそんな言葉足らずの質問を投げてきた。


「ギリアムのこと」


 なるほど、前回の会食のときの申し出か。


「あの提案は断るってことで話が……」

「それはわかるんだけど、詫びに行かせようか?」

「ああ、そういうこと」


 うーん……今更あれこれ言っても仕方ないような。

 むしろアドラスの手を煩わせる方が心苦しい。

 彼の中では終わったことのようにも思うし。

 ただ、詫びも何も無しというのもしこりが残りそうな気もする。


「……ひとつ質問に答えて」

「なんなりと、お嬢様」

「ギリアムがああいう話をするように頼んだの?」

「んー……」


 ギリアムは一種の天才だ。

 剣技にしろ魔術にしろ慢心せずに貪欲に取り組む。

 格下だろうと格上だろうと礼節をわきまえ、謙虚さを持って相対する。

 突発的な物事にも動じず柔軟に対処する。


 が、そうした闘争に関わらない部分では天然というか……今ひとつ感情の機微に疎い。

 人間誰しも競い合い高め合うことが好きだと思っている節がある、一種の戦闘民族だ。

 かといって頭が回らないボンクラなどではない、むしろ機知に富んでいる。

 ただしその機知を自分を高めることや勝負することのために惜しみなく注ぎ込む。

 荒くれ者の風貌をしていないことが奇跡のような男だ。

 ダンジョン探索や鍛錬などでは実に頼りになるのだが、前回の会食のような畏まった場面やプライベートでは、彼の悪いところが表に出てしまうことがあった。


「……頼んだわけじゃないけど、けっこう無茶なことを言って引き抜きするかなとは予感してた」

「はぁ……」


 そして、そういう性格は私もディエーレもよく知っていた。


「……まあ良いわ。心配してくれたのはありがとう、でも試すような真似は控えて」

「うっ、ごめん」


 ディエーレはおそらく、アドラスのことを疑っていた。


 しかしまあ、振り返って考えてみれば自然なことかもしれない。もしディエーレが結婚すると言い出して、その理由が家族の不始末を拭うことだったとしたら真剣に心配するし、しかも婚約者のことを褒めそやしていたとしたらますます怪しむかもしれない。それを思えば怒り切れない部分があった。だがそういう理由だとしても試すような真似をされては困ってしまうが。


