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44話

 夜も更けていたので、客用の部屋に寝床を用意してもらった。


 夜道に現れる不埒者を返り討ちにする程度の実力は備えているつもりだが、万が一というのは常にあるし今ここで固辞しても他人行儀だと思い、言葉に甘えることにした。学校を卒業したら寮も引き払うことになる。そうなれば私がアドラスとともに王都に来たときはここに泊まる機会も増えるのだろう。それを思えば今の内に慣れておくのが得策とも思った。


 だが、気付いた。


 名実ともに夫婦になってしまうと言うことは、いずれ寝室も一緒になるのでは?


 というか、


 寝静まった頃にアドラスが来たらどうしよう。


 いや、待って、心の準備ができていない。


 しかし今来られて自分が拒めるとも思えない。


 むしろ全く興味を示されなかったらそれはそれでまずいのではなかろうか。


 だがまだ結婚を正式にしたわけではない、私の魅力あるなしに関係なく強引に事を進める人でもない。


 でも、だが、しかし、いや、されど、などと頭の中で文章にならない接続詞がぐるぐるぐるぐると頭の中を回り、そして……






 気付けば朝日が登っていた。


「奥様、寝不足ですか? お布団固かったでごぜえますか?」

「いえ、大丈夫よ、ありがとう」

「そうですか? では隣の部屋におりますので、何かございましたらいつでもお呼びくださいまし」


 暇を持て余したエリーが起こしに来てくれた。

 眠ったか起きていたかよくわからない、そんな半覚醒の状態のまま朝を迎えてしまった。

 当然ながらアドラスは来なかった。


「……そ、そういえばアドラスは?」

「ああー、まだ起きてらっしゃらないです。他の使用人の方から聞いたのですが、旦那様はお酒が入った日はぐっすり眠っちまうんだそうで。二日酔いにもなりやすいとか」

「そ、そうだったの……」


 がっくりと脱力する。私の緊張はなんだったのだろう……。


 いや、まあ、女の一人歩きを心配してくれた誠実さと受け取っておこう、とりあえず今はそれが一番平和だ。


◆◇◆


 アドラスと一緒に朝餉を取り、挨拶もそこそこに店を出ることにした。


 彼の朝は忙しいらしく、店の中は朝早くから既に慌ただしい雰囲気だ。あまり私のことで手を煩わせるのも考えもので、見送りも辞して去ることにした。職人街は歩き慣れていないが昼間の王都の一人歩きなどは慣れたものだ。


 そして学校の寮へ戻って、ディエーレの部屋へと直行する。


「ちょっとディエーレ!」

「なーにー?」


 ノックをすると間延びした返事が返ってくる。


「入るわよ……って、なにそれ?」


 相変わらずガラクタやら書類やら酒瓶やらが転がっている部屋だ。

 そしてその部屋の片隅のベッドの上で、ディエーレは寝間着代わりの白衣を羽織ったまま書物を読んでいる。これもまたいつもの光景だ。


 が、今日はひときわ妙なものが転がっている。

 人の背丈の半分ほどの金属鎧といった感じのものが部屋の真ん中に鎮座していた。祝いで奉納されるミニチュアの鎧にも見えるが、装飾は少なく無骨なデザインだ。鉄の地肌がむき出しで飾り付けもない。


「……これ、ゴーレム?」

「ああ、そうだよ。全自動で動く従者ゴーレム」

「全自動で動く」

「……を目指して、志半ばで倒れたもの。半自動ってところかな」


 なんだろう、これどこかで見たような……。


「あ、これもしかしてお掃除ゴーレムとか言うのと同類?」

「ん? 知ってるのかいアイラ?」


 おや、という顔をして彼女は私の顔を覗き込む。


「アドラスが買ってたのよ」

「あっちゃあ、しまった、そこに売られてたか……詫びに行かないとな」

「そういえば壊れてた……っていうかまともに動かなかったみたいだけど」


 頭をぼりぼりとかきながらディエーレは大きなため息をつく。


「ま、昨日のお詫びも兼ねて顔見せないとね。案内して貰っていい?」

「良いけど……え、もしかして不良品掴ませたわけ?」

「そういうわけじゃないんだけどねぇ」


 ディエーレは、自分の研究の一環としてゴーレムをよく作っている。


 人形マニアなどと彼女を揶揄する者も居るが、彼女の技量は確かだ。砂や木といった無機物に魔術をかけて人形を象りそれを意図通りに動かしたり、あるいは魔道具の技術を利用して自律的に動くゴーレムを製造したりと、この技術にかけて学校では右に出るものは居ない。ただ見た目が凄いというだけではない。力強くありつつも繊細な動きを兼ね備えたゴーレムは、その業界の中でもホープとして期待を集めている。


「展示会で試作版を幾つか売ったんだけど、どうやら客の一人がカネに困って転売しちゃったみたいでね……転売禁止って言ったのになぁ。ところでどんな風に動いてた?」

「とりあえず目につくモノ全部壊そうと暴れまわってた感じ。ああいうものなの?」

「ただ起動だせても暴れるだけで、細かい制御をするには専用の呪文を詠唱しないと無理なんだよ、その説明書きも書いて渡しておいたハズなんだけど……けっこうめんどくさいんだねコレ」


 ディエーレは紙束をばさりと私に投げる。

 五十枚以上はありそうだ。しかも字が細かい。なんだこれ。


「……もしかして、これ全部がその説明書き?」

「いやまさか」


 ディエーレは首を横に振る。


「それで十分の一ってところかな」


 どうもゴーレムメイカーや魔道具職人と言うのは理解し難い部分がある。

 あー、でもアドラスなら喜々として読みそうかな。


「後輩に残りの書類作らせてるから、それができあがったらウェリング家のお店に行くよ、お詫びも兼ねて」

「その件だけど、ギリアムのこと抑えて欲しかったわ……」


 と、恨めしそうな目を見てディエーレはバツの悪そうな顔をする。


「アレは確かにマズかった、ごめんね」

「まあギリアムだからディエーレは別に良いんだけど……」

「ただアイラの勧誘をしたいってのは私も同じ考えだったからさ。実際ギリアムに加担してたようなもんだし。それに……」

「それに?」

「いや、なんでもない。でも良い旦那さんじゃない。……昨日の夜はどこに行ってたのかなぁ?」

「あのねぇ、あなた達のせいで……」


 と言おうとしてはっと気付いた。


 試したな、こいつ。


「疑ってたでしょ」

「え、え、なんのことかな、ディエーレちゃん知らない」

「こないだ、私が結婚する経緯を話したとき、ディエーレ言ったわよね、私と縁もゆかりもない人間が聞いたらアドラスが悪者と思い込むって」

「うん、言ったねえ」

「……私と縁もゆかりもあるあなたも、実はそう思ってたんでしょ」

「さて、そろそろ研究室行かなきゃ! それじゃあアイラ、また後でね!」

「あ、ちょっと! ていうかその格好で外出ないでよ!」


 寝間着代わりのだるんだるんな白衣で外に出ようとするディエーレを羽交い締めして止める。この子はまったく……。


 そして私はディエーレに、もう少ししゃんとしろといつものように叱るのであった。


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