37話
アドラスが王都で滞在している場所は職人街の中にある。
学校からは少し歩くが、中央駅舎へ行くよりは近い。
王都には様々な職人が住んでいる。
優秀な魔術師や優秀な文官、優秀な武人が王都に住んでいることは大事だ。
達人しかできない物事ができるならばその達人を厚遇する、どの国でもやっていることだ。
そして魔道具職人もご多分に漏れず、国が厚遇する職業の一つだ。
様々な作り手が王都に店を置いて軒を連ね、競い合っている。
「えーっと……ウェリング魔導工房は、と……」
実は前回アドラスと落ち合ったときの別れ際に「何か用があればここに来てくれ」と、アドラスの店の名前と住所を教えられていた。こんなにすぐに使うことになるとは思っていなかったが、私自身店を一度見てみたいと思っていた。丁度良かったのかもしれない。
しかしこのあたりは、他の街には見られない珍しい雰囲気がある。
自分の学校周囲のような慌ただしくて雑多な雰囲気がありながらも、往来する人間は貴人が多い。そしてその貴人が、気難しそうな職人と気楽そうな空気で立ち話をしている。あそこの魔道具は素晴らしかっただの、安かろう悪かろうで二度と頼まないという悪態だの、あるいは私にはわからない魔道具のこだわりや機微についての論争などが自然と耳に入ってくる。
建物の方に目を向ければ、重厚な銅細工のドアノッカーのついた扉、そして番兵の控えた高級な商店もあれば、露店の如く商品を表に出し、人の見えるところで堂々と商談をしているあけっぴろげな店もある。それどころか窓を開けて職人が魔道具を作っているところすらもあった。そんな独特な空気の漂う場所であり、私自身初めて味わう雰囲気だ。王都に住んで長いはずが、まだまだ知らないところも多いと思い知らされる。
「あ、あった」
探している店の名前と同じ看板が出ているのを見つけることが出来た。
扉や窓は開け放たれていて、外からでも中の様子が見て取れる。
流石に露店ほどあけすけでは無いようだが、まだ入りやすそうな雰囲気だ、良かった。
「いらっしゃいませ、お嬢様」
私が店に入ると、店員らしき三十絡みに見える男が声をかけてきた。
頭は几帳面さを感じさせる黒いオールバックに決めて、そして服はパリッと糊のきいたシャツにタイを締めている。さらに白手袋を付けており、立ち振舞いも礼に叶っていた。貴族の相手など手慣れていますといわんばかりの風貌だ。私がただの客だったら安心したところだが、私はただの客ではない。関係者に近い立ち位置だ。
も、もう少し自分の身なりに気を使うべきだっただろうか。
あまり豪華な服を着込んでは向こうも反応に困るだろうと思って、控えめな服にしてしまった。マントもシャツも良い物を選んだが、色もデザインも落ち着いたものだ。せめてもう少し派手なブラウスでも……。
と、悩んでいる私をよそに、店員が案内しようと話しかけてくる。
「お嬢様は初めてのご様子ですが、なにかお探しものでも? 永久ランプをつかったシャンデリアなどは当店自慢でございまして……」
「あ、いえ……その、アドラス様はいらっしゃいますか?」
「若旦那ですか? ええと、申し訳ございません。お名前を頂戴してもよろしいでしょうか」
「申し遅れました。私、アイラ=カーライルと申します」
「ああっ!」
店員が驚いた顔を見せた。
「これはこれは失礼いたしました……奥方様でいらっしゃいましたか」
どうやらアドラスが結婚する話は知っているようだ。
とはいえ奥方様、などと言われると、なんだか凄くこそばゆい。
赤面しそうになるのを抑えつつ言葉を返す。
「い、いえ……まだ結婚してませんが」
「いえいえ、そういうことでしたらどうぞこちらへ」
◆◇◆
店員に案内されて店の奥へと通される。
建物の奥行きは広い。
店となっているスペースよりも従業員のためのスペースの方が遥かに広いようだ。
職人らしき人間がしかめっつらで彫金細工を作ったりしている。
ただ、ウェリング領のお屋敷にあったものよりは小さく、作っているものも細かいものが多い。
武具などもあまり無く、ランプや宝飾品といった雑貨が中心のようだ。
そんな光景を横目に見つつ、2階へ上がる階段を店員が登っていく。
どうやら上階にアドラスはいるらしい。
店員の後ろを追って私も上階へと上がった。
「若旦那はこちらで書き物をしておりまして……」
「あ、お仕事中でしたか」
「いえ、大丈夫かと存じます。特に急ぎのようも無かったようですし」
店員はそう言うが、仕事の邪魔をしてしまったとしたら忍びない。
いや、しかし話はすぐに済む。長居をよせば良いだけだろう。
……と、思っていたところ、中から物音が聞こえてきた。
「ああっ、申し訳ございません旦那様!」
「いや、良い、良いから……」
「ですがっ……、ああっ、こんな、乱暴なっ!」
……物音、というよりも。
若い女性の声だ。
嬌声に聞こえなくもない。
そしてぎしぎしとか、どたんばたんとか、大きな音が聞こえる。
「え、ええと、どうやらお忙しいようで……」
店員が冷や汗をかきながらちらりと私の方を見る。
いや、その、焦るのはよくない。
何かきっと誤解があるはずだ。
仕事中に若い女を連れ込むなんて真似をするはずが……
「旦那様! ああっ、もうだめです! これ以上はっ……!」
「アドラス! 何があったの!」
……気付いたら、ノックもせずに反射的に扉を開けてしまった。
そして、扉を開けた先にあった光景は、私の想像を超えるものだった。
「えーと、何をしていらっしゃい、ま、す……?」
「あっ、アイラ! あぶない!」
部屋の中にはアドラス、そして黒髪の若いメイド、そして……
『ピピー! ピピー! ヨゴレ ガ ノコッテイマス!』
……人の背丈の半分ほどの大きさのゴーレムが暴れまわっていた。
黒光りする鉄の手足を振り回しており、けっこう危ない。
書類が散乱し、コーヒーカップも割れている。
そして、メイドが箒を剣のようにして構えてゴーレムに挑みかかっていた。
だがいかにもなへっぴり腰で、ゴーレムは箒の舳先で叩かれたくらいでは屁でもないようだ。
しかし髪の短いメイドだ。まるで男の子と見紛うくらいだな。
僧から還俗でもしたのだろうか。
「だめです、かないません!」
「だからエリーは下がれと言っておるだろう!」
「ですがッ! ここで引いてはメイドの名折れ!」
「そうじゃない、二人して暴れられたら困るのだ!」
などとやいのやいの言っているうちに、ゴーレムがこちらに向かってきた。
あー、よくわからないけれど、多少雑に扱っても良さそうかしら?
「ていっ」
鞘に収めたままの剣を脚にあてて転ばせた。
「アイラ、よくやった! いまだ、エリー!」
「はい、旦那様!」
アドラスの号令に従い、メイドが縄を持ってゴーレムを縛り始めた。
きつくしばれたゴーレムはもがいていたが、やがて動きが止まった。
さっきまで目が赤く光っていたが、その光もやがて失われていく。
「よし……止まったか」
「流石に魔道具に掃除を任せるのは、容易でねえですね……」
アドラスとメイドは安堵したように大きなため息を付く。
「あのぅ……」
「おっと、アイラ。すまないな、助かった」
「いえ、それは良いのですが……」
私は部屋の惨状と、ゴーレムと、そしてすぐ側にいるメイドを順繰りに眺めた。
「何がどうなっているので?」




