38話
「はぁ、試作品のゴーレムですか……」
「自動的に汚れやゴミを見つけて掃除するという触れ込みで買ってみたのだがご覧の通り、ただ無分別に暴れるだけだった。声も特定のフレーズを繰り返すのみだ。どうも騙されたかもしれんな……魔結晶も解析してみるか」
アドラスの書斎で散乱した書類や割れたカップ、そして暴れていたゴーレムを片付け、ようやく腰を落ち着けてアドラスと向かい合って話すことができた。ちなみに使用人やメイド達は下がってもらっており、ふたりきりだ。
「あーもう、驚いた……てっきり」
「てっきり?」
アドラスが不思議そうな顔をする。
それを見てメイドを手篭めにしてるのかと……と言いそうになったところをぐっとこらえた。
う、疑ってません、いきなり部屋に入ったのも、物音が大きかっただけだし。
「て、てっきり、転んだり怪我でもしてるのかと」
「そうだな……アレは扱いを間違えれば女子供では大怪我しかねない。メガネも割られそうになった」
アドラスは難しい顔でため息を付いた。よし、ごまかせた。
「メガネっていうのは、今アドラスがつけているもののこと?」
「ん、ああ。南方の国から取り寄せたものでな。これを通して見ると小さいものでもよく見える。目が疲れるからあまり長時間はつけないがね」
アドラスは右目の方に、丸い透明のものを付けていた。
確か眼鏡とかレンズとか言うもののはずだ。学校で見たことがある。
普段の柔和な顔が、これをつけることで不思議な渋みが出て来る。
長い金髪も前髪ごと全部後ろに回して乱雑に縛っている。
なるほど、仕事をしているときはこういう顔をしてるのだな。
外出しているときとはまた違った、職人っぽい真剣さが顔に現れていた。
「これを付けていると若く見えないとからかわれてな、少し恥ずかしい」
「い、いえ、そんなことはないです。私なんて何も付けてないのに気が強そうとか言われますし」
いけない、まじまじと見ていたのがバレてしまった。
「無表情? 君は表情豊かだと思うが……」
「あんまり顔のことは、その、言わないでください。目が怖いとか怒ってるとか言われることが多くて」
「まっすぐで歪んでいない物を見ると、後ろめたい人間は怒られているような気分になるものだ。気にすることはない」
いきなり物凄いことを言われた気がする。
「ん? どうかしたか?」
「いっ、いえ……なんでも……」
なんでもあります。
アドラスは不意にそういうことを言うのだから狼狽えてしまう。
「そ、そういえばさっきのメイド、何となく訛りが実家を思い出しますね。領地の出身の子ですか?」
照れを隠すように私は話題を変えた。
なんとなく郷愁を誘う話し方だった。
おそらく王都で雇った人間ではないだろうな。
「うっ……うむ」
だが、アドラスは妙に難しい顔をする。
何か聞いてはまずい話だっただろうか。
え、えーと、さっきのって誤解、だよね……?
「あの娘について、大事な話がある」
私の上がったり下がったりする気分などお構いなしに、アドラスは話を始めるのだった。
◆◇◆
「エリー。彼女がアイラ=カーライル。私の婚約者だ」
小柄で、少し線の細いメイドだ。
立ち振舞いは元気だが、体が強そうには見えない。
髪の毛は短く、まるで少年のようだ。
だが男と見間違うことはあるまい。
目鼻立ちは柔らかく優しく、凄い美人だ。
「そしてアイラ。この娘は……」
いっ、いや、まって、結婚前に側室を持ちたいとかいう話だったら、ショックで寝込むかもしれない。
などという私の思考など気にせずに紹介されたメイドは私に駆け寄り、
「お嬢様……いぇ、奥様! 命を助けられた御恩は決して忘れません!」
そして私の手を取った。
御恩などと言われても何のことかさっぱりわからないしそんな愛しそうににぎにぎされても困る。
ただこの様子だと、アドラスの想い人であるとか、そういう話ではなさそうだが……。
「ええと……何のこと? というかごめんなさい、話が見えないんだけど……」
「あー、落ち着きたまえエリー。アイラが困っている」
私は困って目でアドラスに助けを求めると、アドラスがエリーを引き離してくれてた。
「……以前、僕の屋敷に昼間からコネルが押し掛けてきたことがあっただろう」
「ええ、ありましたね」
「あのとき、自領の嫁をさらっただろう、と難癖を付けられた」
「ですね」
「実は……半分は当たっている。今目の前にいるその娘こそが、逃げてきた嫁なのだ」
ああ、そういえば、どこかの村の嫁が屋敷に逃げ込んで、ただその嫁子は手酷く扱われて死んだという話だったっけ……って、あれ?
「ええっ!? い、生きてますよね!?」
「はい! こうしてピンピンして……ごほっ、けほっ」
メイドが胸を張ろうとして咳をした。
「まだ病み上がりなのだから安静にしていろと医者にも言われただろう。熱が下がって体は動いても、肺が治りきっていないのだ。治った後に働いてもらうから今はゆっくりしていたまえ」
「も、申し訳ございません」
謝る姿は迷い出た幽霊などにはとても見えない。
というか咳も普通の風邪と違う濁った音だ。
そういえば肺炎を患っていたという話だったっけ……。
「実際この娘が屋敷に逃げ込んできたときは誰しもが、長くないな……と思ったのだ。エリー自身もそう思っていて、せめて故郷を見てから死にたいと遺言を言った。だが……」
「ええと、その……屋敷の人の治癒の魔術が思いのほか効いたようで……助かっちまいました。いっときは心臓も止まりそうになるくらい脈が弱まったらしいんですが」
頭をぽりぽりと掻いて、エリーは誤魔化すような笑みを浮かべた。
「それで旦那様達や両親が「もう死んだということにして逃がそう」ということにしてくれまして……」
「なるほど……」
喧嘩の発端となった人間が生きているとなれば、どうなることか考えるだけで恐ろしい。
というか、遺髪を渡して「エリーは死んだ」と言ったのはブラフだったのか。
意外なところで演技が上手い……。
もっとも、あのときなんとか村のなんとかというエリーの元旦那への怒りはまるきり嘘というわけでもあるまい。このエリーという娘も病が完全に治ったというわけではないのだろうし、乱暴な扱いをされたことも事実だ。
「でもコネル……というか、ターナー家の領地の人間に知られると相当厄介では」
「ん、ああ、そういえば知らなかったか。ターナー家は結局取り潰しになった」
いきなりスキャンダルな情報を聞かされた。
まあ、今まで通りとはいかないだろうとは思っていたが没落してしまうとは。
「あっ、ありゃ……そうでしたか……」
「爵位も返上、コネルは頭を剃って僧となったしジェイムソン氏は縁故に引き取られた。なのでエリーが元居た村……ヴィジラン村にバレなければどうということはないんだが」
そこでアドラスは、いたずらっぽい顔で人差し指を口にあてた。
「内緒だぞ?」
正直言ってアドラスはけっこう危ない橋を渡っている。
多分、普通の貴族ならばここまで面倒は見ないだろう。
他領との揉め事を嫌って、逃げ出してきた嫁を匿ったりせず追い返す。
その上、死んだことにしておいて逃がすという腹芸ができる人は限られてくる。
それを姑息と言う人も言うだろう。だが、
「……はい!」
私はそれが、とても魅力的に映った。




