41話
魔術学校は初等学校や幼年学校とは違って、入学してくる年齢は様々だ。
というか、官職に就くことを目指す貴族学校などとは違って、魔術学校に年齢制限などはない。
とはいえ大体は世に出て仕事に着く前に学校に入るので十代がほとんどだ。
私とダリアは十二歳で、そしてディエーレは十四歳で入学した。
しかしギリアムは十一歳で入学した。
同学年の間ではダリアを筆頭に、これは大成するだろうという人間は何人か居た。
名門貴族の出であるとか、入学前に俊英や天才ともてはやされていたとか。
何処からともなくそういう噂は入ってくるものだ。
だが、そうした下馬評を覆すかのように本物の天才は現れる。
ギリアムは武の天才だった。
平民でありながら、武門の家の人間を尽く実力で蹴散らした。
まだ体が出来上がっていない歳であるのに、そんなことは一切感じさせなかった。
体の強靭さに恵まれ、そしてそこに安住せずに剣の腕を研鑽した。
さりとて魔術を使うことにもためらわない。
剣術と水の魔術を組み合わせた独自の戦い方は他人の追随を許さなかった。
ダリアや私、様々な人間が彼に挑み、ある人間以外には無敗を誇ってきた。
その実力を鼻にかけて天狗になる、ということもなかった。
勝った相手にも礼節を忘れず、貴族よりも貴族らしいとさえ言われた。
そして、彼と相対したものは得体の知れない恐怖を抱いた。
木剣や徒手空拳、練習のための魔術などでも、一瞬殺されるかのような本気の殺気を放つ。
そういう意味でも貴族らしかったと言えるだろう。
純粋な力による畏怖があった。
一度、何故そんなに強さにこだわるのかと聞いたことがある。
本物の貴族ならば賊退治なり魔獣討伐なり、腕を振るわねばならないことは多い。
だがギリアムは平民だ。強くあらねばならないという義務は無い。
今以上の技量が無くとも十分に傭兵や冒険者として食っていける。
ギリアムは、自分の一族にはどうしても叶えねばならない悲願があるのだと答えた。
それはよほど重いものらしく、その内容を誰かに語っている姿を見かけたことはない。
だがそれがどんな内容であれ、私やダリアのように鼻っ柱の強さや負けん気だけで強くあろうとする人間と違うことだけはわかった。彼に敗けたことは悔しい。だが彼が居なければ私もダリアも現状に慢心し、努力を続けることができたであろうか。ディエーレとは違った意味で恩人とも言えた。
数少ない「本物」。その一人がギリアムであった。
◆◇◆
会食の場、ギリアムの言葉に皆がぎょっとした。
アドラスは私の方をちらりと見るが、違います喋ってませんとばかりに首を横に振る。
私はディエーレに視線を送る。ディエーレも首を横に振る。
ダリアも驚いた様子だ。
誰かが漏らした、というわけでもなさそうだ。
私達の様子を見たギリアムが苦笑交じりに種明かしをした。
「私も銀等級の冒険者ですので、フィデルを捜索する依頼の打診があったんですよ」
「あ、なるほど……」
ギルドに依頼を出せばそれを受ける冒険者が居るのだ、当たり前の話だ。
「え、ちょっとギリアム、聞いてないんだけど」
「私も知らなーい」
ダリアとディエーレが、抗議の目でギリアムを見る。
だがギリアムは涼しい顔で首を横に振った。
「本来なら依頼内容どころか打診があったことも秘密なんですよ。同じパーティと言えどギルドのルールです、そこは納得してもらう他ない」
「……そんなに重要な依頼なの?」
ダリアが眉を顰める。
「そこは私の口から言って良いことでもないですし……」
「そうだな、僕から説明しよう」
アドラスがそう言って、この場にいる全員を見渡す。
と言っても、この時点で知らないのはダリアだけだ。
まあ認識合わせと考えるならば無駄ではあるまいが。
ともあれ、アドラスは私の姉と結婚予定であったこと、その姉が冒険者とともに駆け落ちして行方知れずになったこと、姉の代わりに私が結婚するという流れになったことをかいつまんで説明した。
話を聞き終わったダリアがあっけにとられて私の方を見ている。
あ、ちょっと嫌な予感がする。
「……アイラ、それ本気?」
「本気って、何がよ」
「いや、だってさぁ……! あんたそれで結婚して良いの!? 結婚っていうけど体のいい人質じゃない! そりゃまあ司祭とか司教にだってそういうアレな結婚はあるけどさぁ!」
「アレってなによ! 人の結婚にあれこれ言う前に自分の身の振り方考えなさいよ!」
「なっ、なにその言い方! 人が心配してやってんのに!」
と、ダリアが立ち上がりそうになったあたりで咳払いが聞こえた。
……しまった、頭に血が上ってしまった。
「ごめんなさい」
と、私はアドラスに謝る。
「いや、良いんだ。ただ僕との結婚を理由に友達と喧嘩をするのは忍びない。……で、ダリアさん」
「……なんですか」
ダリアは気まずそうに言葉を返す。
「紆余曲折はあったが、僕は前の婚約者の代わりや人質としてアイラを選んだわけではない。家同士の結びつきとしての結婚であることは否定しないが、それでも僕は、彼女が彼女であるから求婚した。誰に恥じるつもりもない」
ほう、と驚きで漏れた声が聞こえた。
ディエーレだった。
ダリアの方はというと一瞬呆けて、そしてすぐに赤面した。
赤面したいのはこっちだ。
……と、とても嬉しいのだけれど!
