42話
ギリアムの提案に私は鼻白んだ。
ディエーレやダリアも「また始まった」という呆れた顔をしている。
「すまない、勝負とはどういうことかな?」
アドラスが尋ねると、ギリアムは快く答える。
「我が魔術学校はどうも武張ってるところがありましてね。模擬戦のようなもので学生同士競い合っているのです」
「ふむ」
アドラスの目に理解が灯る。
が、私の渋い表情を見て首を傾げていた。
私だってそんな毎日チャンバラを楽しんでる狂戦士ってわけじゃないんですが。
そ、そりゃあ多少剣術馬鹿みたいなところは自覚してるけど……。
「ギリアム、あなた私より強いじゃないの」
「ええ、こないだまでは」
「こないだまでって……」
「私はダリアを一撃で倒すほどの実力は私には無いですよ」
……ダリアめ、自分の仕合の結果を喋ったな。
抗議の視線を送るとダリアはにやっと笑った。
おそらくギリアムは、私がダリアを倒した手段に興味を示している。
未知の強さ、未知の武器を持っている人間に対して、ギリアムは積極的に仕合を挑む。
この展開になることを予想していたのだろう、まったくもう。
「なんでそんなこだわるのよ。一位のディエーレに挑戦してよ」
「もちろん、いずれやりますよ。ですが、」
話を向けられたディエーレは、我関せずといった様子で蜂蜜酒のグラスを傾けている。
興味がないことに対してはこの有様だ。
「この調子でしてね」
「……そうね。ま、そういうことならわかったわ」
卒業するまでに一度は挑んでおこうと思ったのだ。
これが彼らへの報酬代わりになるならば渡りに船だろう。
「ありがとうアイラ。それで……一つ賭けませんか?」
「賭ける?」
「ええ。もし私が勝ったら、私達と一緒に迷宮都市へ行きませんか?」
「…………はぁ、だからディエーレにも言ったけど、行きません」
私はきっぱりと断言する。
だが構わずギリアムは話を続ける。
「何もずっと冒険者稼業をやらないかと誘っているわけではないんですよ。そうですね……一年や半年くらいの期限を切って、ダンジョンに挑戦してみるのはどうですか? 道中でフィデルと君のお姉さんが見つけたとしたら、その捕縛に協力もしましょう」
「……なんでそんなにこだわるの? そりゃ私だってそれなりに腕に覚えはある。でもそこまでしてスカウトしたいものなの?」
「君は君の価値をわかっていないな。技量と人格共に信用できて、魔術も斥候も剣も使える人間なんてどれだけ居ると思う。ただ強いだけならば君よりも格上は居る。君よりも斥候が上手い人間は居るだろう。だが、難易度の高い危険なダンジョンで信頼できる立ち回りができるとなるとこれがなかなか居ない。結婚して家に引っ込んでしまうのは正直もったいない」
「もったいなかろうが何だろうが、私には関係ないわよ! 大体……」
と、そこでちらりとアドラスの顔が目に入った。
あ。これはマズいかも。
一瞬冷やっとしたものが私の背中に走った。
アドラスは基本的に温厚だが、やはり怒らせると怖い部分もある。
「その、信頼できるというのはどういう意味でかな? 冒険者として?」
彼の表情は平静だ。
だが、この声色の堅さには聞き覚えがあった。
初めてお見合いをしたときのアドラスだ。
やっぱり、少々の怒りを覚えている。
「斥候はどうしても率先してダンジョンの状況を調べなければいけません。危険を察知することも収集物を管理すること、あるいは探索の道具を買ったり報酬を貰ったりを管理せねばならない。そうなるとギルドでスカウトした初対面の人間に任せるには難しい。斥候役が報酬を持ち逃げしたなんてよくある話ですからね」
「彼女ならば逃げ出したり裏切ったりする恐れはない、と」
「ええ。それに私達はまだ若い、フリーの腕利きを雇おうとしても舐められる。ならば信頼できる人間を最初から引き入れたいというわけですよ」
「なるほど」
「ああ、もちろんやましい意図ではありません。ただ、お互いにメリットのある選択を提示してるつもりです。お断りされるならばそれはそれで構いません。ただ……」