「とりあえず、ギリアムの謝罪は私には要らないわ。アドラスには相談するけど。ただ……」

「ただ?」

「……その、本気でフィデルとか言う冒険者の手伝いをすると思う?」

「さーて、どうだろうね。半分くらいはハッタリだと思うし。それにいくら恩義があるからってあからさまな兇状持ちを手伝うかねぇ?」

「確かに」

「それにギリアム個人としては借りがあるんだろうけど私達には無いしね。ギリアムにもフィデルとやらにも協力しないよ。それならむしろアイラに恩を売りたいね」

「そうしてもらえると助かるけど」

「ギリアムもそのあたり交渉のカマかけだったんじゃないかなぁ?」

「うーん……」


 私の姉と駆け落ちした冒険者フィデルは、冒険者ギルドによって正式に手配されている状態だ。

 正式な犯罪者ではないにしても、おいそれと助力できるような人間ではなかろう。


 だがそんなことはお互いにわかっている前提だ。

 あれはまるきりブラフだと言えるのだろうか。

 もし仮に彼が敵対することになった場合、彼を倒さねばならない。

 銀等級の冒険者が二人。

 仕事の難易度は一気に跳ね上がる。


「……ギリアムの考えてることはともかく、言い方には気をつけてほしいわ。短気な貴族だったらどうなってたかわからないわよ」

「注意しとくよ。で、話を戻すけど、ギリアムの件どうする?」

「うーん……」


 改めて詫びに行かせるにしても、まずはアドラスの意向を確認してからにした方が良いだろう。

 アドラスも忙しそうだし、先触れもなく向かわせるのも良くない。


「ま、今はいいわ。考えたいこともあるし。それに」


 先日、ギリアムは私に勝負をしないかと言ってきた。

 勝負に賭ける景品も添えて。


 そしてアドラスは、私の望むことはなんだと問いかけた。


 問いかけが未だに頭の中を巡っている。

 少なくとも、景品を望んで戦おうとは思わない。


 つまるところ――


「燃えない」

「は?」

「なんでもない」


◆◇◆


 職人街を女二人で歩く。

 ディエーレは勝手知ったる道筋らしい。

 彼女は面食らう様子もなくひょいひょいと人混みをかき分けて歩く。

 聞いてみれば、自分の研究のためにこのあたりで買い物をすることが多いらしい。


「表通りはあんまり歩かないけどね。私が行くのは裏の方のもっと小さい店ばっかりだよ」

「裏通りねぇ……」


 ちらりと見た限りでは怪しい魔道具や怪しい触媒を売る怪しい露店ばかりに見える。

 この子も物怖じしないからなぁ……。


「ともかく、あそこの店よ」

「へぇ……これはまた」


 珍しくディエーレは驚きの目で店構えを見ている。

 この気まぐれ屋を驚かせたのはちょっと誇らしい。

 まあアドラスが切り盛りしている店なので私が自慢する筋合いのものでもないけど。


 店の扉をくぐるとこないだと同じ店員が店番をしており、奥様と呼びかけられる。

 ディエーレが横でにやにやしている。

 奥様呼ばわりされる私が面白いのだろう、まったく。


 そして再び、アドラスの書斎へと通された。

 アドラスは気を悪くすることもなく私達を椅子に座るよう促し、ついでにお茶も用意してくれた。


「ごめんなさいアドラス、また仕事の邪魔をして」

「なに、忙しいのは終わったところだ。午後はそう忙しくも無いからね。ところで……」


 アドラスはちらりとディエーレの方を見た。


「ところで、ええと、ディエーレさんだったかな?」

「はい、昨日の非礼のお詫びと、そちらでお買上げになった魔道具の件で」

「魔道具?」

「ほら、こないだ暴れまわっていたゴーレムよ」

「ああ、あれか。……きみが作ったのか?」


 アドラスの声色が変わった。

 目つきも鋭くなる。


「はい、学業の一環で。同じ研究者に譲って使い勝手を試して貰ってたのですが、どうやら転売されて行方を探していたのです」

「ふむ……。おーい、誰か居ないか」


 アドラスが声を上げると、メイドが入ってきた。


「旦那様、お呼びになりましたか」

「掃除用のゴーレムを出してきてくれないか。私の部屋に置いてある」

「はい、ただいま」


◆◇◆


 メイドによって持ち込まれたゴーレムは、見るも無残な姿をしていた。

 外装の鎧は外され手足ももぎ取られ、ついこないだまで暴れまわっていた面影が全くない。

 人間の形をしたものがバラバラになっているのを見ると妙な居心地の悪さを感じる。


「……壊した?」

「いっ、いや、そういうわけじゃないぞ! 分解してしまっていたことは事実だが」

「いえいえ、大丈夫です。……ほほーう、解析しましたね?」

「うむ。複雑で苦労した」


 ディエーレは資料を取り出してアドラスに渡し、アドラスはそれを熱心に眺めている。

 アドラスがページを捲りながら時折あれこれと質問を言うとディエーレがすぐに答える。


「……なるほど、これは既に大雑把な動作が既に与えられているのだな、細かく腕を動かそうとしたり歩かせようとしてもうまくいかないわけだ」

「こちらとしてはイチから解析して動かそうとする人が居るのを想定してなかったんですがね」

「この胴体部の魔結晶と陣の記述は? 回りくどいように思うが」

「資金が無くて魔結晶を数珠つなぎにしただけです」

「では、こうすれば良いのでは……?」

「いやあそれだと予算が……それに細かい制御をしようとすると、操縦者の手に余るんですよね」


 ……話が専門的すぎて何を話しているのかまったくわからない。


「これ、細かい調度品が置かれてるような場所で動かすことは想定してないんですよ。倉庫とか納屋とか、多少動きが雑でも問題ない場所で放っておくのが現状のベストな使い方ですね」

「手や足の動きがついてこないからな。だがそれならば番兵の代わりのようにもなるんじゃないか?」

「考えてはいますけど、まあそこは研究の秘匿にあたるもので……」

「むう、聞きたいがそれならばしかたないな……」

「……あの-、二人とも」


 私が声をかけると、アドラスがはっとして私の方を振り向いた。


「おっと、すまない」

「いや別に良いけど……」


 そうか……二人共あれだ、凝り性だ。


 ディエーレは一度何かに没頭すると部屋の片付けや寝食を忘れて倒れるまで部屋に閉じこもるタイプだが、アドラスもちょっと似たところがあるかもしれない。一度ディエーレが飢えて倒れたところを介抱したことがあったが、なんだかアドラスも似たような状況に陥りそうな気がする。


「アイラの目がなんか生暖かいなぁ?」

「気のせいよ、ディエーレ。楽しいところ悪いけど本題を忘れないで頂戴」

「本題……あ、そうだそうだ、お詫びに来たんだった」


 ディエーレが悪気なくけらけらと笑い、私はまたも脱力してしまうのだった。


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