40話
再びダリアと話し合うことになった。
が、こんな用件を廊下の立ち話で済ませるわけにもいかない。ダリアの口の堅さを信用できないというわけではないのだが、それなりに大事な用件ならば話の切り出し方というものがある。
私とアドラスにとっては下手を打てばお家騒動に繋がりかねないし、ダリア……というか、ダリア達にとっても冒険者にとっての秘密を暴露するようなものだ。外に話が漏れないところで話し合う必要がある。そのため何処か個室を借りて一席設けるということになった。
……そうなると、改まった席で彼を婚約者として紹介する形になるのか。
どうも恥ずかしい気分になる。あれこれと冷やかされたくはない。
かといって長い付き合いの友人達だ、紹介するのもまた筋だろう。
逆に私がアドラスの仕事仲間や顧客に紹介されることもあるだろう。
こういう場面には慣れておいたほうが良いのかもしれない。
場所は、大通りにあるレストランの一室を貸し切るようアドラスが手配した。
そんな贅沢までしてもてなすことは無いと言ったのだが、アドラスが言うには、
「交渉事に使う場所は自分で手配するのが良いのさ」
と言っていた。
ダリアは神経が太く、高級店でもてなされて恩に着るかは怪しいところとは思ったが、かといってもっと安い店にしようとせがむのも自分の貧乏根性のような気がしたので止めた。確かにアドラスの言うことももっともでもある。
「ちょっとアイラ……こんな店だなんて聞いてないんだけど!」
「いや、店名と場所は教えたじゃない」
一足先に店の前に着ていたダリアが突っかかってきた。
「そ、そうだけど……教会の礼拝とかは慣れてるけど、貴族のパーティとか苦手なのよ……世間話とか苦手だし」
「ああ、服は礼服などで無くて大丈夫だ。商人や職人が使うこともあるしそこまでかしこまった店ではないから」
「あ、は、はい……」
珍しくダリアが慌てている。言葉の歯切れも悪い。
手傷を物ともせずに襲いかかる彼女らしくもない。
「そんな緊張することないでしょ」
「そ、そんな緊張なんてしてないし! ただ……」
「ただ?」
「あんた、なんかもう奥様って感じよね……」
「そ、そう……?」
別に婚約が決まる前後で何が変わったというわけではないのだが。
それとも無意識に何か変わってしまっているのだろうか。
「ここに来る途中のあなた達、新婚夫婦にしか見えなかったわよ。はぁ、私も見合い蹴るのやめて一回くらい行っとこうかしら」
「そ、そういうこと言わなくても良いでしょ!」
つまりダリアにすらわかるほど親しげに見えて、それでダリアが動揺していたのか。
だがこちらとしてはそんなこと言われても困る。
自分としては自然にアドラスと接しているだけのつもりだし。
「……っと、残りの連中も来たみたいね」
じと目でこちらを見ていたダリアが、何かに気付いたように言った。
背の高い赤毛の女と、がっしりした体格の金髪の男だ。
一人は私の親友にして隣部屋のディエーレ。
そしてもうひとりは、
「お待たせしました。アドラス様はお初にお目にかかります」
皆と同じく魔術学校の学生であり、腕利きの冒険者のギリアムであった。
「アドラス、これで全員よ」
私はそう言って、アドラスは軽く頷いた。
ダリア、ディエーレ、ギリアムの三人は、冒険者ギルドにパーティとして登録している。
私やロックが手伝ったりすることもあるが、基本はこの三人だ。
そしてリーダー格のギリアムこそが銀等級の冒険者であり、同じ銀等級の冒険者の動向について最も詳しい。そもそもダリアが知っている銀等級の冒険者の逃げ込み先というのもギリアムから聞かされた話なのだそうだ。ギリアムに聞くのが一番の近道ということで、三人を招くことになった。見知らぬ人間であれば断るところだが、幸いにも人格人品としては信用のおける人物だ。
ちなみにディエーレが来る必要はあまり無いのだが、彼女がアドラスの顔を拝みたかったいうのが大きい。