ギリアムは含みのある表情をしていた。
「私はフィデルから何も知らされていないから、どうして駆け落ちなんて無茶な真似をしたかはわかりません。だが冒険のいろはを教えてもらった恩がある。もし彼がどうしてもと助力を求めてきたら無碍にはねのけることはできません。それが渡世の義理というものです」
「ちょっと!」
私はばんとテーブルを叩く。
「あなた、フィデルの捜索をギルドから依頼されてるんでしょ! それはどうなのよ!」
「あくまで依頼の打診で正式に受けたわけじゃありませんよ。それにアイラ達に敵対すると決まったわけじゃない、今のところはまだ中立です。ですが……もしアイラが同じパーティに居るならば仲間の事情を優先することもできます。どうです?」
……つまり、味方をしてほしければこちらの味方になれと。
なかなか厚かましい提案をしてくる。
私が怒っている横で、アドラスがふうと溜息を付いた。
「ギリアム君、少々勘違いしているようだが」
「勘違いとは?」
「冒険者としてどちらに肩入れするか悩むのもわかるしそれを交渉材料にするのも、まあわかる。命のかかる危険な仕事だ、むしろ事情を打ち明けてくれたことを感謝すべきだろう。妙に物言いが露悪的なのは不思議だが、それも構わんよ」
「……では、何か他に?」
「僕の婚約者は賭けの景品じゃない」
と、アドラスは明朗な声で断言した。
「協力して欲しいならば話の筋というものがある。ギリアム君、君はアイラに語る振りをして僕に許可を求めていただろう?」
「そうですね」
……確かにアドラスが今の提案にうんと頷けば、私には断りにくい。
だがアドラスは、頭ごなしに大事な決定を命じてくる人ではない。
それゆえに彼は今、怒っている。
「僕はアイラの夫となるが、だからといって嫁の人生を好き勝手に弄ぼうとは思わない。たとえ一年や半年と言った短い期間だとしてもね。君の職業人としての考えは信用できるが、嫁の冒険仲間としては信頼できないな」
◆◇◆
結局、微妙に気まずさを残したまま交渉の場は終わった。
私とアドラスは先に席を立った。
アドラスは、「支払いは済ませてあるから、酒席を楽しみたいならゆっくりしたまえ」と言い残して店を出たわけだが、彼らは今どうしているだろうか。おそらくディエーレやダリアがギリアムの話の仕方を責めているかもしれない。私は別にそこまで怒ってはいないが、アドラスは怒った……というか、怒ってくれた。
嬉しさを感じるとともに、申し訳無さを感じた。
私が言うべきことを彼に代弁させてしまったようなものだ。
もっと言えば、アドラスを紹介する前にギリアム達と話し合う内容を吟味すべきだった。
今も彼は怒りや不快感を覚えているだろうか。
そんな不安がよぎる。
「少し、僕の家で話をしようか」
店を出たアドラスと私は夜道を歩き、職人街のウェリング家の店へと向かった。
季節はようやく春が終わりつつあるところだ。
王都はすぐ近くに山林があって薪や木炭が入り、またそれとは別に魔結晶なども多く取引される。
田舎では見られない街灯がそこらに立っており、そのおかげで随分と盗人は減ったそうだ。
暗い裏通りなどは危ないしとても女の一人歩きはできないが、それでも不逞の輩や裏稼業の人間が公然と出歩いているようなことはない。夜歩きが安全だという感動を持ったことは何度もあった。だが、こうして誰かと並んで歩く夜道を美しいと思ったのは、初めてかもしれない。話すべきことはたくさんあったのだが、無言だった。野暮な話は夜の美しさが消えてしまいそうで。
街灯と星の輝きに目を奪われていると、躓きそうになった。
それを見た彼が、私の手を握った。
苦笑いしながら、よそ見をしてはいけないと優しい口調で私に語りかける。
夜の冷え冷えとした美しさには一抹の不安や怖さがあった。
だがそれが、手の温もりによって雪のように消えていく。
「その……アドラス」
「ん?」
「……なんでもない」
お礼をいうべきか、謝罪を言うべきか迷って結局言葉に鳴らず、私はただ彼の手を握り返した。