その、真面目な話し合いの最中なんですけど!
「そ、そういうわけだから、その、私はアドラスとの結婚に納得してる。それよりも話の途中でしょ! こっちの事情は明かしたんだから、約束通り教えてよ!」
「ええ、わかりました。祝福された結婚にけちをつけてもなんですしね」
ギリアムが私の言葉に首肯しつつ余計な一言を添える。
しばらくこの話でからかわれそうな気がしてきた。
だがギリアムは涼しい顔のまま話を続ける。そして
「フィデルは迷宮都市レイノールにいます」
と、きっぱりと私とアドラスを見て断言した。
「……うん? なんで? 国境沿いの隠れ里あたりの方が逃げ込みやすいんじゃない? しかも女連れでしょ」
「普通はそうですけど、フィデルはそこは選ばないでしょう」
ダリアの問いかけに、ギリアムは否定する。
妙に物言いが断定的だ。まるで……
「まるで、フィデルを知っているような物言いだな? 君は彼と知り合いなのか?」
「同郷なんですよね。知人ですよ」
「なに?」
「まあ同郷というのも知り合った切っ掛けに過ぎなくて、実際は冒険者の先輩後輩として付き合いの方が長いでしょう。私に冒険のいろはを教えてくれた先輩が、そのフィデルと言うわけです」
……私もアドラスも、あっけにとられた顔でギリアムを見ていた。
まさか、こんな風にとんとん拍子に情報が手に入ることになるとは。
「改めて彼についてわかることを話しましょう。銀等級冒険者フィデル。魔槍「鳥落とし」を操る猛者で、銀等級の中でも腕の立つ男です。豪放磊落な人ですが、まあ悪い人じゃない……と思っていたんですけどねぇ」
ギリアムはため息混じりに言った。
確かに悪い人でないならば駆け落ちなんて横紙破りをしないでほしかったものだ。
しかし魔槍を使うのか……。
その名の通り、鳥や飛行する魔獣に対して攻撃手段を持っているのだろうか。
確かお父様も、ワイバーンを単騎で落とすほどの腕前だと言っていた。
「……つまりフィデルは、君の恩人ということにならないか?」
「そうですね。ですのでこの情報を明かした報酬として、ふたつお願いがあります」
「お願い?」
アドラスがおうむ返しに尋ねた。
「まずひとつ。あなた達は彼を捕らえたいのでしょう? ですがその後、殺さないでやってほしい。できれば腕や脚を斬るといったことも止めて頂きたい」
「……なるほど。いや、僕はそこまで物騒なことは考えてはいない。だが捕らえたいというのは彼一人だけではない」
「グラッサさんですね、アイラさんの姉の」
アドラスは、ギリアムの言葉に頷く。
「彼女の無事が確認できない場合……例えば売り飛ばしたりしていたら、これはもうフィデルの命であがなってもらうしかない。僕や家の希望の問題ではなく法の問題だ」
「確かに、そこまでしていたら弁解の余地は無いですね」
「だがグラッサの扱いに問題がなく、フィデル本人が詫びるというのであれば助命は約束する。今言えるのはここまでだな」
「いえ、それだけでもありがたく。そもそもの話はフィデルの不義や契約違反が原因ですから」
ギリアムは悩む様子もなく、さらりと礼を言った。
「良いか? アイラ」
「ええ」
とはいえ、駆け落ちするような人間が素直に詫びてくるかというと疑問なのだが。
それに私としてはフィデルという男よりも、姉がどうなっているかだった。
「ところでギリアム。ふたつお願いがあるって話だけど……もうひとつは?」
「ああ、それなんですが……」
ギリアムが意味深に微笑む。
「私と勝負してくれませんか?」