なし崩し気味に結婚相手のお披露目になってしまっているが、アドラスは気を悪くすることもなく「君の友人を紹介してくれるなら嬉しい」と乗り気だ。
そんな、微妙にくだけつつ微妙に真面目な会食が始まろうとしていた。
◆◇◆
アドラスは「かしこまった店ではない」とは言った。
確かにその通りだ。
高位貴族が使うような瀟洒で豪華絢爛な建物というわけではない。
調度品なども落ち着いている。
大理石などはなく板張りの部屋だし、明かりはシャンデリアなどはなく民生品のランプだ。
が、それでも品が良い。
おそらく見えないところに空気を温める魔道具を使っている。
暑すぎず寒すぎずの居心地だ。
掃除も行き届いていて、厨房の油や臭いなども漂ってこない。
店員は元気で威勢がいい。
だが無礼では無く、こちらが不愉快にならない一線をきっちりと守っている。
何より、料理や酒が美味く、肩肘を張らずに楽しめる趣向が凝らしてある。
特に、この店自慢の鴨肉のグリルは絶品であった。
王都では鴨肉は有り触れた食材ではあるが、炭火で香ばしく焼き上げた肉には臭みがなく、また香草や岩塩での味付けは野趣に富みながらも上品な味わいがある。
つまり、「かしこまってはいない」から安いのではなく、「かしこまってはいない」から寛げるという雰囲気を重視した、立派なお店であるということだ。下手な貴族御用達の店よりも高いかもしれない。
「話し合いというよりは、結婚の前祝いみたいな感じだねぇ?」
「そう考えると祝い事のようなものですね」
だがディエーレとギリアムは気にせず食事を楽しんでいる。
微妙な緊張を感じているのは私とダリアだけだ。
「ま、気にせずアイラも楽しんでくれ」
「いやーもー、こんな席なら大歓迎だよう! あ、店員さん、お酒追加で!」
「ちょっとディエーレ……ったくもう……」
からからと笑いながらディエーレは酒を楽しんでいる。隣りに座るギリアムはたしなむ程度に飲み食いしているが、特にディエーレを止める様子もない。私も気にせず楽しみたいところなのだが友人の無礼講を止めるべきか悩む。
「はぁ……ごめんなさいアドラス」
私は声を潜めてアドラスに声をかけるが、アドラスは気にした様子もなかった。
「構わんさ。若いのだからどんどん頼みたまえ」
「そんな親戚のおじさんみたいな発言されても……」
「……やはりあまり若く見えないだろうか」
「そ、そんなことは無いけど!」
若く見えないというところは気にしているのだろうか。
大人っぽくて良いことだと思うのだけれど……。
「仲がよろしいことで」
そんなやりとりをしていたら、ディエーレがにやにやしながら冷やかしてくる。
まったく、ディエーレにはもう少し落ち着いて欲しいものだ。
「さて、それでは本題に入ろうか。ええと、ダリアさん、で良かったかな?」
緊張がほぐれたタイミングを見計らって、アドラスがダリアに声をかけた。
「あ、はい」
「僕とアイラは、とある事情でお尋ね者となった銀等級の冒険者を探している。フィデルという三十絡みの男だ。そこまではアイラから聞いているかな?」
「いや、名前は初耳です」
「そうか。ともかく僕らはその冒険者を探してギルドに要請しているのだが、やはりこの国は広い。どれだけ時間がかかるかわからない。それで僅かでも良い、手がかりが欲しいと思ってこうして席を設けて招いたわけだ。もちろん、何故僕らがフィデルという男を探しているかについてもきっちり説明しよう。ただし……」
「内密に、ということですね」
ダリアが真面目な顔で頷く。
「すみません、発言よろしいですか」
と、そこでギリアムが話に割って入ってきた。彼にしては珍しい。普段は剣や魔術のことばかりに興味を示す性格で、こういう事態で積極的に関わるタイプではないのだが。
「会議じゃないんだ、挙手なんてしなくて良いとも」
「ありがとうございます。それで……申し訳ないことに、私はお二人の事情を既に知っているんです」
その意外な言葉に、全員の視線がギリアムに集まった。




